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第29話 伊緒と理桜①

ちょっと前に10万文字到達してたらしいです。

第一章はそろそろシメですね。

「やー……明日からゴールデンウィークだねぇ、私は仕事だけど。ねー……皆は部活とかが、本格的に始まる頃かな?学校始まって早々に10連休かぁ、私は勉強漬けだったなぁ……。あ、浮かれずに節度を持って過ごしましょう。と言っても、無理だろうから問題だけは起こさないで下さいね。今日は以上、日直さん号令お願いします」


 中々悲壮感の漂う帰りのホームルームが終わり、担任の東出先生が教室を後にする。

 ガヤガヤと騒がしくなる教室内。俺は荷物を片付けながら帰宅準備を進めていると、少し後の席から大きめの話し声が聞こえてきた。


「おーい美香、お前来れるのか?」

「流石に行くよ、今日は部活ないし」


 二人の横をスルリと抜け、スタスタと廊下へ出て行ったのは四ノ宮。


「ってあれ、伊緒は──」

「もう行っちゃったよ、電車の時間ギリギリだから」

「あぁ、まあ……じゃねえ!なんで言ってくれないんだ!先に行くなって!」

「皆で遅れるのは不味いね」

「お前も早くしろって!」

「分かってるよ」


 どうやら星野達は何か用事があるらしい。

 忙しない様子で教室から出て行った二人を横目で見送り、俺も席を立とうとした。

 すると、隣の席に座る桐谷さんが俺の袖を引いた。


「ん?」

「理桜くん、この後時間ある?」

「っ……」


 ……昨日、あの後花ヶ崎にまで名前で呼ばれそうになったので、俺は桐谷さんに人前で名前呼びをしない様に真面目にお願いをした。

 彼女は「そっか、二人っきりの時がいっか」と何やら意味深な言葉を残して納得してくれた。


 ……筈なのに、他に人が居ても小さな声で、なんなら耳元で普通に言ってきた。


「……いや、仕事ある」

「あれ?お店閉まってるって言ってなかった?」

「そっちじゃなくて、別の奴ね」

「それ……闇、的な?」

「違っ、ただの撮え───あ」

「……撮影?」


 よりによって……言ってしまった。だって、なんか!闇バイト的な奴とか言うから!

 咄嗟に否定しようとして……。って、誰に言い訳してんだ俺は……。


「撮影って……」

「……」

「……ふーん……。そっか、頑張って来てね」


 ……あら?

 詮索はしてこない感じですか。

 案外、興味のない話だったのかも知れないと思い、俺はそれ以上の追撃がない内に教室を出た。


 そして昇降口についた頃、ポケットに入れていたスマホが何度か連続して震えた。


 嫌な予感がして恐る恐る確認すると───

『雑誌探してみよっかな』

『口止め料なら写真2枚で良いよ』

 ──と、俺が思っていたよりも良心的な物だった。

 なので、俺は『規約違反じゃなければね』とだけ返しておいた。


 幸い俺がやらされてるのはごく一般的なファッションモデルだ。

 流行のスタイルや流行りのコンセプトを元にした「衣装を目立たせる」為のモデルであり、俺自身が主張することは無い。

 なんなら、本当にバイト程度の物であり企業広告とかに出演する事はないからはっきり言って目立たない。


 雑誌見てたら偶然「お、いるやん」くらいの事はあるかも知れないけど、その程度。


 初めてやった時はガッツリ雪さんに寄りかかられたりしてたけど、幸い話題に上がったのは業界内だけでの事であり、世間的にはあまり気にされなかった。


 こっちの仕事は喫茶店が再開したら辞めるつもりで居るし、今のところ完全にフリーでモデルをやらされてる感じだからその内自然に業界内からフェードアウトすると思ってる。


 要するに写真をせがまれようと特に俺にダメージは無いと言うことだ。ちょっと恥ずかしい気もするけど、口止め料なら大分安い物だ。


 ちょっとホッとした様な気分で撮影の現場に向かった俺を待っていたのは、夕焼け空の下でのCM撮影だった。

 聞いていた話と違うので軽く抗議したところ、本来予定されていたタレントが遅刻してるとかって理由で羽柴さんが慌てて俺を入れたらしい。


 あの人なんで俺のマネジメントまでやってんのかな。まあ、雪さんの完全な専属と言うわけではなく事務所に従事してる人だから……。

 いや、俺だってどこの誰かも分からないタレントさんの尻拭いさせられてもさ……。


 ……なんて考えは、ちょっと上乗せされた報酬のせいで簡単に消え去った。


 もっとゴネさせろよ。

 しゃーないやるか、って気持ちにさせないでくれよ。


 撮影はやはりスムーズに進み、終わった頃に来た何処となく見覚えのあるタレントさんはめちゃくちゃ怒られていた。


「ご苦労様でした。今日は本当にご迷惑をおかけしました」

「あぁ、いえ。こちらこそ送って貰ってすみません」

「せめてこれくらいはしないと、後で雪に何を言われるか」

「いや、多分あの人何も言わないですよ」

「以前に『弟くんは私が迷惑かけるのはいいけど私以外がやるのはダメだからね!』と言っていましたから」

「…………あの人俺に迷惑かけてる自覚あんのかよ」


 分かった上でド深夜にご飯せがみに来てんのかよ。

 コンビニ行けよって何回言ったことか。


「……あ、ここまでで大丈夫です。……それじゃ、お疲れさまでした」


 車を降りて、運転席の窓をのぞき込む。


「お疲れさまでした。その……また、何かあったらお願いするかも知れません」

「あはは……。まあ、羽柴さんに呼ばれたらどこでも行きますよ」


 俺は何気なく言っただけなのに、羽柴さんはポカンと口を開け……すぐに目を逸らしてしまった。


「そ、それでは!失礼します!」

「あ、はい」


 離れていく車を見送ってから、踵を返して帰路を進む。ゴールデンウィーク中にやらなきゃ行けない学校の課題がかなりあるから、今日のうちに出来るだけ終わらせて楽したいんだけど……。


 少し重い足取りで自宅マンションに着く。

 普段なら全く人が居ないエントランスロビーだが、そこに置いてあるベンチに知った顔を見つけてしまった。亜麻色のポニーテールと、メガネをかけた少女は背もたれに寄り掛かってスマホに視線を落としている。


 俺は気にしない様にその横を素通りして、階段を上がり二階に向かう。


 自分の部屋の鍵を開けて、中に入ると……後ろからさっき下で見た少女もさりげなく入って来た。


「……いつもより、遅い」


 そういって俺の前に立ちはだかった四ノ宮は、白いカーディガンやデニム生地のタイトスカート、まるでデート帰りかと思う様な洒落た格好をしていた。


「いや……。来るなら事前に連絡してくれよ。ていうか、なんか用事あったんじゃ……」

「……切り上げて来た」


 一体何があったんだろう。外食か何かしてたんだとは思うけど。


「……えと、夕飯は?」

「ん」


 やはりと言うべきか、夕飯は食べてきた様だ。


「……そっちは、何してたの?」

「俺は……知り合いの手伝い、かな。ちょっとトラブルあって、手伝ってくれって頼まれた感じ」


 ……うん、嘘は言ってない。羽柴さんとはちゃんと知り合いだから。

 …………うーん……。


「四ノ宮…………なんか、機嫌悪い?」

「………」


 さてどうした物だろう。


 取り敢えず寝室に入って窓を開けると、突然白い猫が近くのベランダから部屋に飛んで入って来た。


「うわっ……またか。お前だめだろ、こっち来ちゃ」

「……誰と話して……」


 俺が窓から侵入してきた猫に声をかけていると、後ろのドアが開いた。


「……猫?」

「上の階に住んでる女子大生の飼い猫。なんか、ゲージも窓の鍵も勝手に開けちゃうんだとさ。ちゃんと帰って来るのは良いけど、ゲージ変えても何しても逃げ出すって苦笑いしてたよ」

「……女子、大生」

「そこはどうでも良いだろ……」


 俺が窓開けるといっつも入って来るんだよなコイツ。

 その挙げ句、人の部屋のクッションとか布団の上で爆睡しやがって。


 妙に気に入られてしまった様で、ほぼ毎日侵入されている。


 ため息混じりに服の裾に手をかけて、不意に俺は今の状況を改めて確認した。


「あの……見られてると着替えづらいんだけど」


 気にしないで、と視線だけで示して来た四ノ宮は、ベッドの上で寝転がる白猫の方に向かった。


 見られていない隙に部屋着に着替え、寝室を出てからキッチンに立つ。


 侵入して来た白猫を抱き抱えてダイニングに来た四ノ宮は偶にチラッとこっちを見ながら、猫と戯れている。


「……」


 美少女というのは不思議な物で、見ているだけで何となく安らぐし、何も言わずにただ猫を膝に乗せて撫でているだけでもとても画になる。

 ……これが花ヶ崎でも桐谷さんでも、多分同じ感想になるけど。


 ふと、彼女はスマホを取り出してポチポチと誰かに連絡を取り始めた。


 そんな様子を眺めながら食べるご飯の味はいつもとなにも変わらない。

 なんなら、疲れて味がしない気がする。


「……お風呂、借りる」


 不意に立ち上がり、四ノ宮は何故か俺の寝室に向かった。

 確かに、彼女は私物を持ってくると俺の部屋に置いていくけど、服は別に片付けたはずだ。

 ……っていうか……。


「えっ……今日、泊まるつもり?」


 四ノ宮は返事をせずにスマホを手渡して来た。

 やり取りの相手は────お母さん!?

『いおちゃんまた遅くに出てったの?』

『仕方ないわね〜ゆうきくんでしょ、お父さんには言っておくからお泊りしてもいいのよ』

『あ』

『でも』

『初夜はいおちゃんにはまだ早いからね!!!』

 そんな内容に、思わず頬を引きつらせる。若干鳥肌が……。


「相手、これ本当にお母さん?」


 相変わらずの無表情でこくっと頷いた。

 ……娘とのギャップがデカすぎて衝撃だ。

 完全に既読スルーしてる伊緒にもびっくりだし、それを気にしてない母親にもびっくりだ。


 盛大に勘違いされている状況に何も言わない娘と、娘の初夜の話をしている母親。

 見てるこっちの頭が痛くなる。


「てか、親に話してないんだな、俺の事」

「……ん」


 ……これは、あれか。前に星野が言ってた「許婚」がどうとかって話につながるのか。

 今どき聞く機会なんて滅多に無い単語だが、星野の方が四ノ宮にゾッコンである事を考えると恋愛的にも別に問題は無いように見えてしまう。


 四ノ宮に欠片もその気が無いのが、若干問題か。


「……お母さんは……。悠岐が、いいって」


 少し寂しそうにそう呟いた四ノ宮に「ごめん、正直……俺よりは確実に良いと思うよ」とは流石に言えないか。

ここまで来たって感じがする……。

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― 新着の感想 ―
短編のとこまできたか…。 色々なキャラや幼馴染達も深掘りされてパワーアップしすぎ めっちゃおもろい。
両家家族全員このタイプなんだろうなぁ。花ヶ崎が嫌われてるのも概ねそこからだろうし
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