第2話 綴られたもの
卒業式から帰って来て、着替えた後はすぐに母さんと二人で外食に行った。
普段、母さんは映像関係の仕事をしており、あまり休みが取れない。
随分前から卒業式から高校の合格発表あたりにかけては休みを取っていた様だ。
父さんは通訳の仕事をしており、単身で海外。
今日この数日だけ帰って来るというのも難しくて、次会うにしてもゴールデンウィークくらいになるだろうと話していた。
それと二歳上の姉が居るが、今日は普通に登校日らしい。
そんな訳で、母さんと二人でご飯を食べたり、高校への登校用に新しく靴を買ったり、成長期に合わせてワンサイズ大きい服を見て回ったりとか、ついでに買い出しをしたりと、街を練り歩いた。
そうして再度自宅に帰って来たのは夕方頃。
夕飯の用意を手伝っている内に、姉さんも帰宅した。
「おかえり。詩織、夕飯は……」
「いらない」
母さんの言葉に、仏頂面でぶっきらぼうにそう答えたのは、我が姉である赤瀬詩織。
肩の上で短く整えられた髪には金のメッシュが入っており、耳にはちょっとしたピアスを着けている。
家の中では反抗期真っ盛りの様子だ。
口を利かないとか逆らうという事こそしないものの、過干渉を嫌い、家族で集まる時間を無碍にすることが多くなった。
母さんはそれを嘆くどころか、「青春してるわね」とどこか楽しそうに受け入れており、ポジティブな思考が伺える。
結局、夕飯の時間も母さんと二人で過ごすことになった。
母さんは姉さんが外で食べるだろう事を見越して、寄ったスーパーで二人分のお寿司を買っていた。
「あ、ねえ理桜」
俺がこっそり醤油のパックを開けるのに苦戦していると、味噌汁を持って来てくれた母さんが不意に俺の顔を見た。
「なに?」
「結局あのお手紙、なんだったの?」
お手紙と言われても一瞬、何のことか分からなかった。それくらい、完全に頭の中から抜けていた。
「あ。忘れてた、まだ読んでない」
「え〜気にならないの? ラブレターかも知れないのよ?」
「いや、そう言われても…。卒業式に渡されても、返事しようがなくない?」
「あら、連絡先が書いてあってもおかしく無いでしょう?」
「…そもそもなんで手紙にするかな」
少しだけテーブルに飛び散った醤油を拭きながら呟く。
独り言のつもりだったが、母さんは少し考える様に「ん〜……」と唸ってから、近くの棚に置いてあった夫婦の写真に目を向けた。
「お母さんは書いたこと無いから分からないけどね、言葉にするのが苦手だったり時間をかけてゆっくり考えながら書いたりできるでしょ。正直な気持ちって、案外口にするのって難しいものね。しっかりと考えて書き出した言葉なら、誤解を生むこともないわよね」
ううん……。
言いたいことは分からなくもない。しっかりと考えて来た言葉もいざ本番となると、中々言い出せなかったり大事な場面で頭から飛んでしまったりする。
そういう点では、確かに良いんだろうとは思う。
思う、けどなぁ……。
「今の時代なら、それこそSNS……チャットアプリなんかでも手軽に伝えられるでしょうけど、実際にペンを持って書いた文字には気持ちがこもってる様な気もするわよね〜」
「…そもそも俺スマホ持ってないけどね」
「そうねぇ、春休み中には行かないとね、携帯ショップも。電車通学だから連絡手段あった方が良いわよね。それに、ラブレターのお返事しないとだもんね〜!」
どこか浮かれた様子の母さんを見て、俺は小さく息を吐いた。
「……電車通学は嫌なんだけど。喫茶店の手伝いも頼まれてるし」
「あ、そうだったわね。じゃあ一人暮らしの準備もしないと……。って、彼女さん連れ込んだりするのは良いけど学生の本分を忘れちゃ駄目だからね!」
連れ込むのは良いのか。
別にラブレターって決まった訳じゃないだろうに。
あの封筒の端に書かれた「赤瀬理久君へ」という、まるで即興で慌てて書いたかのような綴り方に何となく違和感を覚えたりする要素があった。
それに何より女子との関わりとかほとんど無かったから、全く心当たり無いんだよな。
唯一、強いて名前を挙げるならそれこそ、さっきの卒業式の帰り際に見かけた四ノ宮伊緒くらいだ。
彼女は去り際にも見た通り、実質的に彼氏がいる様な感じなので論外だろう。
四ノ宮の手を引いていた星野には、もう一人の可愛らしい幼馴染みである花ヶ崎が居るのだが、星野と多少なりとも関わりのある生徒は大抵、星野と四ノ宮が付き合っている物だと思い込んでいる。
実際のところどうなのか、なんてのは少なくとも俺は聞いたことがないから確証はないけれど、星野の雰囲気からしてそうなんだろうと思う。
一応、もう一人の幼馴染み枠に居る花ヶ崎美香とも交友があったものの、仲良くしていたつもりはない。
お寿司を食べ終えて部屋に戻り、一度机の上に置いた手紙を手に取った。
小さなシールに指が触れたところで、ピタリと手を止める。
風呂上がりで良いか。
って考えてる矢先、風呂に入ったら忘れるんだろうな。
と思いながらお風呂に入っていたので、幸いそれの存在を忘れる事は無かった。
ていうか…………。
「母さんにラブレターラブレター言われまくったせいで、なんか読むの恥ずかしくなって来た……」
ここまで来ると、もはやラブレターじゃない事を祈るくらいだ。
ベッドに座り、封を開けて恐る恐る中から紙を取り出す。入っていたのは封筒以上にシンプルな三枚の便箋だった。
「あれ? 差出人書いてない? 文章の中にあんのかな」
冒頭と最後を確認して、念の為、紙の裏も見てみるが、やはり差出人の名前をパッと見で見つける事はできなかった。
俺は冒頭から、とても丁寧に書かれた文字の文章を小さく声を出してそれを読んで行くことにした。
「えっと………。『君がこのお手紙を読んでいるのは、きっと卒業式が終わってからだと思います。
突然の事で驚かせてしまったかも知れないけど、自分の口ではちゃんと気持ちを伝える事が出来ないと思ったから、こうしてお手紙にしました。
二年生の時にクラスメイトとして、君にとてもお世話になった四ノ宮伊緒です』……って」
よりによってお前かよ。
論外だろうとか思っててごめん。本当に絶対に無いと思ってた。
けど、なるほど少し納得出来た。
これ感謝の手紙か。
確かに、二年生の時には色々と彼女に世話を焼いた。特に文化祭のときには一緒に黒板アートを描いた仲だ。
「んと、『二年生に進級したばかりの頃は、隣の席に居た物静かな赤瀬君の事が少しだけ怖かったけど、お話してみたら全然そんなことなくて、寧ろ喋るのがすごく下手な私に気を使ってくれてとても優しい人だと知りました』……」
いや、『喋るのがすごく下手な──』って。
いやいや四ノ宮、お前は「喋るのが下手」なんて次元じゃなかったよ。
れっきとしたコミュニケーション障害だ。
二年生の時の四ノ宮は幼馴染み二人のどちらとも同じクラスにならなかった。
いつもならどちらかは常に一緒に居てくれたらしくて、実際その頃でも授業や何かの行事で手が空いてないとかでない限りは、必ず四ノ宮の隣には星野か花ヶ崎のどちらか、もしくは両方が居た。
「『赤瀬君とは一年間、それも授業や学校行事以外ではほとんど関わる事はできなかったけれど、君に会う事が出来てとても良かったです』」
そんな文章を読み終えて、俺はとてもほっこりした気持ちになった。
確かに二年生の時は、他の二年間よりも楽しかった様に思う。
四ノ宮は、本当に口下手というレベルを通り越していたけれど。
なんせ、話が飛び飛びになったり、そもそも言葉が出てこない事が殆どだったり。
それに加えてとても可愛らしく美しい容姿をしているのに、無愛想に見える無表情のせいで同性からの反感を買う事もあった。
その度に、俺が少しだけ前に出て誤解を解くことになってしまって、四ノ宮の幼馴染み二人の苦労を思い知ったのだ。三年になってからは一言も言葉を交わす事はなくなってしまったから、今思うと懐かしい。
なんで彼女に世話を焼いたのかは、自分でもあまり分からない。多分、虚ろな表情のどこかに困り果てている彼女の気持ちを感じとったんだと思う。
あれ、てかこの手紙……。
そう言えば二枚あったよな、と思い出して、俺はもう一枚の方に視線を落とした。
論外と思っていた相手から手紙が……。途切れ途切れになってるので一番下に全文(1枚目)を載せておきます。邪魔だったら消します。
『君がこのお手紙を読んでいるのは、きっと卒業式が終わってからだと思います。
突然の事で驚かせてしまったかも知れないけど、自分の口ではちゃんと気持ちを伝える事が出来ないと思ったからこうしてお手紙にしました。
二年生の時にクラスメイトとして、君にとてもお世話になった四ノ宮伊緒です。
二年生に進級したばかりの頃は、隣の席に居た物静かな赤瀬君の事が少しだけ怖かったけど、お話してみたら全然そんなことなくて、寧ろ喋るのがすごく下手な私に気を使ってくれてとても優しい人だと知りました
赤瀬君とは一年間、それも授業や学校行事以外ではほとんど関わる事はできなかったけれど、君に会う事が出来てとても良かったです』
うーむ……一枚目は無難…。
手紙って、調べた感じだと便箋1枚におおよそ三百文字程度書いて、便箋は2〜3枚程度がベストらしいです。
上の文章は句読点含めてジャスト三百文字です、四ノ宮の真面目さが分かりますね。
あとがきが長くなりました……二、三枚目は次回。
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