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第41話 したたかさ

実際、赤瀬くんは色んな人を弄んでるよ、間違いなく。

星野くんは四ノ宮さんが関わらなければ、本当にいい子。

「あれ赤瀬、今日は何かあるの?」

「あぁ、才羽さんのお店が再開するんだよ。色々あったみたいだけど、何にせよ俺の手伝いは今月いっぱいで終わり」


 何か分かんないけど、店主が会社を辞められる事に狂喜乱舞しながら連絡してきたから間違いない。

 それはそうと、母親の妹がああも精神崩壊している様を見ていると、その内自分の母親までおかしな事になるんじゃないかと不安になる。

 ……いや、うちの母さんもお酒が入ると壊れるから、あんまり変わらないか。


 それについで、ではなく寧ろこちらが本命と言えるが……雪さんに弟が産まれた。

 俺はまだ会ってないし、もっと言うと妊娠してた事すら初耳だった。妊娠中に実際に会ったのも二回だけだったし、その時も大分精神がやられていたから、気付けって方が無理だけど。


 才羽さんはいわゆる「育休」的な期間として店を閉めていたそうだが、それならもっと早く言ってくれれば良いものを、驚かせたくて勿体ぶっていたらしい。


 育休ならせめてもう少し休みたいんだろうけど、オープンしたばかりの店を閉めっぱなしにする訳にも行かない。


 一応その話を聞いて、もうしばらくバイトを続ける事を提案したのだが、今後はなにやら雪さんが芸能のお仕事を激減させて店に入るそうなのだ。

 だから俺は契約通り、店主が会社を辞めると同時に辞める事になった。


 ……まあ、雪さんのせいで始まったモデルの仕事はまだ区切りが付きそうもないから、立場を交換した様な形になってるんだけど。

 羽柴さんの勧めで仕事用に「フリーモデルのリオ」という名義のSNSのアカウントを作ったら、名指しでの依頼が絶えない始末だ。

 ……挙げ句の果てに、いとこであるという話が雪さんのSNSから発信されたせいで、彼女の所属事務所はてんやわんやしている。


 俺は事務所への所属を丁寧に断らせて頂き、5月で事務所との契約満了になっていた羽柴さんを雇わせてもらった。

 テレビ関係や、学校の時間帯と被る仕事は全て断らせて貰っているが、高校生かつフリーでやってる筈なのに仕事が選べる状況にあるのはとても凄いと言うか、最早異常なことであると、羽柴さんに説明された。

 何にせよ、選べるなら選ばせて貰うけどね。


「なんか、やっぱりちょっと勿体無くない?」

「あーウチまだ遊び行ってないんよ」

「静かな喫茶店だぞ、遊びには来んなよ。せめて落ち着きに来い」

「私も一回は行っときたい、赤瀬が仕事してるとこ見てみたいし」

「バイトは、見世物じゃない……」


 四ノ宮の言うとおり、確かにアルバイトは見世物じゃないけど、俺は見世物のお仕事してる時もある。

 そしてそれを知ってるのが桐谷さんだけだから、彼女は穏やかに微笑みつつ、目線だけは俺に向いている。

 残念だったな桐谷さん、この事を知ってるのは君だけじゃないんだ。俺と才羽雪がいとこである事を知ってる星野にも、実はモデル業がバレてる。


「梓は行ったことある?」

「ないけど、私は遠慮しておくよ。同級生とか知り合いに見られてるって、慣れててもちょっとストレスだろうし、お邪魔になっちゃうかもだから」


 桐谷さんがそう話している時、不意にポケットに入っているスマホが震えた。

 ほぼ無意識に確認すると──

『バイト辞めた後なら、二人で行きたいな』

 と目の前で話している最中だった桐谷さんからメッセージが来た。


「……じゃ、俺は行くよ」


 咄嗟に、半ば逃げる様な形でそう言った。


「うん、また明日ね」

「じゃーね」


 背後から聞こえた声に軽く手を挙げて応じ、俺は教室を後にした。


 何か思うことでもあったのか、ゴールデンウィーク中に妹さんと会ったあの日以来、伊緒は殆ど俺の方に関わって来ない。学校でも近くには来るが、それ以上は何もして来なくなった。

 一方で桐谷さんは今のように、事あるごとに距離を縮めてくる。

 花ヶ崎は特に変わりないが、一人で居る時に思い悩むように眉を顰める事が多くなっているように見える。


 四ノ宮と花ヶ崎、あの二人に何か有ったのだろうか?


「赤瀬」


 ふと、昇降口で誰かに声かけられた。

 とは言え、俺に話しかけてくる男子生徒なんてこの学校に一人しか居ないので、俺は顔を見る事無く返事をした。


「星野、どうした」

「お前これからバイトか?」

「うん。星野は……部活?」

「いや、今日はない」


 ゴールデンウィークの前に、彼はずっと誘われていた陸上部へ入部した。

 四ノ宮に合わせて部活はやらないと思っていたし、本人もその予定だったらしいが、前に体験入部をしていた通り、何か心の変化があった様だ。


「オレも店行って良いか?」

「それは君の自由だけど」

「それもそうか」


 以前とは変わって、彼の方から俺の横に肩を並べて歩き始めた。


「君が入ってから、陸上部の人数増えたらしいね。特に女子」

「あぁ、女子マネージャーが増えたから、男子の入部も殺到したって聞いた」

「単純だなぁ……。つか、反応がドライだな」

「日課で朝のジョギングやってるくらいなら、伊緒もまた陸上やれば良いのにな」


 陸上部に部員が増えたという話をしていたのに、まだ増やす気なのか。


「君と話してると必ずその名前聞くんだけど、他に話題無いの?」

「良いだろ、好きなんだから」

「そう言う割には、最近四ノ宮に付きまとってないよな」

「元々付き纏ってた訳じゃねえよ……。ただ、今は友達と仲良くしてる伊緒を見てるのが良いんだよ」

「彼氏面すんな気持ち悪い」

「うっせぇ、放っとけよ」


 それにしても、よくこんな会話できるようになった物だ。去年までは考えられなかった。


「……まあ、四ノ宮は一旦置いといて。俺もちょっと聞きたかったんだよ」

「珍しいな、何だよ?」

「花ヶ崎が最近元気無いって話。なんか心当たりあるか?」

「ある」

「あんのかよ、ならちょっとフォローしてやれば良いのに……」

「いや無理、オレ正直あの子苦手なんだ」

「…………あの子、って誰?」

「伊緒の妹」

「……伊吹って子?」

「そっちじゃない方だ」

「……じゃあ知らないな」

生駒いこまって言う子だ。伊吹とは双子で、四姉妹では末っ子。口数と友達を増やした伊緒みたいな子だよ」


 四姉妹なんだ初耳。四ノ宮って何気に自分とか家の事って殆ど俺に話してくれないんだよな。


「顔と雰囲気は瓜二つで、並んだら伊吹よりも双子っぽいぞ」

「……そんなのが居るのか」

「ほら」


 星野が見せてきたスマホの画面には、そこらの芸能人と大差ない数のフォロワーが居るSNSのアカウントが映っていた。

 ……なんでアイコン航空母艦なんだろう……。


「あぁ、あとオレの知り合いの中で一番自己中でマイペースだけど、多分一番頭良い」

「特徴多いなぁ……。まあともかく、その子と、花ヶ崎が何かあったの?」

「何かあったって感じじゃねえけど……まあなんつーか、ちょっと前に美香が原因でその子が怪我したんだ」

「あー……」


 花ヶ崎の性格的に一番思い悩む奴だ。

 たとえ事故でも、お人好しにとっては事件だ。


「元々ではあるけど、伊吹は何かある度に伊緒にも美香にも突っかかるし……。うちの兄貴も、美香のことは毛嫌いしてるから、ちょっと参ってるのかもな」

「……それ前にも聞いたな。花ヶ崎ってそんなに身内に嫌われてんの?」


 以前に花ヶ崎本人が、四ノ宮や星野の兄弟姉妹に嫌われていると話していた。


「オレもあんま詳しい理由は知らねえんだよな。美香は別に嫌われるような事してないとは思ってるんだが……合わねえんだよな、多分」

「花ヶ崎とは合わない、か……。ってことはさ……星野と四ノ宮が付き合う事に反対してる人って、周りにはホントに居ないんだな」


 星野もあまり知らないなら詳しくは聞けないだろうと思い、俺はさり気なく話題を変えた。


「いや……兄貴は伊緒のこと気に入ってるからどうか分かんねえけど……まあ、正直に答えるとそうだな。特に泉凪いずなさんがな……」

「……今度は誰だよ?」

「あぁ……伊緒のお姉さんが、オレに早く伊緒と付き合えってめちゃくちゃ押してくるんだ。オレだってそうしたいけど、今のところ伊緒にその気がねえからな……」


 四ノ宮のお姉さんが、星野と四ノ宮が付き合う事を後押ししていて、かつ親同士も公認と行って差し支えない。


「……外堀埋まりきってんじゃん。親はもどかしくて仕方ないだろうな……」

「んなこた分かってんだよ」


 確か四ノ宮の母親だって星野と居て欲しいと思ってるんだったよな。


「……星野、例えばだけどさ」

「あん?」

「四ノ宮が『好きな人が出来た』って言ったら、どうすんの?」

「……どうもしないだろ」

「えっ?」

「だから、どうもしないって。下心で伊緒に近付く奴はどうにでもしてやるけど、伊緒が自分から行くならオレは何も言わねえよ。これ前に言わなかったか?」


 その線引きだけは全く納得も理解も及ばないんだけどな?


「似たような事は言ってたけど……。でも──」

「別に身を引くとは言ってねえだろ。伊緒に好きな人が出来たからと言って、諦める理由にはならねえし」

「……」

「いい気持ちにはならないだろうけど、チャンスでもあるからな」

「チャンスって?」

「伊緒の好みが知れるのと……これもいい考えじゃねえけど、失恋した後を攻めるのは恋愛の基本だろ」

「……案外、したたかなんだな」

「お前なぁ……。オレだって、伊達に何年も片思いしてねえよ」


 ……なんか、凄えじれったい。

 そして、その原因の一端を担っているのが自分自身であることが、どうにも嫌だ。

 他人の気持ちを弄んでいる様な気がして、なんだか気持ち悪い。


 恋とは病的な物で、その人の感情だけでどうにかなる物ではない。

 ただ、その病にも似た制御出来ない感情は、少しだけ人を大人にする。それはきっと、良い意味でも、悪い意味でも。

 その病を深く理解できない俺は、まだ幼稚で、子供なのかも知れない。

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