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第32話 陽下の撮影会

 神里先生の運転でおよそ2時間程。

 辿り着いたのは先生の説明の通り、人っ子ひとり居ない静かな草原だった。


「どうだ、良いところだろう?」


 俺が寝ていた咲智さんを起こしてから車を降りると、先生がそう言いながら周囲を見るように促してきた。


 近くには管理施設らしき小さな展望台があり、秋村と花ヶ崎はそこに登って周囲を見渡している。

 山林に囲まれた原っぱは、草木の揺れで微かな風の流れすらも分かってしまう様だ。


「俺こういう所初めてなんで、正直テンション上がってます」

「私は、去年も来た」


 と言うことは定番みたいなものなんだろうか。まあ、まだ二年目だから定番も何も無いけど。


 温かな日の光を身に受けながら軽く伸びをして、息を吐いた。

 うん、良い日和だけど……まず何するんだろ。


「さて、赤瀬は私とテントを張るぞ。花ヶ崎と秋村は荷解きを頼むから七沢はそっちの2人の監督だ、特に光学機器の取り扱いはちゃんとしてくれよ」

「分かりました」

「赤瀬、日傘」


 言われてから咲智さんに日傘を手渡すと、彼女は重い足取りで展望台へ足を進めた。


 俺は先生の後を着いて行き車から大きな荷物を優先して降ろし、先生の指示に従いながら、大小二つのテントを張った。


 その後はいくつかの望遠鏡を立て、専用の接続機器を利用してスマートフォンの画面に望遠鏡で見えているものを映し出す。

 手慣れた様子でそのセッティングを行っている咲智さんの様子を見ながら、俺は傍らで日傘を持っている。


「……こんなのあるんですね」

「ちゃんと覚えて」

「善処はします」

「私がやらなくていいように」

「……朝からですけど、咲智さん俺のこと召使いか何かだと思ってませんか?」

「違うの?」

「……まあ、今日限定でそういう事にしてあげても良いですけど」


 もうそうなってるみたいな物だから別に良いんですけどね。

 ため息混じりに視線を移すと、別の場所で同じように撮影準備をしている先生達を見つけた。


 秋村と花ヶ崎はここに来てから随分とご機嫌な様子に見える。俺から見ると二人ともインドア派な印象があったのだが、案外自然の空気に触れるのも好きらしい。


 となると、この場で一番外に出ない性格なのは俺か。


 一人暮らし始まってからは学校と家とバイト先以外でしか行動してない様な気がする。買い物は八割ネットだし。

 少し前にあったスポーツテストは、数字だけは良かったけど疲労と運動不足で足攣ったりしてたし。


 体育祭の前に軽く運動した方が良いな。

 ……そう考えると四ノ宮とジョギングする話、普通に受け入れたほうが良かったかも。


「──赤瀬、聞いてる?」

「えっ?あ、すみません一個も聞いてませんでした」

「まだ何も話してない」


 意識を反らしていたのは俺だけど、だからって何で敢えて何か話してた風に言ったんだ。


「考え事してた?」

「いや、秋村たちのこと見てました」

「ならそっちじゃなくて私のこと見てて」


 ……なんか、うん。

 その台詞サラッと言えるの凄いな、意識してないんだろうけど。


「……それでどうしました?」

「だから、まだ何も話してない」

「……今から何の話をしてくれるんですか?」

「赤瀬はそもそも火星食が何か分かってる?」


 咲智さんが饒舌に話したがっている姿というのは少し珍しい気がして、俺は真剣になって彼女の話に耳を傾ける事にした。


「日食とか月食なら分かりますけど」

「見たことは?」

「小さい頃に、金環日食は見たことありますよ」


 日食はこちらから見て、月が太陽を隠す現象。

 横から見たら『太陽ー月ー地球』という順番に並んだ状態になる……んだよね?多分。

 月食は『太陽ー地球ー月』の順番に並ぶから、太陽の光が月に当たらずに、地球の陰に月が隠れる現象……だったはず。

 まあ俺が知ってる太陽系の話なんて、せいぜい中学校の理科レベルしかない。


「火星は太陽系の中では地球に近い惑星だけど水星に次いで小さい。夜ならともかく昼間に肉眼見るのは難しい、普段は地平線に隠れてるから尚更」


 咲智さんはわざわざ日傘の外に出て陽光の下に身を晒し、右手でひさしを作って月の位置を確認する。


「目安は東の空、水平線近くにある上弦の月に隠れる火星が確認できる」

「あー……はい、見えました」

「なら撮影準備して」


 そう言われて、肉眼で位置を確認しつつ望遠鏡のピントを合わせていく。

 スマホの方も操作して撮影準備を済ませ、咲智さんの話を聞きながらメモ帳を取り出して撮影状況をメモしていく。


「あ……火星も見えました。こっから月と重なってくんですね……。火星ちっさ」

「惑星食自体はそこまで珍しい現象じゃないけど、こうやって万全の状態でしっかり撮影できる機会はあんまりないから……天文部に神里先生が来てくれて良かった」


 去年、真面目に活動していたのは神里先生と咲智さんだけらしいけどね、それも他の部員が居なくなる程。


「それに、赤瀬が来なかったら多分、廃部になってた」


 まあ、確かに……今年廃部になってたらこんな事も出来なかったのか。


「……事前シミュレーションの5分前なんで……12時03分、撮影開始します」


 一応の予告をして録画ボタンを押し、俺の方は月の動きに合わせて望遠鏡も動かす。

 先生の方は定点カメラとして少し引きの画角で撮影が行われている。


 俺は咲智さんに監督してもらいながら二つの望遠鏡の確認をしつつ撮影状況の資料を作成し、神里先生と秋村、花ヶ崎の三人はテントの方で昼食の準備をし始めた。


 しばらく望遠鏡を見ていると、月の後ろに火星が隠れていく瞬間を確認できた。


 こういった部活動で撮影された物は文化祭の出し物に使われたり、第二校舎の一階にある展示室で紹介されるらしく、その為に撮影状況の資料なんかを残しておく必要があるのだとか。


「……カレーの匂いがする」

「じゃあカレー作ってるんじゃないですかね」


 望遠鏡とは別に俺の今の視点でスマホ撮影をしておき、それに加えて今の天候や時間なんかの状況についてもノートに書き記していく。

 他にも、今回の撮影の為に使った資料やWebサイトに関する情報も活動の一つのとして記録して置かなければ行けないらしい。


「赤瀬はレポートとか書くのとか、得意そう」

「どうでしょうね、やったこと無いんでなんとも」

「夏休みの自由研究とかで、似たような事しなかった?」

「自由研究なんて何やったかすら覚えてないですけどね」


 ここから、次に火星が月の陰から出てくるまで1時間くらいはかかるらしい。

 流石にずっと見てるのはキツくないですかね。


「赤瀬、今日楽しい?」

「えっ?は、はい。今のところは……てか、何でそんな事聞くんですか?」

「あっちの二人より、随分落ち着いてるから」


 確かに、今日こっちに来てから殆ど花ヶ崎と秋村と会話してない気がする。同じ事をしてないから、というのもあるとは思うけど、それ以上にテンション感に着いて行けてないという理由が大きい。


「パソコン部に居た時と同じ、何してても退屈そう」

「俺そんな風に見られてたの……?」


 俺は自分の事を、割と何に対してでも楽しんでやれる性格だと思っているのだが、周りから観たら退屈に思われるのだろうか。


「赤瀬は、色々顔に出ないから」

「よく人の事言えましたね」


 俺と居る時の四ノ宮はまあまあ笑顔が見えるから、この人と比べたらまだ彼女の方が表情豊かなくらいだ。

 自分が無表情だという自覚が無いんだろうか。


「……楽しいですよ。普段ならまずこういう機会は無いし、俺の場合自分で自然豊かな場所に行ったりはしないから」

「外に出なよ」

「よく人の事言えましたね」

「私は普段から外出てる」

「夜中でしょ?」

「違う、夜明け頃」

「…………そんなだから朝キツいんですよ」

「後悔はしてない」

「ちょっとはして下さい」

「……支えてくれる人に感謝はしてる」


 迷惑かけてる自覚はあんのかい。

 自分に正直というか、趣味に真っ直ぐというか。


 中学の時とは随分と印象の違う人になったけど、こっちが本来の咲智さんなんだろうな。

 日傘の下でいつもより生き生きしてる咲智さんを見てると、少し新鮮な気持ちになるな。

次で第一章終わりっぽいです。

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