第34話 家族会議
朝から続く霧雨は窓の外で降り続けて止みそうにない。
「……」
ゴールデンウィークも折り返しになる頃。俺は母さんから突然、帰るように連絡を受けて実家に来ていた。
そこで母さんから言われた一言により、俺はソファの上で正座をするハメになったのだった。
「それで、どうして何も言わなかったの?」
「……完璧に、頭から抜けてました」
「まったく、彼女に現抜かしてるから」
「や、あの……彼女居ないです」
「はぁ?」
姉さんの鋭い眼光に睨まれ、俺はそっと現実から目を逸らした。
「ま、まあなんだ。元気そうで良かった、一人暮らしで何か不便な事とか──」
「あなたは黙ってて」
「てかどっか行って」
「「…………」」
せっかく久しぶりに会った父さんは、再開の余韻に浸る間もなく母さんと姉さんに退席をさせられた。
ひどい、俺と父さんまだ挨拶すらしてないのに。
若作りというよりは童顔な、威厳のない顔をした父さんは見た目通り家の中での威厳なんて欠片も無い。辛いけどこれが現実だ。
「それで理桜、あのCMは何?」
……そう、これが事の発端だ。
「……男性用のフェイスクリームのCMです」
「そんなのは分かってるわよ、なんで理桜がガッツリ出てるのかって話」
誤魔化しを言ってるつもりはないのだが、このままの調子で話していると本当に怒られそうな気がした。
「……知り合いに頼まれまして、高額の報酬に釣られて思わず……」
「いや、別に悪い事してるみたいな言い方はしなくていいのよ」
「一応、ちゃんとした契約の元でやってるんで……!」
「だから悪い事してるとは思ってないから」
俺も悪いことをしたなんて思ってないけど、こんな詰められ方したらそういう気分になるじゃん。
「あれ、いつ撮影した物なのよ?」
「……つい最近、です。事情があって納品ギリギリに撮影し直すことになったらしくて……。しかも本来予定していたタレントが不祥事で来れなくなってしまって、結果……俺が手伝う流れになりました」
「そっからなんでアンタが手伝う流れになるのよ」
ごもっともな疑問でございます、お姉様。
「……4月のあたま頃に、とあるいとこのワガママで俺もフリーのモデルとしてちょっとだけ活動する事になったからですね」
「……とあるいとこ、ね……」
何かを察した姉さんが苦笑いを浮かべた。
「不祥事起こしたタレントが、我々のいとこと同じ事務所に所属してまして……。そこのマネージャーさんが、違う事務所の人でかつ知り合いで都合の良い人を探した結果、俺に話が来たという感じでして……」
「…………なんか、本当に色々あった結果アンタがCM出演なんてさせられる事になってたのね」
「……そうです」
「因みにその、高額の報酬っていくらなのよ?」
「テレビCMとネット広告が2クール分、あと謝礼分の上乗せがあって……このくらいです」
言いながら、俺は指を一本だけ立てた。
「CM一本で?」
「……普通は事務所に高い割合持って行かれるらしいけど……俺フリーなんで、手取りでそのくらいです」
「なんか、寒気がする話ね……」
若干顔色を悪くした母さんに、俺は一応詳しい話をする事にした。
「や、あの……全国放送でしかもネット広告もあるけど、知名度皆無のモデル使ってるから、寧ろ控えめというか……。色々事情があったせいで上乗せ分入ってるくらいだし、まあ……うん」
どうしよう、なんか色々自信無くなってきた。
根本的には7割くらいが雪さんのせいだから、何かあったらあっちに連絡しよう。
「……因みにアンタ、そこそこバズってるの知ってる?」
「知ってるけど、知り合いに全くバレてないんで、あんま気にしてないです……」
「そりゃ気付かないわよ、私も詩織に言われるまで気づかなかったもの」
「あんな爽やかな理桜見たこと無いし。前髪上げるだけでほんっとに印象変わる」
「いや……誰だって、前髪変わったら印象違うでしょ」
普段前髪降ろしてる人が上げるだけで本当に変わるし、逆もまた然りだ。
俺みたいに普段は目元や鼻に触れるくらい前髪が長い奴は尚更。顔の造形を半分くらい隠せるわけだから、そりゃ印象は全く違う。
なんか、色々悪い言い方になるかも知れないが、前髪を上げて好印象になるのは顔が整ってる人だけだと思う。俺は姉さんに似てるからどう足掻いても整ってる側なので問題はない。
これで俺は眼鏡の店員スタイルと、前髪上げたモデルスタイルと、普段の学生スタイルの三つの変装を手に入れてしまった訳だ。
まあ、別に変装はしてないんだけどね。
「それで、金銭管理はちゃんとしてるの?」
「や……あの……大金を管理できる自信はないから、口座から一銭たりとも出してないです。てか、なんなら仕送りだけでも貯金出来てるから……その、好きにして下さい」
「理桜のそういう、能力はあっても甲斐性は無いところって、お父さんに似たのね」
「グハアッ!!?」
「廊下の向こうから父さんの断末魔がっ!?」
……何を茶番やってんだろう。別に俺がわざわざ反応する必要ねえや。
CM云々の話は一旦そこで終わり、母さんが廊下にいる父さんの元へ行き今度は姉さんに詰められる番だ。
「……で、何よ彼女居ないって。アンタ四ノ宮さんはどうしたの?」
「や、なんか……色々あって今は三…もしかしたら四人くらいの女子からアプローチされてる最中で……」
「はあ?」
「ちょっと、本当に色々あったんだよ。結果としては四ノ宮からは『惚れさせてみろ』って解釈されたらしくて……」
「アンタがそんなきざったらしいこと言えるわけないでしょ」
「ごもっともです」
「……まあ、その辺はアンタの事だからアンタがちゃんと決めればいいけどさ……」
姉さんが意外な事を呟き聞いて、俺は思わず顔を上げた。
「なによその顔」
「……いや、姉さんが珍しく俺に委ねてるから」
「はあ?アンタの女絡みの話なんだからアンタがどうにかしなさいよ。当然でしょう」
「……うん、まあそうだね」
四ノ宮がどうとか話す気は無いらしい。
自分の感情と俺の気持ちは、流石に別物として考えて居るようだ。
「理桜」
「……な、なに……姉さん」
「アンタ、偶にはこっちの家にも顔出しなさいよ」
「え、あ……うん」
姉さんは何を思ってそう言ったんだろう。
別に俺がこの家に帰って来なくても学校で会うことはできるし、母さん達も特に心配してる様子はない。
ふと、廊下にいた父さんがやっとリビングに戻って来た。
神妙な表情で俺の横に座ってきた。
「……父さん、なんか疲れた顔してんね」
「な、なあ理桜……お前、さっきの話本当か?」
「さっきのって……どっち?」
「どっちもだ」
「本当、だけど」
「つ、つまり……」
「……?」
「めちゃくちゃモテてるし俺の年収より稼ぎ良いのか?俺とうとう息子に勝てることすら無くなってきたのか?」
父さんがめっちゃ悲しい事言ってる。
ただでさえ最近は何やっても姉さん未満だから自信喪失してんのに……。
「俺別に、父さんのこと蔑ろに考えたりしないから大丈夫だよ」
「まるで詩織たちに蔑ろに扱われてるみたいな言い方をするんじゃない」
「でも割と雑に扱われてるよね」
「……」
うーん、悲しい。否定できないで口をつぐむ事しか出来ない父さんが見てて悲しい。
「なあ、息子に年収で負けた父親に価値はあると思うか?」
「父さんがそんなネガティブな事言ってる姿は、俺見たくなかったんだけど」
「誰のせいだと思ってんだ」
「雪さんかな」
「…………だめだ、俺には悪く言えない」
「父さん言動の自由すら奪われてんの?」
本当に悲しい。
家庭内に序列が存在してしまう事も、それの一番下に父親がいる事も。
「……父さん、今度一緒に星見に行こ」
「こっちに気遣うな、自分の時間は自分のために使え」
「父さん…………今から父親の威厳出すのは無理だよ?」
「あ、やっぱり?そんな気はしてた」
うーん………悲しい。
強くなってきた雨は、まるで父さんの心を表しているようだった。