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第6話 目立つ姉

 三月も下旬に入る頃高校へ行く準備は滞り無く進み、あとは四月を待つのみ。


 少しの間は自宅とマンションを往復する日々だったものの、一人暮らしの準備の為に速やかに済ませたお陰で自室で暇を謳歌する時間の余裕すら出来た。


 以前ならゲームや読書ラノベか、個人的な趣味でお菓子を作る等をして、家の中で暇を潰すのが普段の俺だったが、少し前までは受験生だったこともあり、勉強に集中していたので最近は本もゲームもお菓子を作る材料も買ってなかった。結果、俺は一人暮らしを始めてすぐに、マンションの自室でとても暇を持て余していた。


 そんな訳で、今日も今日とて、俺は高校から貰った国語の教科書に書かれた物語を読んで時間を潰す有り様だった。そんな真面目人間だったっけ、俺って。


 そんな時間を過ごしていた時、不意に姉である詩織から連絡が来ていた。内容は「理桜、ちょっと手伝え」という一言のみ。


 特に断る理由も見当たらなかったので、詳しい事は聞かずに外出の準備をして実家へ向かった。


「……遅いんだよ」


 時刻は午前の10時を回ったばかりの頃、集合時間は指定されて無かったがかなり急いで来たつもりだ。

 実家の玄関先でボーイッシュなショートボブの髪を揺らし、そう言い放った姉は、どことなく睨むような、見下す様な表情でこちらを見ている。


 元々怖い印象があったのだが、メイクをする様になったり、少し髪を染めたり、ピアスなんかのアクセサリーを身に着ける様になってからと言うもの、俺の中では姉に対する苦手意識が強くなって行ってる気がする。


「えと、ごめん。……その、何処行くの?」

「靴買いに行く。あと色々。お前は荷物持ち」


 それだけ言って歩き始めた姉さんに少し遅れて着いていく。


 男手が必要なくらい沢山買い物をするつもりらしい。

 弟という存在を使い勝手の良い召使いが何かだと思っているのだろうか。

 あまり逆らう気がない俺が相手だと、その考え方もあまり間違いではなさそうだが。


 苦手な姉の前ではただのイエスマンになり下がるのが俺だ。


 姉さんの横に並んで歩き、意味もなく視線を姉に向ける。


 姉さんの身長はたしか、160センチと少し。

 170センチに少し満たないくらいの俺との差は10センチも無い様に見える。

 春らしい服装はボディラインの見えるパンツスタイル。そのせいでグラマラスなスタイルがよく分かるが、上にカーディガンを羽織っており、派手すぎない清楚感がある。でも髪とか見るとちょっとギャルっぽくもある。


 隣を歩きながらそんな姉の様子を観察していると、不意に鋭い目つきで睨み付けられた。


「理桜、お前これ着けとけ」


 そう言って姉さんがバッグから取り出したのは縁無しの伊達メガネ。


「なにこれ?」

「お前と私が並んでると姉弟感が強過ぎんだよ」


 姉さんのそんな言葉を意訳すると「彼氏っぽく見えないから伊達眼鏡で大人びた雰囲気を出せ」と言うことである。


 世間評的に、この人はめちゃくちゃ顔が良い。その弟である俺も、中性的な雰囲気が強くて顔だけ見たら褒められる事もある。


 小さい頃から見てる俺でも、遠くから見る分には「うちの姉さんは美人だな…」と不意に思ってしまう程度には本当に美人で、ときどき可愛い。

 何処に居ても人並み以上に目立つので、一人で街中に出ると変な事務所のスカウトとガチな事務所のスカウトと変なナンパに絡まれまくって、買い物どころじゃなくなる。


 だからいつもは、同性の友人を連れているのだが今日は予定が合わなかったらしい。


 そこで都合の良い弟を呼び出したわけである。ついでに男を横に連れているから、それが彼氏っぽく見えれば変な輩に絡まれにくいと考えた訳だ。


 その結果が伊達メガネというのは、俺にはよく分からないが。


「こんな事するくらいならさ……。姉さん、彼氏作らないの?」

「男に興味ない」

「それは分かるけど……。いや……。前に母さんが『遂に詩織にも春が…!』とか『うちの娘が売春を…!?』みたいな事を言ってたの思い出して…。姉さんって、彼氏とか作んないのかなって」

「何を言ってんだあのババア…」


 まだババアって程の歳じゃないだろうに、口が悪い。


「お酒飲むと変な事言い出すのは今に始まった事じゃないし…。それはともかく、姉さんモテるんだし、そう言う話も多少あるでしょ?」

「私がそう言うのに興味ある様に見えんのか?」

「いや、だから、見えないから『遂に来た!?』ってなってんじゃないの?」


 姉さんは面倒臭そうにため息を吐いた。


「男に寄り付かれて得した事なんかねえっての。ま、男に媚びうる様な性格だったら、なんか変わったかもだけどな……」


 寧ろ「従え下僕共」って感じだこの人は。


「いや、さ、ほら……。そうじゃなくてさ、んと、姉さんはその……好きなタイプ?とか無いの?」

「お前みたいな奴」


 ジロリとこちらを見ながら、姉さんは即答で言った。そんな目でそんなこと言われちゃったら、いろんな意味でキュンってするよ。

 睨まれて思わず目を逸らすと、姉さんは続けてボヤいた。


「目立たない、うるさくない、無個性、従順、人並みには優秀。みたいな奴」

「……ディスってない?」


 あと無個性だけは否定させて欲しい。

 姉さんと比べたら個性のある人間なんてこの世界に僅かしか居ないだろうに、俺はむしろ個性的な方だ。


「つーかお前、アタシと似たような顔してるくせに、なんでお前は一匹狼でやってられんだよ」

「……別に好きでやってる訳じゃ……」


 俺だってきっと、やろうと思えば人並みの交友関係は作れる……と思う。

 元々、姉である詩織が態度や外見で目立つ事が多かった。友達は多いしモテるけど、嫌がらせされる事も多々あった。そんな姉を見ていたから、俺は小さい頃から積極的に周囲に関わる事をして来なかった。

 小中学校の時点で友達と遊びに行くなんて経験は無かったくらいだが、誰かに嫌われるとか嫌がらせされるとかの経験も一切無い。


 ある意味、今隣を歩くこの人の影響だ。目立つ姉さんを反面教師にして生きて来た結果と言える。


 美人な姉さんの弟、なので外見だけは良い意味で目立つ。だからそこは 髪型や立ち振舞であまり目立たない様にして来た。

 残念ながら、「イケメン」と称された事は人生で一度もない。けど俺は別に、女の子と間違えられた事もない。確かに、姉さんが求める平穏を俺は持っていると言えよう。


 ふと、姉さんは何か思い出したかの様に歩く足を止めた。


「彼氏と言えば、お前たしかラブレター貰ったんだろ?」

「えっ、なんで姉さんが知って……」


 俺の記憶が正しければこの人には話してなかった筈だ。


「前にお前の部屋で荷物整理してた時に、母さんが騒いでたぞ。『きゃ〜!何よこの手紙、ド直球な愛の告白じゃないの!もうっ、理桜ったら愛されてるんだから〜!』とかって」


 母さんによく似た声、よく似たテンションなのに、全く表情が変わってないので違和感が凄まじい。だが言われてみると情景が目に浮かぶ様だった。


「あの人はプライバシーってものを知らないのかな……」

「どこに隠してたんだそれ」

「別に隠してないよ、昔から使ってる小箱に入れてた」

「あぁ、あの小学校の入学祝いに父さんが買って来た、漆塗りのやつか。私も持ってんな」

「そう、それ」


 姉さんは一歩前に出ると、振り向いて後ろ歩きしながらいたずらっぽくニヤリと口角を上げた。


「お前、誰からどんな手紙貰ったんだ?母さんがシラフであんなはしゃぐのも珍しいだろ」


 こういう時の振る舞いはとても可愛らしい。


「母さんのテンションがおかしいだけで、ちゃんと真面目な手紙だったよ。読んでて若干恥ずかしくなるくらいに、真面目なやつ」

「なにそれ、後で見せろよ」

「母さんも見ちゃったなら別に良いけどさ……」


 なんて話ながら歩く姉さんは、いつもより少しだけ明るい雰囲気を纏っていた気がする。


 美人で綺麗で時々可愛い、それでいて巨乳でスタイルもいい、と外見だけ見るとまるで欠点のない姉さんだけど、普段は口数が少なく話しても悪態ばかり、態度も悪いまさに反抗期というやつだが……。


「ま、ちゃんと彼女出来たんなら私にも紹介しろよな」


 苦手意識こそあるけど、俺が姉さんを嫌いになれないのは、こんな姿を時々見せてくれるからに違いない。




 その後、買い物でめちゃくちゃな量の荷物を持たされた時は、姉さんの事が嫌いになりそうだった。

 一緒に並んで歩いて買い物に行く時点でとっても仲良しな姉弟だと思います。

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