第51話 ラブコメみたいな二人
まさかの生駒視点。
伊吹が風呂場で通話してる頃です。
「……それ、もしかしてこの人?」
生駒はスマートフォンにとあるツーショットを表示した。
そこに映るのは、いつもより随分とおめかしをした自身と、関わるに連れて強く惹かれていく美少年。
たかが数日の付き合いだが、生駒にとってその少年はかけがえのない一人の友人になりつつあった。
その一方で、自身が彼に抱く感情が友人に向けるそれからは離れつつあることも自覚していた。
だからこそだろう。
懇意にしていた親友とも言える星野零の言った「尊敬」という言葉にそれ以上の気持ちがこもっているとすぐに分かった。
加えて彼女が言った「先輩」の特徴を聞いて、すぐに思い付いた顔が零と同じ中学校に通っていた事を思い出した。
生駒が見せた写真に対して、零は驚いた表情を見せながらもどこか恥じらいながら、風呂上がりで少し湿った真っ白の短い髪を揺らしてゆっくりと頷いた。
「その方、です。お知り合い、だったんですね」
「……伊緒が同級生だし、同じクラスだからその繋がりで」
「知っています、悠岐さんもそうなので」
誰を相手にしていても敬語を使う零に、生駒は最初距離を感じていた。
零は相手が親だろうが兄弟だろうが常に敬語で話をする。それは彼女の幼少期にあった出来事がきっかけであり、生駒はその当時の事をよく覚えていた。
小さい頃、二人は殆ど関わりが無かった。
お世辞にも互いを知る関係とはとは言えなかったし、興味があったとも言い難い。
だがある時、生駒の耳にある訃報が届いた。
それは、星野悠岐の叔父夫婦が交通事故で亡くなったと言うもの。
小さかった生駒にとって、それがどれほどの事態なのかはあまり分かってなかった。
ただ、大した関わりは無くとも幼馴染みと呼べなくもない同い年の少女が、心身ともに大きな傷を負って髪は色を失い、一時は心的外傷後ストレス障害にまで陥り、乱心する姿を見て、ひどく心を痛めた。
以来生駒は、幼いながらも知る人すべてに敬語を使う零に、可能な限り自分をさらけ出して接するようになった。
生駒のマイペースな性格は、彼女が零を思って振る舞うようになった結果である。
故に生駒は、理桜が感じているように他者の感情に敏感であり、加えて普段の振る舞いからは想像がつかないほどに他人を気遣える。寧ろそっちが彼女の本質と言って良いほどに。
理桜が生駒に甘いのは、彼女のそういった一面を感じ取っているからだった。
一方で双子の姉である伊吹は生駒以上に周囲への関心が無く、身内に対してばかり目を向ける性格だった為、親を亡くして傷心していた零に見向きもしなかった。
結果、生駒と零が仲良くなるのに大した時間はかからなかった。
今も二人はしばらく理桜の話で盛り上がっていたが、その中で生駒の予想は確信に変わっていた。
「好きなんだね、理桜のこと」
「うっ……。そ、それは……だって」
零は間違いなく尊敬している先輩とやらの事、つまり理桜に恋心を抱いている。
その気持ちの大きさは、きっと自分には計り切ることは難しいと。
「本当に、嬉しかったんです。クラスや部活内で、多少なりとも感じる偏見や好奇の視線を、赤瀬先輩からは全く感じなかったから」
零が常日頃から強く感じているコンプレックスを一切気に留める事なくすんなりと受け入れる理桜の姿を、生駒が想像するのは難しく無かった。
無口で無愛想な伊緒をいとも簡単に籠絡してみせた彼ならば、外見にコンプレックスを抱いている程度の少女など容易く受け入れられるだろう。
今頃、伊緒は彼の家に泊まっている。ただしそこで年頃の男女らしい事が起こっている事はまず無いだろう。
ならば、少なからず零にも、そして自身にもチャンスはある。
寧ろ自分は、伊緒や美香以上に彼の懐に入り込むことが容易だとまで理解している。
そうしないのは、自分の感情に確信がないから。
伊緒や零の様に自分の気持ちに明確な自覚があるならばともかく、あくまで生駒自身は友人で居るつもりだった。それで良い、というよりはそうあるべきだと思ったから。
そう思っているのに、生駒はどうしても零の気持ちを応援する気にはなれ無かった。
「……生駒は、その……。赤瀬先輩の連絡先を、知っているんですか?」
「一応は。でも教えるのは理桜に許可を取らないと」
「そう、ですよね」
「……今、起きてるか分からないから今度で良い?」
「はい、いつでも」
そう言って小さく笑う零を見て、生駒は少しだけ罪悪感を覚えた。
でもそれを悔いることはしない。
その気持ちはきっと、零への確かな友情への証であり、理桜に感じている不思議な気持ちへの答えでもあるはずだから。
美香もきっと理桜への好意に気付いた時、彼に恋する伊緒の姿を見て同じ気持ちを抱いたのだろう。
姉たちと同じ轍を踏むつもりはないが。
「私も、理桜のことは気に入ってる」
「気に入ってる、ですか。珍しいですね」
「そう?」
「はい、珍しいです。生駒は振る舞いに反して警戒心が強いと思ってますから」
「あんまり、間違ってはいないかもね」
くすっ、と笑い合って、一緒にベッドに寝転んだ。
こうやって同じ毛布を被って寝ることは、何も今に始まった事ではない。
双子の姉の他にも年上の姉が二人もいる生駒だが、姉妹のようにして育ったのは姉たちではなく零だ。
それを不自然に思ったことはないし、寧ろ生駒はこうなることを望んだ。
こうしていると、心が安らぐ。
罪悪感なんて感じているくらいなら、いっそ話してしまった方が良いかも知れないと思うくらいに。
「零は、私も理桜の事が好きだって言ったら、どうする?」
「さっきの話では……伊緒さんも、とのことでしたよね」
「そうだね」
とは返したものの、生駒に言わせれば伊緒なんて大した事はない。
所詮は悠岐が美香の方に言ってしまうだけで不安を募らせる様な恋心だ。
「二人で協力したいです。もし生駒が乗り気なら、という前提ですが」
そんな自分の姉と比べて、零は何の迷いもなくそう答えた。
恋人を得るために本来ならば恋敵となる相手と協力をしようだなんて、随分な話だ。
同じ人を好きになったという程度の話で仲違いを起こしている姉たちに、彼女の言葉を聞かせてやりたい。
「私は、零のそういう、ちょっと横暴な事考えるところ嫌いじゃないよ」
「横暴ですか?」
「恋人を共有するとか、すごく自分勝手だと思う」
「私の読んでるライトノベルには、普通に書いてありましたよ?」
「それを実際にやるのは、中々特殊」
少しズレてるとは思うが、それも一つの個性だろう。生駒はそんな零のことがやはり、嫌いではない。
零がライトノベルを参考にすると言うのなら、彼女の想い人はさながらラブコメの主人公だろうか。
「少し、情報共有しておいてあげる」
「なんですか?」
「理桜は多分零が思ってるより女の子に言い寄られてる。伊緒だけだと思ったら、大間違いだよ」
「……なら、尚更一人だと難しいですよね?」
「かもね」
生駒は自分が理桜にどう思われているのかある程度把握しているが、理桜と零の関わりを殆ど知らない。
今零に聞いていた話では、零がいかに理桜の存在に助けられたか、という程度のことしか分からなかった。彼女が理桜をどう思っているのかなんて、彼女の話す口調や表情を見れば嫌でも分かる。
でも、それなら理桜は零をどう見ていただろう。彼女に偏見を持たないことは分かるが、だからこそどう思うのか想像がつかない。
零は、中学校のパソコン部に入った理由を、七沢咲智という三年生が居たことがきっかけだと話してくれた事がある。
その人はパソコン部の部長で、とても綺麗なアルビノの女子生徒だったそうだ。加えて、当時副部長だった理桜と仲が良かったから、自分の気持ちを相談したこともあったとか。
理桜が他者を外見で判断しない理由の一つになっているかも知れないその先輩も、何かの拍子に理桜に好意を抱いている可能性はあるだろう。
「零は少し、自分の進もうとしてる道が険しい事を理解するべき」
「そこは、素晴らしい軍師の生駒に任せようと思ってます」
「……軍師なの?」
「少なくとも、私よりは頭良いですから」
零は再度、愛機のあるその顔に微笑みを浮かべた。
生駒は何となく、自分はこの愛嬌に毒されたのかも知れないと内心で苦笑いをした。




