ウンチクが過ぎる悪役令嬢
「オーホッホッホ~、あなたのような下品な方が、このような高貴な場にふさわしいとでも思っていらして?」
公爵令嬢エリザベート様は、今日も庶民出身の令嬢ショミールに、嫌がらせをしておられますわ。
わたくしは、エリザベート様の友人の一人、ユージーナ・ファンベルク。幼き頃より親交がございますの。
エリザベート様は、生まれながらの名門令嬢として、礼儀作法はもちろん、音楽や絵画といった芸術、さらには領地経営や政治、外交に至るまで、幅広く高度な教育を受けてこられました。第三王子アルバート殿下の婚約者としても申し分のないお方ですのよ。
気品あふれる美貌に、非の打ち所のない才知──けれど唯一の欠点があるとすれば、それは──
「あなたのような下世話な方が、このような舞踏会にふさわしいとお思いでして?
──因みに、舞踏会とは王族や貴族が社交や婚姻相手の選定を目的に催す、格式高いダンスパーティーでございますの。
華やかな会場にて正装を纏い、音楽に合わせて舞を楽しみつつ、交流を深める大切な社交の場。
娯楽に見えて、実は教養・礼儀・立場を示す厳粛な行事ですのよ」
──そう、「ウンチクが過ぎる」ことでした。
(『因みに……』からが本番みたいになってますわ……ショミールも頷きながらメモを取ってますし……これでは皮肉が霞んでしまってますわ……)
──ある日、学院の廊下でショミールとすれ違ったときのこと。
「あら? あなたのような庶民を受け入れるなんて、この学び舎の『格』も落ちたものですわね。
──因みに『格』とは、人や物、組織の地位・品位・格式などを示す水準を意味しますの。
社会的評価や尊厳を語る際に用いられる言葉で、『格が下がる』とは、以前よりも威厳や評価が損なわれることを指しますのよ。
人としての『格』を保つには、日頃から礼儀を守り、品位ある所作、節度ある交友関係、格式にふさわしい服装や教養、そして慎み深さが求められますの。
……この場に立つ以上、あなたもそれ相応の自覚をお持ちになって? くれぐれも、ご注意あそばせ?」
(あれ……これ、アドバイスになってませんこと? ショミールが『ありがとうございます』って言ってますし……)
──また別の日。ショミールがアルバート殿下と親しげに話していたとき。
「まぁ……あなたのような下賤の者が、アルバート様にふさわしいとでも? ふふ……お可哀想に、この泥棒猫!
──因みに『泥棒猫』とは、本来は食べ物をこっそり盗む猫のこと。比喩的には、他人の恋人やご主人を奪おうとする女性を侮蔑して使われますの。
猫は忍び足で近づき、妖艶で気まぐれな雰囲気がございますでしょう? そんな姿が、陰で誰かの愛しい方を奪おうとする女性に重ねられるのですわ。
……なお、『泥棒犬』では成立しませんのよ。犬は実直で忠義深く、恋を奪うような行いは似合いませんから。
ふふ……あなた、猫のようにかわいらしいですわ」
(ん? 今、褒めました? 最後、完全に褒めてませんでした? ……ショミール、照れてますわ……)
しかし、ある日──
「エリザベート、君のショミールへの数々の嫌がらせ……僕はもう耐えられない! 君との婚約を破棄する!」
あまりに突然の出来事に、わたくしは言葉を失いました。エリザベート様も、驚きに目を見開いていらっしゃる。
そんな中、静かな声が響きました。
「アルバート殿下……お待ちくださいませ!」
──それは、ショミールでした。
「殿下、それは誤解でございます。エリザベート様は、私に親切にしてくださっていました。
お会いするたびに、声をかけてくださり、さまざまな知識を授けてくださいました。
どうか、婚約破棄は今一度お考え直しを。
因みに──」
(ん、『因みに』……? 雲行きが怪しくなってまいりましたわ……)
「──因みに、婚約とは、将来の結婚を約束し合う関係を指します。法的効力はありませんが、社会的・道義的な意味は重くございます。
王族におかれては、家同士や国家の絆としての側面が強く、家族や国家の承認を必要といたします。
儀礼や形式も厳格で、破棄ともなれば、当人のみならず周囲や国を巻き込む事態に発展いたしましょう。
どうか、その点をご理解のうえ、慎重にご判断くださいませ」
「わ、分かった……今の発言を撤回しよう」
アルバート殿下のその言葉に、わたくし達は思わず顔を見合わせ、ほっと安堵の微笑みを浮かべました。
「あなた……なかなかやりますわね。中々のウンチクぶりですわ。
──因みに、ウンチクとは、ある特定分野の深い知識や情報、それに関する詳細なお話のことを指しますの。響きは似ていますが、『ウンチ』とは全く関係ない言葉ですのよ」
すると、ショミールが朗らかに応じました。
「エリザベート様のお役に立てて、光栄でございます。
──因みに、『光栄』とは、名誉に感じること、ありがたく誇らしいと感じることを意味いたしますの。称賛された時や、大切な役目を任された際などに使われますわ。」
(ん……? 最後のはもう、完全に言葉の意味紹介になっておりませんこと? それに、エリザベート様の急な『ウンチ』発言……本当に大丈夫ですの?)
そんなわたくしの疑問や心配をよそに、エリザベート様は、ショミールに向かってこうおっしゃいました。
「わたくしたち、ウンチクのライバルですわね」
(どうしても、『ウンチク』が『ウンチ』に見えてしまいますわ……)
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