第4話 合格発表
更新遅くなりました。これからは私生活が忙しくなるのでとても心配です……。
初めて手にした自分のスマートフォン、映し出される表示は、あと数分で午後一時を回る。
黒い手帳型のカバーで覆われたスマホは何となく重くて、大きい様に感じる。
俺はまだ手に馴染んでないソレをカバンにしまって、隣に座る母さんに目を向けた。
俺の肩に寄りかかって眠る姿は、母というよりも姉ではないかと思うほどに幼く、おとといには二日酔いで完全にノックダウンしていたとは到底思えない。
中学校の卒業式から3日が経過した。
昨日は半日ほど携帯ショップで時間を過ごしたのでその疲れもあるのだろう。
起こすのは忍びないが、もうすぐ目的の駅に着く頃だ。
「母さん、そろそろ起きて」
体を揺すって声を掛けると、母さんはぼんやりとした表情で顔を上げた。俺は苦笑いを浮かべつつ少し跳ねた髪を整えてあげる。
母のそんな姿を見て、俺はだらしないと言うべきか愛らしいと思うべきか……。
こんな様子を見たら、少なくとも姉さんはだらしがないってキレるだろう。
母さんは俺の卒業式くらいから、一週間ほど余裕を持って休みを取ってはいるものの、休日と呼べる程度の日々を過ごせてはいない様だ。
一昨日の二日酔いに関しては完全に自業自得だが、忙しい中で自分の子供の浮かれた様に思える話を聞いたら、多少なりとも気分は上がるのかも知れない。
実際のところ、息子は浮かれた手紙の内容を頑なに話さず、娘は反抗期で親に干渉して来ないと来た。
母さんからすればそれも「青春」で見てる分には楽しいのかも知れない。
そして今日は高校の合格発表。
正直なところ、学科試験も面接試験も、どれだけ悪く見積もったとしても受かっている自信しかないので俺は特に緊張してない。
それよりも俺が考えていたのは、あの手紙に書かれていた話のこと。
四ノ宮は今日、どこかのタイミングで話がしたいらしい。
話しかけられるタイミングはあると思う。
でも、話しかけよう物ならすぐに星野が割り込むだろうと言う事も容易に想像がついてしまう。
いや、なんで俺がそんな事を気にしなきゃいけないんだ。
別に俺から話しかける必要も無いだろう、偶然見つけたら挨拶くらいはしよう、と頭の片隅で思考をまとめてから、俺は眠そうにしている母さんの手を取って電車から出た。
「ほら、行くよ」
「……ふわぁ…」
道を覚えるのは得意ではないが、これから登校のために何千回と通る事になる道なので、流石に頭に叩き込んである。
徒歩で十分程、普段よりも少し都会に見える街並みを迷いなく歩いた先にある、そこそこの規模の高校。
あくまで、俺の主観だから本当は規模が大きかったりするのかも知れないけど、少なくとも偏差値はそこそこ。
部活は豊富にあるし、生徒数も全校生徒で五百名前後らしいので平均よりも少し多いくらいだと思う。
正門から高校の敷地に入ると、何となく見覚えのある教員が居たので挨拶をして、念の為、合格した受験番号が張り出されている場所も聞いておく。
言われた通りに昇降口に向かうと、すぐに人集りが見えた。
軽い足取りでその人集りに入り込み、一喜一憂する受験生や保護者の喧騒に眉をひそめながら、張り出されて並んでいる受験番号を一瞥する。
「んと……」
とくに問題無し、か。
人集りから足早に離れて、少し遠くで呆然としている母の元に戻った。
「母さん、北校舎一階の会議室だって、行くよ」
「……帰り、荷物多いわよねぇ」
合格の嬉しさよりも帰りの憂鬱を考えている母さん。こと勉強に関しては姉さんほどでは無いが、俺もどちらかと言えば優等生と言えるので、とくに落ちている心配なんかはしていなかった様だ。
「……ん?」
近くに居た先生の案内で校舎に入って行くと、廊下の隅で保護者も交えて談笑している三人組の受験生を見つけた。
あの三人組は四ノ宮と星野、それと花ヶ崎だ。親も子供もしっかりと見覚えがあるので間違いないだろう。
こちらに気付いている様子は無く、また母さんも隣で欠伸をしながら歩いているので彼女達に気付いてはいなさそうだった。
話しかけられそうな空気でもなかったのでそのまま素通りすると、少しだけ後ろから視線を感じた様な気がした。
三人組と大分離れてから、俺は一度振り返った。
「どうかした?」
「……いや、何でもないよ」
校舎の外に出ようと歩く三人組と、その保護者達。
雰囲気としては談笑している様に見えるが、傍目から見た限り四ノ宮は一言も発言していなかったし、そもそもピクリとも表情を動かしている様子はなかった。
あれは果たして良好な関係と言えるのか?
高校の合格発表なのだからもう少し、せめて笑顔の一つや二つあってもおかしくないのではないだろうか。
「……人のことは言えないか」
思わず零した呟きに、意味もなく苦笑してから会議室に足を踏み入れた。
どうせ教科書類とかの大量の荷物なんだろうなとは思っていた。
案の定大量の教科書や連絡書類の他、授業や課題で使うらしいタブレット端末も渡されて…と、やはり大荷物で帰る羽目になる。
中学でも似たような感じだったから、もはや進学の為の恒例行事。
母さんがこっそり、車を出せば良かった、と後悔していた。
そんな様子を見ている時、ふとカバンに入れていたスマートフォンが震えた。
それを確認するまでもなく、母さんに大事な事を伝え忘れていたのだと思い出した。
「母さん、落ち込んでるとこに、一つ朗報があるんだけど」
「……なにかあった?」
「校門の外で待ってる人が居るんだよね」
頭上にクエスチョンを浮かべる母さんを横目に、俺はさっさと校舎を出た。
来た道をそのまま戻り、校門を出てから少し歩く。すると見るからに高級そうな車が止まっていた。
「あれかな」
「……?」
高級車に近づくと中からスーツを着た見るからに仕事が出来そうな美人女性が出て来て、明るい声で俺の名前を呼んだ。
「やっほ、弟くん」
あれ、名前は呼んでもらえなかったな。
「あ〜…!雪ちゃん、久しぶり!」
母さんは嬉しそうに女性へと駆け寄り、優しく抱き合って再会を喜ぶ。
「奏恵さ〜ん、私二十歳になっちゃったよぉ〜」
「あら、もうそんな歳?私も年取るわけよねぇ」
「奏恵さんはまだ若いし美人だよ?」
「そんな事言っちゃって、今度一緒にお酒飲みましょうね」
絶対にその現場には居合わせたくない。
なんて考えながら、仲良ししているお二人さんの横を通って高級車に荷物を乗せて、俺も後部座席に座った。
迎えに来てくれた彼女、才羽雪さんは俺に喫茶店の手伝いを頼んで来た人の一人娘だ。
俺はこれからその喫茶店に降りて話すことがあり、雪さんは母さんを家に送ってくれる。
「……にしても、芸能人ってそんなに稼げる物なのかな」
テレビを見ていれば日に数回顔を見かけるような売れっ子であれば高級車の一つや二つ当然なのだろうか。
何となく気になって今乗っている車をぼんやりと調べていると雪さんが運転席に、母さんが助手席に入って来た。
「……あ、ねえ雪さん」
「なに〜?」
「車変えたよね」
「あ、これ誕生日に貰ったんだ〜」
「誰に?」
「事務所の先輩」
「へえ」
もしかして貢がれてるのか?この車、調べて確認したら三千万くらいするんだけど。
「あ、それでさ、ちょっと聞いてよ。私その先輩に狙われてるっぽくてさ。この車にね、最初盗聴器とかGPSとか付いてたんだよね」
「何よそれ、ちゃんと処分した?」
焦った様子の母さんに向かって、雪さんは平然と答えながら車のエンジンをかけた。
処分の前にどうして気付いたのか経緯が気になるところだが、あまり俺が口を挟む話でもなさそうだ。
「んーん、元々住所はバレてるから、車庫に置きっぱなししてる。前にその先輩から『車乗ってないの?』みたいな連絡来て笑っちゃったんだよね」
「そう、怖いわねぇ。気を付けなさいよ?俳優とかモデルの人って、女の子食い荒らしてたりするんでしょ?」
母さんの男性芸能人のイメージが余りにも悪過ぎるのでは無いだろうか。実際の事なんて欠片も知らないが、誠実な人も少なからず居るだろうに。
「この車プレゼントしてくれたの女の子だよ」
「……そ、そう……」
世の中って難しいな。やはり貢がれているのでは?
「はい、弟くん、着いたよ」
「あぁ、どうも。助かりました」
「いえいえ。奏恵さんしばらく借りてくね〜」
荷物は持って行ってくれる様なので、俺は自分の手荷物だけ持って車を降りた。
軽く周囲を見回すと、人の少ない小さな路地の入り口近くに建てられたレトロな喫茶店を見つけた。
「そうそう理桜くん、高校合格おめでと」
背後で急にそう言われた。振り返る頃には窓は閉められ車は発進し始めていた。
普段あまり話さないし、顔を合わせる機会も少ないいとこの女の子。
俺よりも姉さんの方が、彼女の事は良く知っているだろう。
母さんと違って卒業式の前に俺は会っていたが、その時には母さんと同様に俺も会うのは久しぶりだった。けれど雪さんは思っていた数倍は気さくだった。
前はどんな人だっただろう?あまり覚えてないが、気さくな雰囲気に驚いた自分がいるのだから、多少変わっていたのだと思う。
姉さんに聞けば分かるかな、なんて考えながら俺は閉店中のレトロな喫茶店に足を踏み入れた。
メインヒロインを当然の様にスルーしてるよこの主人公、どうかしてる。
 




