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第43話 羞恥心

 憂鬱な気持ちで家に帰る途中、雪さんの高級車とその中に乗る女子中学生たちとすれ違った事で、俺の気持ちは一転、少し晴れやかな気持ちで自宅に帰った。


 部屋に入り、ダイニングのソファに荷物を置いた所で、俺は自分の物ではない物音に気付いてキッチンに目を向けた。


「ん、おかえり」

「何だ、四ノ宮……じゃない……!?」

「私?四ノ宮だよ」

「違う、そうだけどそうじゃない!なんで四ノ宮妹が俺の家に残ってんだよ!?」

「あ、待って」


 四ノ宮妹は突然そう言って、スマホを取り出した。


「お母さん、どうかした?」


 訳が分からない。

 雪さん達が居ないから安心しきって居たのに、なんでよりによって四ノ宮生駒がこの家に残っているんだ。


「それなら大丈夫、友達の家に泊まってくから。あ、そう言えばさっき雪ちゃんに会って──」


 その後、しばらく母親であろう相手と通話していたので、俺はその間に着替えを済ませて夕食の準備を始めた。


 四ノ宮の妹が母親との話を終えて通話を切ると、キッチンに居た俺の側に寄ってきた。


「そういう事だから」


 どういう事ですか?


「……友達の家に泊まるって話?これからまたどっか行くのか?」

「?」


 少女は何故か首を傾げた。


「えっ、いやだから──」

「ここに泊まるよ?」


 最早、図々しいなんて言葉ですら生温い。

 マイペースなんて単語で片付けていい性格じゃない。

 初対面の一人暮らししてる男子高校生の家なんて、泊まっていい理由がない。どう言う倫理観と貞操観念してたら問題無しという結論に行き着くのか。


 ハッキリ言って、頭がオカシイのでは無いかと疑いたくなる。

 いや、疑うまでもない。こいつはイカれてる。


「俺は君と友達になった記憶はない」

「私もない」

「ならなんでさっき母親に『友達の家に泊まる』とか言ったんだ」

「これから友達になるから?」


 何故疑問形で返してきたんだ。これからそうなるという確信がなかったらあんな言い方しないだろうに。

 当たり前のように母親に嘘ついて家に帰らない娘とか、俺の近くにはあまり居てほしくない。


「何を作ってるの?」

「……サーモンのカルパッチョ」

「一人でそんなに食べるの?」

「……君が居たから一応二人分だよ」

「気が利くね、私サーモンは好きだよ」

「…………俺はそこまで好きじゃないな。脂っこい」

「15歳でそんなこと言ってるの?」

「放っとけ、昔から少食なんだ」

「先が思いやられるね」

「君はどの立場で言ってんの……?」


 と言うか、伊吹ですら敬語使ってたのに君は当然のようにため口なんだね。俺は気にしないタイプだから良いけど、気を付けたほうが良いよ。


「何か手伝う?」

「……料理とか出来るの?」

「家族の中では一番できる」


 四ノ宮が割としっかり出来てたから、意外に大丈夫なのだろうか。


 取り敢えず色々任せてはみたが、何をさせても手際は良いし危なげなかったので本当に出来るんだろうな。

 少なくとも疲れてる俺がやるよりはよっぽど早そうだ。


 それにしても…………。


「……?」


 話している事とか、口調とか、行動とかは正直、理解できないくらいに異常だ。だがしかし……。


「何?」

「いや……」


 食事してる姿を見てるだけなのに、妙に行儀が良いと感じた。

 それに仕草が上品だ。四ノ宮と伊吹の時には気にならなかった育ちの良さが垣間見える部分が多々ある。


 大人しくしてて喋らなければ、四ノ宮よりも他人の目を引きそうな大和撫子だ。それはそうと奇行が多いから目立つだろうけど。


 確かに、ぱっと見では四ノ宮と見間違えるくらいには良く似た顔立ちをしている。身長から体形から、伊吹よりも双子っぽいと星野が言うのもよく分かる。


 ただ、一見すると無愛想な四ノ宮と違って、雰囲気が柔らかい。

 四ノ宮以上に表情の変化が感じ取れないが、言葉数が少ない訳では無い。


 店に来た時の様子からして普通に友達付き合いは出来てるし、マイペースな部分も一つの特徴として周囲に認められているようだった。

 もしくは、自分のそういう部分を受け入れてくれる人を選んで関わっているのだろうか。


「……ご馳走様でした。ずっと私のこと見てたけど、何かあった?」

「…………いや」

「?」


 ……何なんだろう、この感じ。

 伊吹の時とは真逆の感覚だ。


 伊吹の時は話しててすぐに「裏がある子なんだ」と確信できた。

 人に見せる悪い裏の顔ではなく、誰にも見せない、見せたくないと思っているもっと薄暗い部分があると感じた。


 ただこの子は、演技をしている様な何かを隠そうとしている様な違和感が全く感じられない。

 湿っぽい雰囲気の時の花ヶ崎やこの部屋にいる時の四ノ宮の様に、ありのままで居る。


 端的に言うと裏表がない。

 純粋な性格をしている、と言い換えても良い。


 雪さんみたいに一人っ子で甘やかされて育ったならともかく……。いや、あの人は自分が甘やかされて来た自覚があるから、俺以外の前ではシッカリしてるんだったか。


 何にせよ、彼女は四姉妹の末っ子であり、それでいて双子の妹がアレだ。

 どういう育て方されたら、こんな変人になるんだか。


 特に会話もなく静かなまま食器類を洗って片付けて……ってか、何気にこれも手伝ってくれるのか。


「あのさ……君」

「あ、待って」


 俺が話しかけたタイミングで、またも彼女はスマホを取り出して誰かと通話を始めた。


「お風呂、先行ってて」

「…………分かった」


 なんで俺は行動の主導権を握られているの?

 まあ、あまり考えていても仕方ないだろう。


 やること全部片付いてから、話す時間はいくらでもあるだろう。

 その時に色々話せれば良いか、と無理矢理に自分を納得させて、風呂に入った。


 さてどうしたものか。


 何かの拍子で四ノ宮あたりに今日のことがバレた場合、彼女はどんな反応をしてくるだろう?


 出来るなら口止めしておきたいが……。

 一方で、四ノ宮の方が「まだ付き合ってない」って言ってるんだから別に問題ないのでは?と思ってる俺もいる。


「入るよ」

「ん」


 正直なところ、ちょっとだけ面倒臭い部分のある四ノ宮よりは愛嬌というか、可愛気があるから初対面で図々しく来られてもそこまで不快感はない。


「これ借りるよ」

「ん」


 小動物っぽい……いや、気まぐれな猫みたいな愛嬌がある様に思う。

 明らかに迷惑な事をされても、パッと諦めがつくというか「仕方ないな」と軽く笑って済ませてしまう愛らしさを感じる。


 裏表のない素直さ故だろうか。

 天然、っていうんだろうな。


「シャンプーどっち?」

「左」


 ふと、湯船に反射した天井の照明に視線を落とした。

 パチャパチャと跳ねるシャワーの雫で水面がゆらゆらと波紋を浮かべている。


「……ん?」


 キュッと小さな音と共に、シャワーが止まった。


「……あれ?」

「何かあった?」


 おかしい。


 何かがおかしい。


 絶対に起きては行けない事態が発生している様な気がする。


「理桜、少しそっちに寄って」

「…………」


 湯船に浮かぶ自分の影に、もう一つの人影が重なった時──


 俺は咄嗟に股間を隠して、ゆっくりと目蓋を閉じた。


「っ……あ、あの、四ノ宮さん?何をしているんですか?」


 俺の裏返った声は届いてないのだろうか。

 太ももと、股間を隠す手の上に柔らかな重みが降りてくる。


 お湯の溢れる音に混じって、小さな吐息が聞こえて来る。ゆっくりと密着する人肌の感触に、普段ならば強固な筈の理性が融解していくのを感じた。


「顔赤いよ、のぼせてる?」


 細く柔らかい手が頬に触れてきた。

 どうやら目の前にいる少女は、俺の膝の上で向かい合う形で座っている様だ。


「…………君には羞恥心って物がないの?」

「見られて恥ずかしい身体はしてない」


 淡々とした口調からは、何を思っているのか分かりそうもない。


「……そうなんだ、俺は違うからさ」

「大丈夫。綺麗だと思う」

「……ありがとう、余計なお世話だしそういう問題じゃないんだよ」


 どうしたら分かってくれるのだろう。


「本当に、大丈夫?顔真っ赤。上がるなら、私移動するよ」

「いや……その、今動けない」

「……ただの生理現象、私は気にしない」


 妙なところで察しが良いんだけど……。


「俺は気にするし、それに……そっちじゃなくて……。いや、それもあるけど……」

「?」

「……君が来た時、咄嗟に隠したから……挟んで……」

「挟む……何を?」

「…………いや、その……」

「……?」


 見なくても分かる、この子全然分かってない。


「……隠そうとした時に勢い余って、◯玉手で挟んで死ぬほど痛いんだよ!言わせんな!!」


 思わず顔を上げて責める様に叫ぶと、困惑したような表情をした少女の美しい裸体が目の前に広がっていた。


「ご、ごめん……?」


 ……なんで俺は、今日初めて会う中学生の女の子にこんなに振り回されてるんだろう。


 少し時間が経って痛みが引いた後も、目蓋の裏に焼き付いてしまった美少女の裸体が原因で、俺は彼女が風呂場を出た後でもしばらく動けずに居たのだった。

全て言わされる赤瀬くん、可哀想。

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― 新着の感想 ―
何なんだ、一体。 頭がおかしい。どうして、なされるがままなんだ。。。
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