第21話 恋情とは
誤字報告感謝。
「……失礼します」
幸いと言うべきかよりによってと言うべきか、養護教諭の先生が不在だったので、俺は無断で四ノ宮をベッドに座らせた。
腕に抱き着いてからは中々、話が出来そうな雰囲気ではなかったので、隣に座って少し様子を見る…………つもりだった。
「……え?」
気付いたら俺はベッドに横たわり、四ノ宮に覆いかぶさられていた。
俺の頬に降りてきたのは彼女の涙ではなく、肩口から流れる髪の束だけ。
何が何だか分からずに混乱する俺に覆いかぶさったまま、四ノ宮は一言、小さな声でポツリと呟いた。
「……つかまえた」
「は……?」
さっきまで泣いていた四ノ宮の表情はすっかりと落ち着いており、俺に向けられた山吹色の瞳には何か強い意志を感じる。
取り敢えず俺は四ノ宮に捕まったらしい。別に逃げたり避けたりしてるつもりは無かったのに……。
「…………ごめん」
四ノ宮は何を考えているか分からない無表情で、さっきと同じ様に謝罪を口にした。
「?」
「……他に、思い付かなかった」
二人きりで話すタイミングが無いのなら、無理矢理にでも作れば良い。それはその通りだが、かなり強引な行動に出た自覚はあるようだ。
「……さっき謝ってたの、違う話だよな?」
それはただの勘でしか無かったが、四ノ宮は少し驚いた様に眉を上げた。
「……悠岐に、手紙……」
「あ、やっぱ見つかったのか……。あいつの事だし、中を見ないで破るか捨てるかしたんだろ?何となく分かるよ」
何故なら、星野は俺と話をしていた時に一切手紙の話題を出して来なかったから。
手紙の事を知っていて、中もちゃんと見ていたならば、俺はもう少し口汚く罵られていたことだろう。
……その手紙を見て、四ノ宮が過剰反応をしていたら、また別の結果になっただろうけど。
覆いかぶさっていた四ノ宮が俺の膝の上に座ってしまったので、俺も取り敢えず体を起こした。
「……」
「えっ……と」
四ノ宮が密着しているせいで完全には起き上がれない。左手で体を支え、行きを場を失った右手をしばらく彷徨わせ……躊躇いながら、ゆっくりと四ノ宮の髪に指を通した。
気にするな、と言うのは彼女の気質的に難しいだろう。
それに何より、俺に対して四ノ宮が抱いている感情は、俺が想像しているよりも確実に大きい。
それが理解出来るまでは、あまり声を大にして口を挟むことは出来そうにない。
彼女の気持ちを受け入れるつもりで手紙を返したのに、いざこうして対面すると言葉に詰まる。
四ノ宮が「つかまえた」と口にする程度には、俺は彼女を避けているように見えていた訳で……。
俺は無意識に、四ノ宮を避けていたのかも知れない。今こうして、互いの気持ちに大きな熱量の差を感じているくらいだから。
「……私」
「ん?」
「……君の迷惑じゃ、ない?」
四ノ宮がどの程度追い詰められて今に至るのか、それはあまり分からない。
ただ、程度はともかく彼女を追い詰めているのは間違いなく俺だ。
そもそもここまでアグレッシブな行動を起こす性格じゃないんだから。
恋心というのは病的な物で、本人に自覚がなくても大なり小なり依存心というものが芽生える。
星野悠岐という少年にとって、四ノ宮伊緒というどこか特別な少女の側に居られる事は自分を誇れる理由の一つになっていた。
それと同じ様に、四ノ宮伊緒という少女にとって赤瀬理桜は彼女にない“何か”を埋めるために居なくてはならない存在だと認識されている。
俺は四ノ宮にどう思われていようと、一旦は受け入れるつもりだった。その後で、俺がこの子に抱く思いがどう変化していくのかはその時にならないと分からないが、それが人間と言うものだ。
「……赤瀬、くん……?」
……誰かに言ったことは無いが、俺は一度だけ人を好きになった事がある。
四ノ宮の様に告白をした訳でもなく、星野の様にいつまでも一途に思っている訳でもなく、花ヶ崎の様に気を引こうとした訳でもない。
それは間違いなく好意であり恋心だったが、その気持ちを成就させようと行動はしなかった。
理由は単純で、俺の気持ちはどこぞの幼馴染み三人組ほど病的な物ではなく、それでいて当時の関係に満足していたから。
根本的に他人との関わりを薄くしている俺にとって、恋というのはあまり深い関係値じゃないんだと思う。
「……四ノ宮、一旦教室に戻ろう」
「え……?」
「星野たちに怪しまれる前に戻った方が良い。俺の連絡先は花ヶ崎から貰ってくれれば良いから、土日のどっちかで会えたらその時にちゃんと話そう」
「…………わかっ、た」
ゆっくりと俺の膝の上から降りて、四ノ宮はドアの方に進んだ。
一度振り向いて俺を見る彼女から思わず目を逸らした。
保健室から出て行った四ノ宮の後ろ姿は酷く寂しい物で、強い罪悪感が芽生えるのを感じた。
言葉を察するのは意外に出来るものだけど、いざ直接言葉を投げ掛けられるとその真意を察するのはとても難しい。
普段、自分の気持ちを言葉に出来ない四ノ宮が相手なら尚更で、言いたいことはわかっても、そう言おうと思った彼女の心は全く分からない。
人間同士なんだからそれが普通、当たり前だって事は重々承知している。
「……あー……女心って分かんねぇ」
ボヤキを零して少し固いベッドに倒れ込む。
人に好かれる事自体は、悪い気はしない。
だから自分と彼女の気持ちが同じじゃなくても、受け入れる事は別におかしいとは思わない。
ただ、実際に目の前で強引な行動を起こしたり、感情を露わにした姿を見せられると、考えてしまう事は大いにある。
俺は四ノ宮がこうまで必死に行動をしなければ行けないほどに好意を持たれる事になった理由に、何の覚えもない。
四ノ宮が悩んでいた事に関して、俺は少しだけ手助けをした。
それは“少し気になるクラスメイト”を相手にしていたら割と当たり前だと思う。
けどその悩みは本人の努力や花ヶ崎と星野のフォローもあって、今ではある程度改善しつつあるように見える。
「他になんかやったっけ……」
いや、学校の外で四ノ宮と関わった記憶は欠片も存在しない。
寧ろ中学の時なら嫌われる理由の方が思い付く。
星野たちが近くに居たという理由だけで、話しかけようとして来た四ノ宮を無視して素通りしたことは一回や二回では済まない。昨日みたいに男子に囲まれてたりしても不干渉を貫いていた。
花ヶ崎みたいに、好きな人に相手にされなくて傷心中に意識する様になった……とかなら理解出来るけど、ここまで強い気持ちを抱く事になる理由としては浅い。
考え込んでいると、不意に保健室のドアが開いた。
「あ、先生……じゃないし。てか理桜?何してんのアンタ……」
「あれ、姉さん。どうかした?」
「私はただの仕事。アンタは何?どっか具合悪いの?」
「んー……恋の病とか?」
「あっそ。先生は?」
「……まだ来てないよ」
「なら理桜、アンタ手伝いなさい」
……何を?
姉さんは幾つかの書類を保健室に置いてから、俺を連れて職員室に入った。
俺がまだ把握しきれてない先生の机に到着すると、姉さんは問答無用で他人のパソコンを起動して操作を始めた。
どうやら生徒会の顧問をしている先生の机らしい。
その片手間で机の傍らに置いてあった書類を俺に手渡してきた。
「……なにこれ?」
「雪が生徒会長やってた頃の面倒事」
内容は多岐にわたるが、書類の内容は大抵が校内の問題や課外活動の改善点など。
「……これ生徒会管轄の仕事なの?」
「7割くらいは管轄外。提案は出来ても生徒会だけじゃ解決しない。だから雪が残した面倒事だって言ったじゃん」
「その雪って、俺らのいとこ?」
「そ、私らのいとこ。他に誰が居るのよ」
「姉さん、なんで本人の居ない所でまであの人に振り回されてんの?」
俺の質問には答えず、姉さんは大きくため息を吐いた。
「私がやりたくてやってる訳無いでしょ、こんな事」
「……だよね、なんで生徒会入ったの?」
「去年の冬くらいに生徒会の顧問が、クラスメイトの前で頭下げてまでお願いして来たから断れなかった」
何となくその状況をイメージして、軽く寒気を覚えた。
「……怖、なにそれ」
「ここしばらくは生徒会が崩壊してるような感じだったから、立て直せそうな人が欲しかったんだってさ」
真面目に仕事してる人が居なかったか、単に仕事の引き継ぎが上手くいってなかっただけか……。
「……で、立て直したの?」
「一応は、私居なくても回るくらいには戻ったけど……」
当然の様にそう返ってきた。
「何やったのそれ」
「何って、別に?バカでも出来る様にマニュアル書き換えただけ」
「マニュアルって?」
「引き継ぎの為に仕事のマニュアルが残ってんの。それが堅苦しいばっかで大した事書いてなかったから、ちゃんと仕事しやすいように書き換えたってだけ。生徒会なんて顧問が真面目なら役員は肩書き無視して庶務と雑務やってりゃ良いんだから」
考え方が効率重視過ぎるだろ。
姉さんらしいと言えばらしいが。
「てかさ、姉さん別に生徒会長じゃないよね」
「私は今年から副会長。会長はアンタも知ってる人よ」
「……俺この辺に年上の知り合い居ないよ?」
「中学でアンタと仲良かったって言ってたけど」
中学で世話になった先輩と言われると思い付くは一人しか居ない。
ただ、あの人は生徒会の、それも会長をやれる様な性格ではない。
高校には推薦で入ったらしいが、何処に行ったとかの話はしなかった。ただやっぱり、他に仲が良かった先輩は居ない。
「……もしかして、獅子葉彩葉先輩?」
「そう、その人。中学でどういう関係だったの?」
「……パソコン部の先輩で……」
「で?」
さっき考えていた、初恋の人。
「…………サボり仲間」
「能力はあるのにサボり魔なのって昔からなのね」
「なんで生徒会に……」
「色んな部活とか委員会に誘われたけど一番サボれそうなのが生徒会だったって。その頃から適当な人の集まりだったから。会長になったのは流れだって」
「……」
らしいと言えば凄くらしい。
容易に想像がつく。姉さんみたいに割と何でも出来るタイプだが、いかんせん無気力な人だから。
「あ、理桜、これとこのファイル整理して生徒会の端末に転送して。こっちの書類見ながら出来るから」
「……これ先生がやる事なんじゃ……」
「だから、さっき言ったでしょ。顧問が真面目なら役員は雑務だけで良いって」
「それ皮肉だったのかよ……」
「アンタこういうの得意でしょ」
「はぁ〜……」
座り心地は良いが腰を悪くしそうな椅子に座り、軽くパソコンを操作してファイル内のデータと書類を見比べる。
「……バックアップ取ってあんのかなこれ」
「前やった時は無かったから多分無いわよ」
別の先生と少し話をして、違う書類を持ってきた姉さんがすぐ隣に椅子を移動させて座った。
俺の朝はまだ忙しない様だ。
余韻に浸ることすら許されない赤瀬くんでした。




