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「お兄様。お兄様」と言いながら四季姫は藍のところに向かって、とことこと駆け出して行った。
「四季。どうしたの?」と藍がいつものように自分に甘えてくる四季姫のことを優しく抱きしめている。
そんな微笑ましい風景を小咲姫はじっと見惚れるような眼差しで見つめていた。
藍がふと顔を小咲姫のほうに向けて、小咲姫と目が合うと、にっこりと花が咲くような顔で笑った。小咲姫は思わずその顔を真っ赤な色に染める。
小咲姫はゆっくりとした足取りで藍のところまで行った。
「歌を読んでいたんです。とても綺麗な桜が咲いていますから、散ってしまう前に、歌を残そうと思ったんです」と藍は優しい顔で笑ってそう言った。
「お兄様。私もお歌を歌いたいです」と四季姫が藍を見ながら言った。
「藍様はお歌がお上手ですものね」と小咲姫は言う。
その小咲姫の言葉はお世辞ではなくて、本当のことだった。若草藍は幼い子供のころから、都でも、宮中でも、評判になるほどの歌の名人。歌人として有名だった。(お国のお歌を集めた歌集にも、その歌が歌われている歌仙と呼ばれるお歌の名人の一人とされていた)
「いえ。そんなことはありません」といつものように、謙虚な姿勢で藍は言った。