第31話 本活動
集合時刻は午前8時だが、まだあと十分くらい時間がある。
校門の前で時間を待っている俺は日傘を片手に持ち、俺の肩に寄り掛かって死にかけている超色白少女を支えていた。
「あの……一旦中に入りますか?」
「……」
「……えっ、寝てる?」
「昨日……夜空見てたら朝日が……」
「それはもう夜空じゃないですよ?」
取り敢えず、ただの寝不足ならちょっと安心した。
一瞬、この人普段どうやって朝から学校に来てるんだ?とか考えてしまったから。
私生活から夜行性に寄ってる訳じゃないのなら良かった。
事前連絡でゴールデンウィークの二日目に校門に集合することは決まっていたのだが、
天文部顧問である神里先生から昨夜連絡が来て、突然地図情報と「迎えに行け」という指示をされた。
そして、今朝指示された住所に行ったところ……一応は部長であるはずの七沢咲智の自宅に着いた。
彼女は生まれ付きの体質があり、星空を眺めるのが好きという趣味も相まってとてつもなく朝に弱い。
いつも学校に来るときは同級生の誰かしらが付き添いをしてくれたりしてるらしいが、今日は俺がその付き添いに選ばれた様だ。
まあ……あんまり嫌ではないな。
年上の色白でダウナーなお姉さんを迎えに行くって、ちょっとロマンを感じたよ。
因みに一つ驚いた話で、母親は夜勤明けで寝ていたらしい。……そう、両親の離婚の際には父親に付いて行ったと話していた咲智さんが、今は母親と暮らしている。理由は父親の単身赴任とのこと。
それを利用して家族としての繋がりを辛うじて保とうとしている咲智さんを、俺は素直に見直した。
先生に反抗して家に帰りたがらないだけの人じゃなかったのか。部室の住民になろうとしていた割に、家族は大切にしてるんだから分からない物だ。
それはそうと秋村の方が家近いんだからそっちに任せれば良いのに、とは思うわけで。
来る途中で咲智さんに色々と聞いてみたら「弥生は頼りない、心許ない」と散々な言われ様だった。
確かに彼女はちっちゃいし人一人を物理的に支えて過ごすのは負担が大きそうだけど……。
花ヶ崎住んでる場所が遠いから候補から外れる、となると消去法で俺しか居なかった訳だ。
神里先生そこは頼むよ、俺ここ数日くらいで女の子に密着されてばっかりで……あ、いや、それはまあ役得かも知れない。ありがとう先生。
咲智さんのちょっとイイとこも見れた訳だし。
「咲智先輩おは……え、先輩じゃなっ……くない!?」
「おはよう花ヶ崎、休日の朝から元気だな」
「……美香……おやす………」
「先輩おはようございます、お休みしないで下さい」
このままだと咲智さん、本当に立ったまま寝てしまいそうだ。
「てか……なんで赤瀬と咲智先輩は抱き合ってる訳?」
「逆に聞くんだけど、ある程度観察した上でその言い方してるのは何で?」
「それは、普通に気に入らないからでしょ」
「何がだよ?」
気に入らない、までは普通のテンションで言っていたのに具体的な部分を聞いたら口をつぐんでしまった。
それでも答えを持っていると、小さな声で答えた。
「……赤瀬が満更でも無さそうなのが」
「それは……仕方なくない?」
「これが悠岐ならちょっと煩わしそうな顔してるよ」
そう言われて、彼自身に聞いた言葉を思い出した。
星野は別に、自分の元に集まる女の子や花ヶ崎の事を煩わしく思っている訳ではなく、花ヶ崎に至ってはむしろ意識してしまうから無視してる様な物だと言っていた。
「……俺は星野ほど一本筋通せる自信はないな」
「赤瀬って、割と普通に浮気しそう」
「否定は出来ないかもな、俺美人な女の子にモテるみたいだから」
「確かに、梓とかいっちゃんとかねー」
「君含めて言ってるんだけど」
何をさり気なく自分の事を棚に上げて物を言っているんだか。
「…………その二人と一緒にしないでよ」
「何言ってんだよ、花ヶ崎は可愛いだろ」
「っ……!そういう所だよ!」
「俺は真面目に言ってるんだけど……」
雰囲気や立ち振舞いの違いはあれど、俺からすれば整った容姿をフル活用して好感度を稼ごうとしてくる美少女である事に変わりはない。
それどころか、花ヶ崎は自分の都合は一旦無視してでも他人を想いやれる人だから、俺からすれば悪印象を抱く理由が何一つない。
正直なところ、顔が良い、なんてのはただ着いてきただけの要素だ。
それでも何処か自信を持てずにいる彼女を見て、可愛いという感想を抱く自分の感性が間違っていると思った事は一度も無い。
「アタシなんて、面倒臭いだけで……」
「君は素直で分かり易い方だよ」
どっかの誰かさん達と比べたらね。アポ無しで家にくる人とか、話の流れで何気なく名前呼びしてくる人とか、不器用に一途やってる人に比べたら、本当に分かり易い。
比べる相手が悪い気がするけど、他に比較対象もいないし。
ふと、校舎の方から足音が聞こえた気がした振り向いた。
「よし全員揃ってるな」
私物であろうジャージ姿の神里先生が現れた。
普段学校で見かける白衣姿とは打って変わって、体育館でやる部活の顧問にしか見えない。
「秋村が来てないです」
「それなら大丈夫だ、西門で見つけたから車に荷物乗せる手伝いしてもらってる」
……秋村がまた先生に捕まってる……。
「俺も手伝いますか?」
「赤瀬は現地に着いてからだ。取り敢えずお前達の荷物も乗せるぞ、着いてこい」
「「はい」」
今日行くのは天体観測兼キャンプだが、言ってしまえば先生の慰安旅行だ。
元々は神里先生の個人的な趣味だったが、この学校で天文部の顧問になってからは部活動の一環として本格的な天体観測等を行うようになったそうだ。
元々持っているキャンプ用具や天体観測に使う器具に加えて、部費で色々できるので……とちょっと悪い考えを抱きながらやってたらしい。
実際、元々は面白可笑しく適当な活動をしていただけの天文部は、咲智さんの存在と先生の趣味が合致した影響で活動がかなり本格化した。
そのお陰で卒業生以外にも殆どの部員が退部して、結果部の存続の為に俺たちが駆り出されている訳だが。
今日行くところでは、昼頃に月食の一種である火星食を観測しに行き、深夜には運が良ければ水瓶座流星群が見られるかも知れないとかなんとか。
現在の天気予報や実際の空模様を確認している感じでは、空はとても好条件なので良い環境での天文観測が出来そうだ。
……まあ今のところ、もう疲れてる秋村と顔の火照りが収まらない花ヶ崎とまだ寝ていたい咲智さんとで、部員の様子はお世辞にも良好とは言えないが。
神里先生の私用のミニバンに荷物を乗せ、自分たちも乗り込んで先生御用達のキャンプ場へ向かう。
「今日行くのって、どんな所ですか?」
「経営が上手くいってるのかすら怪しい程に人気のないキャンプ場だ。たまに近くの山から野生動物が降りてくる、自然豊かでいい場所だぞ」
今のところ印象悪いんですけど……?
経営怪しいとかそんな説明されると、余計なお世話なの分かってても心配になるよ。
「先生、今更なんですけど……」
「どうした、秋村」
「……今日って、テントで泊まり込みですよね?」
「そうだと事前に連絡した筈だ」
「……男の子一人なんですけど……大丈夫そうですか?」
言われてみればその通りだ。俺は自分がしなければ行けない懸念を完全に忘れていた。
「……そう言えばそうだな。赤瀬、お前予備の小さいテント使うか?」
「その方が良さそうですね」
流石先生、しっかりしてるじゃん。
忘れてはいたみたいだけど。
因みに一番面倒臭いのは赤瀬くんですね。
可愛い女の子と仲良くできるのは嬉しいけど、女の子の顔と体には興味ないっていう。もう少し性欲に従順なら共感しやすい男の子になるんだけどなぁ〜。
という愚痴を作者にさせるのが赤瀬くんなので。