第22話 後押し
因みに作者は今日が誕生日です。おめでとう私、何と言うか……何事にも言い訳ができない年齢になってきました。
四ノ宮の告白ともとれる行動を受けてから数日の間、俺は学校でなにか行動を起こすことはしなかった。
一方で四ノ宮は花ヶ崎と一緒に桐谷さんや秋村さんの席に集まる事で、ついでに俺の近くに寄りかかって来ることもしばしば。どこか不安そうな表情で俺を見る時間が増えていた。
桐谷を中心としたクラスの一軍女子がいつも俺の近くに集まっている毎日が続いている訳だが、そのお陰でクラスの男子から嫉妬の視線を向けられるのが日常になって来た。
何が悪いって、5人揃って普通に俺に話を振ってくるもんだから、俺も対応しない訳には行かないのが……。
それはともかく、あの日から四ノ宮と星野の仲が大きく変わる事は無かった。
勿論、俺と四ノ宮の関係にも大きな変化はない。
その一方で、花ヶ崎に向けられている感情は日が経つに連れて変化していくのを感じていた。
「……帰国パーティー?」
「そう、悠岐のお父さんのね」
こっちはバイト初日でちょっと気合い入っていたのに、ここ数日毎日顔を合わせてる花ヶ崎が来てるせいで若干気が抜けてしまっていた。
「……まさか、花ヶ崎」
「誘われなかった訳じゃないからね?そこは誤解しないでよ!」
「良かった……そこまで星野に見切り付けられてる訳じゃないのか」
わざわざ俺に淹れさせたカプチーノを少し口含み、ゆっくりと味わってから飲み込む彼女を伊達メガネのレンズ越しに見つめる。
花ヶ崎の対面席に座る俺は、才羽さんに着せられた喫茶店の制服を着ている。
ついでに、仕事中は姉さんがくれた眼鏡で変装をしているが、まあ有って無いような物だ。
客足が落ち着いたばかりで、俺は休憩時間なのに花ヶ崎の相手をしていた。
「うちの両親とかはちゃんと参加してるから」
「……で、なんで君は行かなかったんだよ?」
「赤瀬と居たかったから」
花ヶ崎の表情を見るに、どうも冗談で言ってる訳では無さそうだ。
「アタシ何でか分かんないんだけど、悠岐のお兄さんといっちゃんの姉妹に嫌われてるんだよね」
「……それで行きたくないって?」
「ついでに悠岐はいっちゃんに付きっきりだからね〜行ってもつまんないよ」
「……ま、それよりは俺と居たほうがマシか」
話に納得してそう呟くと、花ヶ崎はムッと表情を変えた。
「そうじゃないよ、“行かない方がマシ”ではあるけど、赤瀬と一緒に居たいって思ったから今日は会いに来てるの」
「なんか恥ずかしいから正面切ってそういう事言うなよ……」
あとカウンターからこっち見てニヤニヤしてる筋肉ダルマが気になるから、そう言う事はあまり言わないで欲しい。
「なに、赤瀬はアタシが遊びに来るのは嫌なの?」
眉をひそめ、ケーキを食べるのに使っていたフォークをこちらに向けてきた。
「そうじゃない。ただ君が純粋に俺のことを気に入り始めてるのが違和感なんだよ」
「なんでよ?」
「なんでって……星野のことが好きって考えたら、俺じゃあまりにもタイプが違うだろ、外見は勿論、雰囲気とか性格とか」
正反対とまで言うつもりはないが、お世辞にも似ているとは言えないような気がする。
「深く考えすぎでしょ、赤瀬女誑しの気質さえどうにかすれば大抵の女の子に好かれるでしょ」
「いや……」
だから女誑しじゃないって。どこの世界に人間関係を浅くしてる女誑しが居るって言うんだ。
そもそも俺は別にモテたいと思ったことは無い。
好かれて悪いとは思わないし嫌われて嬉しいとも思わないが、基本的に好かれてようが嫌われてようが気にはしない。
俺が気にするのはせいぜい、変に目をつけられて面倒が起きないかと言うことくらいな物だ。
まさにその面倒事があるからこそ、四ノ宮の事で悩んでいるわけだし、四ノ宮本人との熱量に差を感じて彼女との関係にも困り果てている訳だが。
「……花ヶ崎はさ」
「なに〜?」
こんな時に話す事では無いのかも知れないが、躊躇いを振り払って花ヶ崎に問いかけた。
「君が星野に対して抱いてる感情と、星野が君に対して持ってる気持ちとの熱量の差を感じることってよくあっただろ?」
本人に自覚があるかどうかはともかく、星野から四ノ宮に対しての気持ちにも同じ物がある筈だ。
「今もあるよ」
「いやまあ、うん。それってさ……」
「虚しいし辛いけど、でも割とよくある事でしょ?」
俺が何を聞きたいのかは分かっていたようだ。
「そこは割り切って、じゃあどうすれば良いのかって、考えてる。ずっとそうやって来て、全部空回りしてるからそろそろ心折れそうなんだけど」
「……」
「そんな傷心中に赤瀬をひとつまみ入れると……」
情緒不安定な女の子の出来上がり、と。ごめんよ星野、君の幼馴染みを二人とも泣かせてしまった。悪い男に捕まった可哀想な二人だ。
誰か俺を三角関係に巻き込まれた可哀想な男子だと言ってくれ。
「何となく最近、女の子の恋心を受け入れられる程の甲斐性が自分には無いんだと思う様になってきた……」
「えっ、何?女の子に告白されたの?」
「大体そんな感じ」
自分的にあまり気乗りしない話題なのだが、流石に花ヶ崎は興味ありげだ。
「さっきの甲斐性がどうとかって、もしかしてそれ?」
「……まあ」
「ちょっと意外、赤瀬ってそう言う話でちゃんと悩むんだ」
自分でも意外だったから、彼女の言葉を否定する気は起きなかった。
「断ったの?」
「多分保留にした」
「最低じゃん、一番ダメな奴だよそれ」
「そうだろうなって思いながら、保留にしてる」
ついでに言うと一旦は受け入れようとしていたから、付けた傷は普通よりも大きい気がする。
「んー……でもさ、赤瀬の事を悩ませた時点で、その子の勝ちだよね」
花ヶ崎の呟きに、思わずオウム返しで聞き返した。
「……勝ちって?」
「私が何しても悠岐は意識しなかったじゃん」
「あんま頷きたくはないけど、まあうん」
「それに対して、多少なりとも赤瀬はその女の子の事意識してる訳じゃん?」
「……そうだな」
花ヶ崎はそこで突然、話を止める。何か考え込むようにカプチーノに口をつけ、ぼんやりと窓の外へと視線を移した。
所詮は人の心だ。一度に複数人の異性を意識する事だって、別に不自然な事ではない。
いつかに花ヶ崎が言っていたように、自ら望んでとか、どうしてもそうなりたくてとか、そんな理由で好きになった訳じゃないのだから。
気持ちなんて自分で左右できる物じゃない。だから誰だって思い悩む事はある。
俺は自分自身を、花ヶ崎や四ノ宮の様な女の子に好かれる様な人間だとは思っていなかったが、現実はそうでもない。
花ヶ崎にとっての俺が、今までと比べて随分と大きくなっているのは紛れもない事実だ。
四ノ宮の気持ちだって直接触れて改めて強く感じた。手紙越しでは到底分かり合えない程に大きな感情だ。
空になったコーヒカップは底に付いた砂糖の溶け残りを微かに光らせている。
若干の気まずさを感じる静寂を花ヶ崎が静かに溶かした。
「……その、アタシが言うのも変だけどさ」
「ん……?」
「付き合ってあげなよ」
「お前……」
思わず少し荒い口調になってしまい、俺は小さく謝罪した。
「ごめん。……一応聞くけど、花ヶ崎はそれで良いのか?」
「あんまり良くない、けどそれとこれとはまた別じゃん」
「……はぁ〜……」
思わず大きくため息を吐いて、俺は対面の席から立ち上がった。
「……な、なにそのため息……?」
「別に」
多分、こういう奴を“お人好し”と言うんだろう。
「四ノ宮には悪いけど、手紙をくれたのが君だったら良かったなって、そう思っただけ」
「…………へっ……しの、みや……って…………!!?」
素っ頓狂な声を上げた彼女に小さく笑いかけると、丁度後ろで来客のベルが鳴った。
「いらっしゃいませー」
「ちょっ、待って赤瀬!!」
「あー、お客様お静かにお願いします」
「うっさい!いいから戻ってきなさい!赤瀬!!!」
何も知らずとも、親友の恋を後押しする花ヶ崎さんでした。




