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第1話 別れの日

「アイツの幼馴染み」連載版になります、思った以上に人気があったのでとりあえず1話だけ……。かなり不定期の投稿になります。

 隣に立っていた生徒が腕の中に大きな花束を抱いて、教卓の横で泣きそうな顔をしている先生にそれを手渡した。


「先生、今までありがとうございました。本当にお疲れ様でした」


 男子生徒の声も少しだけ震えている、もらい泣きでもしてるんだろう。


「うっう、お、オレは……お前たちとこの一年を過ごせて、本当にっ、ぐすっ」


 いつもなら厳格に「私は…」と眉間にシワを寄せて話している先生だが、流石に今日くらいはこうなって仕方無いのかな。


「せんせー泣きすぎだよ!」

「最後はカッコつけるんじゃなかったんですか〜」


 別れの季節、窓の外は桜吹雪が舞っている。

 三月上旬、時刻は午前11時半。


 卒業生の保護者達までも入っている為、少し手狭になった教室内。

 このクラスの担任教師だった先生は今年で還暦。

 教師としても今日が正真正銘最後。

 そして今日は受け持った生徒を送り出す日であり、教師として生徒を受け持つ最終日でもあった。

 先生は別れの言葉を言おうとして、隠すこともできないくらいに号泣してしまった。


 先生に声を掛ける生徒の中には目元を赤くしている者、本気で笑っている者、泣き崩れる寸前の者と三者三様の有り様だ。


 俺はこの状況を茶番だと言って鼻で笑うほど感性は死んでないが、かと言って声が震えるほどでもない。

 個人的に世話になった先生の、教員としての最後の日だから思う事も言いたいことも、少しくらいはある。


 それでも、流石に阿鼻叫喚の教室の窓際で一番後ろにある自分の席の横で、こっそりと苦笑いを浮かべてしまう程度には疲れていた。


 この調子だとしばらく話進まなそうだなぁ、なんて考えていた。


 ふと思い至り、忘れ物が無いか確認のために机の中を漁っていると……。カサ、と指先に紙が触れた。


 なんだろう、これ?


 どうやら、まだ何か机の中に入っていたらしい。

 確認しておいて良かったと思いながら、触ったそれを取り出す。


 手の中にあったのは、シンプルな封筒。

 どうやら、何かの手紙だ。

 部活の後輩から貰った感謝の手紙とやらはもう少し派手な封筒だったので、この手紙に見覚えはない。


 それに、どうやらまだ開けてない物の様だ。しっかりとシールで留められていた。

 封筒の端っこには小さく「赤瀬理久君へ」と書かれているので、俺に宛てた物に間違いは無さそうだ。

 ところが、こんな物を誰かに手渡された覚えはない。しかも差出人の名前も無い。

 中の便箋には流石に書いてあるだろうか。


 後で確認しよう……と思い、一応ポケットに仕舞う。


 パチパチパチパチパチパチ!!!


 するといつの間にか担任が別れの言葉を言い終えた様だった。教室内が大きな拍手に包まれ、俺は少し遅れて拍手に混ざる。


 長い時間の拍手が止んでから、先生は俺の方に目を向けた。


「赤瀬、今日は最後の日直だが……。いつも通りの号令を頼む」


 もう一度泣き出すんじゃ無いかと思うような震えた声でそう言われ、俺は苦笑いを隠しながら、いつも通りに「はい」と返事をした。


「起立」


 先程と比べるとかなり静かになった教室内、いつもより人が多いからか自分の声があまり響かないのがよくわかる。

 けれどいつも通り、皆速やかに席を立つ。


「気を付け」


 最後の日の日直というだけの理由ではあるが、まさか自分の号令で中学校の生活を終えるとは思ってなかったな。


「礼」


 いつも通りなら、これで終わり。

 でも、今日は最後の日だから。


「「「「「ありがとうございました!!」」」」」


 礼と同時に、クラスの全員が声を揃えた。

 この先生には本当に、随分とお世話になった。それは俺だけじゃなくて、クラスの皆が心から思っている事だろうと思う。それくらい、良い先生に恵まれた。


 先生に渡した花束と最後の挨拶は、言葉通りのサプライズだ。

 先生は老眼鏡を外して、再度目元を手で隠した。


 教室の後ろからは啜り泣く声や、感動でもう一度拍手する保護者も居る。


 卒業式のあとで、わざわざ一度教室に戻ってまでやる甲斐はあった様に思う。

 俺みたいに離任式に行けないメンバーは特にね。




 こうして、俺は中学校三年間の生活に幕を閉じた。

 それなりに充実した三年間を過ごす事が出来たんじゃ無いかと思う。


 校舎の外に出ると、卒業生とその保護者が正門の周辺で思い出話に浸ったり、写真を撮ったりしていた。


 小学校の時もあったな、と少し曖昧な記憶を引っ張り出す。

 こういう時間というか、この別れを惜しんでいる様な雰囲気、俺はあまり好きじゃない。


 ふと、正門の直ぐ側に一際大きな人集りを見つけた。


 見た感じ、特にクラスや部活で分けられている様子はなく、本当にただの集合写真って感じだ。


「写真撮影とか……理久はいいの?」


 隣を歩いていた母の奏恵にそう聞かれて、俺は返答に少し困る。

 あの枠組みは仲良しグループに見えるだけのまがい物でしかない。

 中心に居るのは星野ほしの悠岐ゆうきという、男らしさと爽やかさを兼ね備えた格好いい奴なのだ。


 同性にも異性にも好かれるとても良い性格をしてる男。

 全員が輪の中心に居る星野と友人だが、友達の友達だからといって、友達ではない。


 クラスメイトになった事は一度も無いが、人となりは知っているつもりだ。彼が覚えているかは別として。


 あえて断言しよう。

 俺とは全く気が合わないと。


 とてもナチュラルに深く広い交友関係を持っている彼と、自分の意思で浅く狭い交友関係を保っている俺とではあまりにも相性が悪い。

 だから、俺は母さんに向かって小さく苦笑いを浮かべた。


「……いいかな、ああいうの好きじゃない」

「そう……」


 母さんは少しだけ悲しそうに頷いた。

 そんな母さんの表情に少し申し訳無さを感じながら俺はもう少し周囲を見回す。


 あとは特に、何も無さそうかな。


 そう思ったのも束の間、集合写真を撮っていた輪の中に居た一人の女の子と目が合った。


 ……ん?


 亜麻色のポニーテールを春風に靡かせる少女だった。山吹色の瞳はただこちらを見つめている。

 そんな彼女の整った顔に表情は無い。山吹色の瞳からこちらに向けられた視線も、ただ一瞥しただけ。


 すぐに星野と、もう一人の女の子に声をかけられ、手を握られるとどこかへ連れられて行った。


「……あの子の事、好きなの?」


 不意に耳元でそう聞かれて、俺は驚きを隠すようして首を傾げた。


「ど、どっちのこと?」

「髪が長い方の子」


 いや、どうだろう。

 可愛いとは思う。二年の時はちょっとだけ仲良かった。


「私びっくりしちゃった。あんなに可愛い子が居たのね。なんて言う子なの?」


 前年度の頃は、両親どちらも授業参観や文化祭なんかには来られなかったので、知らないのも無理はない。

 それはそうと、もう卒業なんだから、会う機会も無くなるだろうに。

 今更名前を知って何になるって言うんだか。


「四ノ宮伊緒……って名前」


 因みに髪の短い方は花ヶ崎美香という、こちらも星野と四ノ宮の幼馴染みにあたる女の子。


 花ヶ崎のボーイッシュなショートヘアや明朗快活とした様子は、物静かを通り越してお地蔵さんにも似た四ノ宮とは、対になっている様にも見える。

 実際は外面だけそう見えるだけで、彼女も割と大人しい方だけど……それを知ってる人はあまり居ない。


「お話してくる?」


 どうやら、母さんは俺が四ノ宮に気があると思っているらしい。


「だからいいって。さっき見たでしょ、イケメ……星野に連れて行かれたの。あの二人、幼馴染みなんだってさ」

「へぇ〜……美男美女の幼馴染み、か。創作以外でも、案外見るものなのね。良いわねぇ……」


 そう、美男美女の幼馴染み。

 他の人が間に入る余地なんて無いわけだ。

 それを知らずに玉砕した男子生徒が何十人居ることやら。俺は見たことないけど、玉砕したやつがいるという噂はちらほらと耳にした。


「……母さん、帰ろう。なんか疲れた」

「そうね。人混みが苦手なのは、私に似たのかしら」


 言いながら、母さんは俺の肩に手をおいて駐車場へと歩いた。


 後部座席に荷物をおいて、そのまま乗り込みシートベルトを着ける。

 車の窓を少し開けると、正門側からはまだ少し喧騒が聞こえてくる。


 小さなエンジン音と、あまり好きではない車の振動を感じながら、不意に思い出してポケットの中を漁る。


「あ、ところで母さん」

「なあに?」

「卒業式の日に、こっそり机の中に入れられてた手紙って、どんな内容だと思う?」


 信号待ちで車を止めると、母さんは運転席からこちらを覗き込んで来た。

 俺はポケットから封筒を取り出して、それを見せる。


「あらあら、それもう読んだの?」

「いや、まだ。さっき忘れ物無いかって、机の中確認してたら出て来たんだけど、全く身に覚えなくてさ」


 そう言うと、母さんは先程までと比べると、とても楽しそうにニヤリと口角を上げた。


「それ、ラブレターじゃないかしら?」

「今どきそんな事あるかな?」

「理久は高校生になるまでスマホ持たないって決めてたでしょう。別のクラスとかだったら、連絡手段が無かったのかも知れないわよ?」


 なるほど、そう言われるとその通りだ。

 もしかしたらいたずらかもと思ったが、そんな事をされる謂れもない。

 かと言ってラブレターを書かれる程、関わりのあった女の子も思い付かない。


「まあ、帰ったら読んでみるけど……」

「あら、今読まないの?」

「いや、酔うって」


 言ってから、俺は母さんと小さく笑い合った。

 短編とはキャラの名前や背景が若干変化してますがお気になさらず。

 まずはお手紙編ですね。

 それはそうと、仲良いなこの親子……。


 このお話が面白かったら、応援やコメント、フォロー、レビュー等をよろしくお願いします。

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