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第18話 心模様

 少し雨が降り始めた午前中、憂鬱な空模様は自分の心を描き写している様で気が滅入る。


 妙に難しい問題が多い課題テストは伊緒にとって苦になる程ではないものの、ある程度の難易度があるお陰で嫌なことを考える暇がなく少し気楽な時間であった。


 その一方、授業間にある休み時間には見たくない光景を延々と見せられる。


 そしてそれはとある校内放送が原因となって、授業時間の途中であるにも関わらず一時間以上も続くことになった。


 美香と話していた姿は朝にも見たからまだ良いとしても、隣の席の女子生徒やその周りに集まる数人ともごく自然に話をしている姿を見ると、一つの疑問が浮かんで来る。


 彼は相手が女の子なら割と誰に対しても柔らかい雰囲気で接するのではないか……と。


 思えば伊緒の記憶の中にいる理桜は、自分以外の生徒と話をしている姿が無い。一切、と修飾してもいいほどに。


 男も女も無く、彼は周囲にとても淡泊だ。

 ほとんどの相手に対して関心がなく、大抵は事務的な話に事務的な反応をするだけ。


 そういう物である、と完全に思い込んでいた。


 そんな彼がある程度親しく接してくれる自分という存在は、彼にとって少しだけでも特別であると、そう勝手に思い込んでいたのだろう。


 そしてそれが、勝手な思い込みであるという事実に気付いて、勝手に傷ついている。


 伊緒は、もし自分を好きだと言ってくれる人がこんな面倒な精神状態をしているのだとしたら、付き合いたいとは思わない。


 そうして伊緒は自己嫌悪で気分が落ち込み切ったままに昼休みの時間になる。大人しく自習をしていたからか、幸い授業時間の最中に他の生徒が群がってくることは無かった。


 自習していた文具類を片付けていると、いつもならば昼休みとなった時点で悠岐が席に向かって来るのだが……来ない。

 彼の席に目を送ると、悠岐は寧ろ積極的な女子生徒たちや、それにあやかろうとする男子たちに囲まれていた。


 中には朝に話しかけて来た数人も居る。

 彼らが何をしたいのやら、伊緒には分かりそうもない。

 そしていつの間にやら悠岐の周囲には十数人の人集りが出来上がった。


 そんな光景を見てから、ふと伊緒は考えた。


「……赤瀬くん」


 誰に聞こえる訳でもない微かな声でぽつりと呟き、伊緒は理桜に話しかける事が出来そうだと思い教室内に居る筈の彼を探した。


「あれ、赤瀬何処行くの?お弁当持ってるけど」

「中庭開いてるらしいから行ってみようかなって」

「いや、結構雨降ってるよ?」

「だから人は居ないと思ってさ。屋根はあったし、雨降ってるけどあんまり風は無さそうだから」

「ふーん。アタシも行こっかな」

「それは好きにしなよ」


 一足先に教室を出た理桜、それをすぐに追いかけて行った美香。

 そしてそれをただ呆然と見つめるだけの伊緒。


「……」


 昔からとてもよく向けられる側だった覚えのある薄暗い感情が胸の中に芽生えた気がして、伊緒はそれを振り払う様に首を横に振った。

 余計な感情に振り回されている場合ではない、どちらかと言うとこれは異変なのだ。


 いくら何でも、美香らしくないと感じた。

 悠岐に対して振る舞うような明るさを見せる訳でもないのに、ああして一人の男子に着いて歩くなんて状況は初めて見た。


 必ず何かしらの理由がある筈だと考えながら、一人になれそうな場所へ向かう。

 その結果、伊緒は弁当の包みを手に女子トイレへと駆け込む事になった。

 そこは流石の悠岐でも絶対に着いてこない安心安全の空間だ。


 膝の上で開いた弁当を味わう事もせずに無心で淡々と口に入れながら、少し頭の中を整理していく。


 そもそも美香と理桜の接点について、伊緒はほとんど知らない。

 伊緒が美香の口から理桜の事を聞いたのは昨日の朝と今朝だけだ。

 それまでは二人が顔を合わせたら話をする程度に関係が深かったなんて知らなかった。

 それが深い関係と言うべきなのかは置いておき、あの二人にとってはそれがそこそこの関係であることは知っているつもりだ。


 二人がいつ出会い、話すようになったのか。

 それは中学一年の時だろう、と簡単に予想できる。

 それ以外で自分と美香が離れていた時期は二年生の時だけだが、その時は寧ろ自分が理桜と関わりを持っていたくらいだから。


「……」


 つまり伊緒よりも先に知り合って、仲良くしていたという事実がそこにはある訳で……。

 伊緒としては、本当なら問い詰めてやらないと気が済まない。ただそれはお門違いも甚だしいのでやる訳にも行かないのだから、もどかしい。


 美香には彼女なりの交友関係があり、そこに赤瀬理桜という男の子が居ただけだ。

 それにしたって、悠岐に目もくれず……というのは長い間彼女を見てきた身としてはあまりにも不可解だった。


 何かしら予兆や理由があれば、それを見逃している事も無いだろうと思い、取り敢えず卒業式くらいから何があっただろう?と思い返してみる。


 卒業式の日は美香の方に何かあった訳ではないだろう。寧ろあの日重要なのは、理桜が自分の手紙をちゃんと受け取ってくれたかどうかだ。


 それから春休み中は、悠岐が自分と美香の姉妹に連れ回されていたので、美香と二人で居たり出掛ける機会が多くあった。


 その間に話した事と言えば────


「……あ……。あれ……?」


 あの二人が仲良くしている大きな原因を作った張本人は、自分なのでは無いかと気付いてしまった。


 美香に「悠岐じゃない男の子と、仲良くしてみてはどうか」とアドバイスを言ったのは他の誰でもなく自分であり、彼女はあの時に一応アテはある、と答えた。


 そのアテ、というのがまさに理桜であり、美香は何かしら理由があって理桜が瀬川高校に入学する事を知っていたのだろう。


 つまり、この状況を作ったのは自分自身であり、現在美香は悠岐の気を引く為に一つ行動をしているという事だ。

 遠くから見ているだけで一切行動出来てない何処かの誰かと違って、考えを実践に移しているのだ。


 そう、何処かの誰かと違って。


「…………何してるんだろ、私……」


 美香が理桜に目を付けたのは、恐らく悠岐が理桜の事をほとんど知らないからだ。


 少なくとも、赤瀬理桜という男の子が「自ら積極的に交友を行う性格」ではない、というのは思い込み等ではなく事実と思っていい筈だ。


 伊緒は今日、余裕があればずっと理桜の事を目で追っていたが、彼は一度たりとも自分から誰かに話しかける事はなかった。

 そんな彼の姿は中学校で見てきたソレと完全に一致している。

 話しかけられたら対応するが、自分から話しかけるのは事務的な事情がないとまずしない。


 それでも、周りをよく見ているから誰かが困っていたらさり気なく助けてあげるし、やむを得なければ話しかけもする……私にしてくれたみたいに、とそこまで考えて、伊緒は少し恥ずかしさを覚えた。


 こんな事ばかり考えていたって仕方がない。

 結局、この無駄に大きくなるばかりの好意を向ける相手が自分を見てくれていないのは、美香と同じだ。

 それならば、美香と同様に行動を起こすしか無い。


 一度手紙の行方は忘れて、何か考え直した方が良いだろう。

 もしくは先に美香をサポートして、自分が動きやすくなる様に仕向けるという手もある。

 ……というより、それが一番手っ取り早いかも知れない。


 極論、伊緒が行動し辛いのは悠岐が居るからだ。

 伊緒は自分から積極的に動くこと自体を躊躇うつもりは無い。

 だが、悠岐が着いてくることで彼に迷惑をかけることは絶対にしたくなかった。

 それが原因で理桜が伊緒を嫌うという事態になる可能性は僅かだとしても、彼は少しでも悪目立ちすると間違いなくこちらを避けるだろう。


 一度彼に避けられる様な事になったら、伊緒は立ち直れる自信はないし、なにより悠岐の事を本格的に嫌いになる可能性が高い。

 悠岐が居てくれて助かった事だって、決して無い訳ではないのだ。

 伊緒は自分を好いてくれている幼馴染みの事を嫌いになりたいとは思わない。


 星野悠岐という一人の幼馴染みの事を本当に、心の底から大嫌いだった時期があるからこそ。

 そしてそんな状態の自分に、一人の幼気な少女の心を取り戻してくれた理桜を好きになるのは、ある意味で決められた事だった様に思っている。


 言ってしまえば、伊緒にとって赤瀬理桜という少年はまさしく運命の人だった。


「……急がば回れ……」


 ポツリと呟き、伊緒は教室へと戻った。


 少しの間、美香と理桜の行く末を見守ってみようと考えに結論を付けて。


 例えそれで気持ちの落ち着かない日々が続くのだとしても、今は我慢の時だと思って。

(悲報)メインヒロイン、便所飯で考え事をする。

次で一旦、伊緒の視点は終わりですね。

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