第13話 放課後の悠久
「赤瀬ってさ、いっちゃんの事どれくらい知ってる?」
「ん……」
彼女の様な身内ほどではないにしても、それなりに知っていることは多いだろうと思う。
彼女は自分の思いを口にすることを苦手としているだけで、外見や雰囲気よりも普通の少女だ。
少なくとも、俺はそう思っている。
思ってはいるけどここでそれを言っても花ヶ崎を困惑させるだけだろうと思い、俺は当たり障りの無い言葉を選んだ。
「二年の時にクラスメイトだったから、その時の事以外は、他の同級生と大して変わらないと思う」
嘘は言ってない。
俺は校内の、なんならクラス内でだけは四ノ宮を気にかけていたが、教室の外に出たらほとんど関わってない筈だ。
「そう言えばそっか。一年のときはアタシだけ別クラスで二年のときはいっちゃんが別クラスだったね」
今のように口に出す事こそ無かったものの、あの頃から花ヶ崎は星野に今と変わらない程度の気持ちを向けていた様に思う。
星野の前ではスッキリとした明るい子だし、普通にクラスメイトと話すときにもそう振る舞う様になっていた。
「小学校の時は、三人とも6年ずっと同じクラスだったなぁ。結構クラスあった筈なのに、なんでだろうね」
……なのに、なんで俺といる時はこうも湿っぽいんだ。一人の時にこんな感じなのはまだ分かるけど、俺の事を何だと思ってるんだ。
「正直に話すとね……。あんまり、いっちゃんの事知らないんだ」
「……幼馴染みなのに?」
「うん。10年以上一緒に居るけど、よく知らない。だから親友って言うのは、もしかしたらちょっと違うのかもね」
ふと、花ヶ崎は教室の後方に視線を移した。
釣られるように視線を追うと、窓側にある星野の席が目に入る。
「悠岐の事はよく知ってるよ?好きだから、とかじゃなくって……。誇張抜きに人生の半分くらいの時間をずっと一緒に居るわけだから」
「それは、四ノ宮も同じなんじゃないのか」
「ちょっと違うかな。一緒に居る時間は長くても…………中々分かる物じゃないんだ、いっちゃんの事って。それに、アタシ実はいっちゃんよりも悠岐と幼馴染みやってる時間長いんだよ。マウントじゃないけど」
花ヶ崎は四ノ宮の席に目を移した。
この教室には俺と花ヶ崎しか残っていないが、星野と四ノ宮のカバンはまだ教室に残っている。
それに気づいて、俺は席を立った。
自分のカバンから封筒を取り出して、後ろのロッカーに置いてある四ノ宮のカバンに封筒を忍び込ませた。
「なにそれ?
いつの間にか花ヶ崎がすぐ後ろに立って、俺の行動を横から覗き込んできた。
「ん?ラブレター」
「もう少しマシな嘘ないの?」
嘘やごまかしをしたつもりはない。ラブレターへの返事をいつ言えば良いのか分からないから、彼女にされた様に手紙にしただけだ。
「普通に、ちょっとした用事だよ。直接話せそうなタイミング無かったから。それに、連絡先知らないし」
「ふーん。共有する?」
「あぁ、いいの?」
「大丈夫でしょ。てか、アタシとも連絡先交換してよ」
「……ごめん操作わかんないからやって」
俺は自分でスマホを操作するのが面倒臭くなって、端末ごと花ヶ崎に手渡した。
「そう言えば、ラブレターではないんだけど、悠岐は昨日の今日で先輩に告白されたんだって。元々知り合いだった人」
「無謀だな」
流石は星野……と言うのも少し違うか。
自分の席に戻り、カバンを持って教室を出る。すると少し遅れて、花ヶ崎も肩を並べて来た。
「その先輩、昼休みに一人で居る悠岐を見つけて、いっちゃんと悠岐が別々の高校に行ったと思ったみたい。悠岐はトイレに行っただけらしいんだけどね」
そう言いながらスマホを返してくれた。
「ちなみに断ったの?」
「当たり前じゃん、悠岐だよ?」
「当たり前か……。ほんと、一途だよな」
俺は思った事を素直に口にしたのだが、花ヶ崎はかなり不満気に眉をひそめた。
「……まあ、美点ではあるよ、一応」
「普通に良いところだと思うけど、一応とかじゃなくて」
「あれは“一途”より“執着”って言った方が多分、正しいんじゃないかなぁ。病気だよ、ビョーキ」
一途と執着では天と地ほどの差があるだろうに。
それこそ俺は星野をあまり知らないから分からないけど、あいつはそこまで悪く言われる様な事はしてない筈だ。
「星野って、ありのままの四ノ宮が好きなんだろ?別に自分の思い通りにしたいとか考えてるわけじゃないだろうし、かなりマトモじゃないか?男を近付けたくないっていう独占欲だって、割と普通だろ」
昇降口に着いて、上靴を履き替える。
校舎を出てすぐのところでまた合流し、花ヶ崎の言葉に耳を傾け直す。
「でも過剰でしょ。付き合ってるわけでもないのに」
「そうは言うけど、花ヶ崎だって星野にとってのそう言う存在になりたいわけで……」
「ちょっと違うってば。アタシ別に、いっちゃんに嫉妬とかはしてないよ?」
校門を抜けると、花ヶ崎が少し足を止めてスマホを取り出した。
「まだ時間あるなら、駅前の喫茶店行かない?」
「いいよ」
どこに入るのかは彼女に任せて、俺達は再度足を動かす。
「昨日は暖かかったのに、今日寒いね」
「雨降ったばっかりだしな」
言いながら、俺は自分が着ていた上着を脱いで花ヶ崎に手渡した。
「あっ、え?」
「え、じゃない。寒いんだろ?カーキ色のロングコートはオシャレな女子高生にはちょっと似合わないかもだけど」
「……ううん、落ち着いてるから良いと思う。ありがと」
花ヶ崎がコートを着ようとした時にはカバンを持ってあげて、着たのを確認したらカバンは返さずにそのまま持って足を進めた。
「そーゆーとこだよ、赤瀬」
だから、それ何?さっきも言ってたけど。
「……話戻すけど、星野のことは好きなんだろ?それなら星野に溺愛されてる四ノ宮に思う所はあるんじゃないのか?」
「悠岐に思う所はあるけど、いっちゃんにはちょっとしか無いよ」
ちょっとはあるのか、寧ろちょっとしかないのか……。
まあ、でもその程度なのか。
だが言われてみれば「星野に恋した女の子が四ノ宮に嫌がらせをした」みたいな話は一度たりとも聞いたことが無いから、そう言うことなのかも知れない。
まあ、四ノ宮のこと嫌いな女の子はめっちゃ多かったけど。
「改めて言う事でも無いんだけどさ……いっちゃんって可愛いよね」
「えっ、急に何?てか……それ顔の話?」
「他に何があるの?」
花ヶ崎はまるで「他に可愛げのある要素なんて無い」とでも言わんばかりに、強めに聞き返してきた。
「性格とか……」
「だからあんまり知らないんだってば。滅多に喋んないし、表情筋死んでるし。なんなら好きな食べ物とかも一切知らないもん」
……えっ、嫌い?もしかして幼馴染みのこと嫌いだったりする?さっき嫉妬はしてないとか言ってなかったか?
「……まあ、可愛いと思う」
「そうだよね。10年くらいほぼ毎日見てるアタシでも、お風呂上がりとかに見惚れるもん」
「……えっ、何?一緒に入ってんの?」
「違うよ!?いや、ごめん違わないかも。偶に一緒に入ったりはしなくもないけど──」
なにそれ、めっちゃ仲良い。
さっきの愚痴は本当になんだったんだ。
「ともかく!ずっといっちゃんみたいな超絶美少女と一緒に居ると、自信無くなっていくの、分かる?」
「納得は出来るけど」
「でも、いっちゃんに思うことなんてその程度なの。あれで嫌味なこと言ったりするタイプだったら、何回か手が出てるかもだけど」
なんで余計なこと言った?もしかして口に出さないだけで殴りたいと思った事は少なからずあるのか?
「てか……」
「なに?」
「…………いや、着いたよ」
「あ、そうここ、よく分かったね?オープンの初日にいっちゃんと来たんだけど、カプチーノが絶品だったんだよ!ココアパウダーのトッピングしたんだけどね?これがホントに──」
さっきまでとは打って変わって楽しそうに語る花ヶ崎に「俺来週からここで働くんだけど」とは流石に言えそうもない。
まあそれは中に入れば、店長が話しかけてくるからすぐに分かるだろう、今更気にすることでも無い。
それはそうと……花ヶ崎は目立たないだけで、四ノ宮の隣に居ても全く見劣りしないくらいに整った容姿の持ち主だが、自己評価がかなり低い。
彼女の自己評価が低めなのは、ハイスペックな幼馴染み二人と一緒に過ごしていた事が大きな原因だろう。
運動は少し苦手で勉強は平均的、明るい髪色とかクールな雰囲気で目立つ四ノ宮とか、そもそも交友関係が広い星野と比較したら、まず目立つ機会はない。
それに何より、星野が彼女への対応を変えない限りは、花ヶ崎の気持ちが好転することは無さそうだ。
「それで……」
「……花ヶ崎、そろそろ入ろう」
「あ、そうだね」
喫茶店に入ると、店長の男性が俺を見るなりラフに話してきた。
その姿を見て、目を見開いていた花ヶ崎の表情は、やはり妙に印象的だった。
……もう付き合えよお前ら。
って私が言っちゃうのはいけないんですけどね。




