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魔族が人間界で暮らす話。  作者: 縦縞 りょう
9/12

9.不届き者には天誅を。

ちょっと長めです。

 冒険者ギルドの二階で、ギルドマスターのダニエルは机に向かって書類の手続きせっせと片付けている。羽ペンを持つ右手は震えるし、肩もバキバキ言っているのに年を感じる。

 日が落ちかけているので、そろそろ仕事を終わろうか。


「ダニエルさん」


 気配も音もなく超至近距離でいきなり話しかけられ、反射的に声から一歩下がって机に立てかけられた長剣を抜いた。


「…っ!はぁ、グレンさんか。いつのまに?」


 ダニエルはグレンの姿を確認すると息を吐き、抜いた剣を鞘に戻した。


「突然ごめんなさい、緊急だったから転移魔法で来たの」


 申し訳無さそうに、眉尻を下げて詫びるグレン。

 危うく聞き逃すところだったが、今耳にしたのは廃れたはずの古代魔法の名前だ。

 ダニエルはパッと顔をあげ、


「転移魔法だと!?こ、古代にはあったらしいが」

「あ、それは後でいくらでも説明するわ。さっき森で男三人に襲われたのよ」


 グレンはダニエルの話を右手を上げて止め、爆弾を落とす。

 ダニエルは目を回しそうになった。

 待て待て。さっきから情報が多い。襲われただと?

 このドラゴンの尻尾をわざわざ踏みに行く馬鹿が、今日いきなり居たのか??

 胃がちょっと痛い。


「こいつらよ」


 グレンは透けている黒い玉を、机の向かいにあるソファーの横、空いた場所へ放り投げる。

 玉が床に触れるか触れないかの位置で、人間が三人飛び出した。

 黒い蔦のようなもので体をグルグル巻きにされているが、顔は見える。全員見覚えがあった。


「ジェイ、ニール、ザックじゃねぇか!」


 何故か顔が濡れている金髪がジェイ、ヒゲの男がニール、目がタレ気味なのがザックだ。

 全員顔色が悪いまま眠っている。

 さっきの黒い玉の原理も気になるがそれどころじゃなかった。


「やっぱり冒険者なのね?」


 グレンはダニエルの様子を見てそう言った。


「…本当なのか?」

「これに記録してあるわ」


 グレンは記録水晶を取り出し、ダニエルに手渡す。

 水晶には、三人がグレンに向かって襲いかかり、蔦で一瞬にして捕らえられた様子が映っていた。


 水晶を確認するダニエルを、グレンは腕を組んで綺麗な眉を顰め、赤く光る目で見つめている。

 ソフィが言っていた通り、美人が怒るとめちゃくちゃ怖い。長年冒険者をやってきて、辺境の町ではあるがギルドマスターにまでなったのに、思わず泣きながら土下座しそうになる。


「そ、その、すまん…疑って悪かった…」


 思わず声が尻すぼみになってしまった。体はグレンより大きいのに情けない。


「あ、いえ、あなたに怒ってるわけじゃないわ。

 三人と知り合いなんだし、片方の意見だけで固めないのは当たり前だと思う」

「…そう言ってくれると助かる」


 証拠は十分だ。

 ダニエルは急いで憲兵を呼び、証拠の記録水晶を渡して三人を連れて行ってもらう。寝ていたのも黒い蔦もグレンの魔法だそうで、グレンがパチンと指を鳴らすと蔦はモヤとなって空中へ掻き消えた。

 三人は起きてグレンを目にするや否や、『ヒィッ…!』と悲鳴を上げ、揃って正座して震えていたが何があったのか。


 憲兵は数人来たので、残った二人の憲兵とダニエルでグレンへ聴取を行う。

 ダニエルとグレンはそのままギルマスの部屋のソファーに、向かい合うように座った。

 憲兵はダニエルの近くで立ったままだ。片方の憲兵は紙と細く固めた炭でメモを取る。


 グレンは起こった出来事を順番に説明した。

 転移魔法については伏せておく。





「―――ということです」

「分かりました。その魔族崇拝の本部と人身売買の件はしっかり調べます」

「ええ、もしあの二人が喋らないようなら教えて貰えます?…会いに行きますので」


 グレンは意味深に語気を強めて笑顔で言った。

 目が全く笑ってない。


「で、出来るだけお手を煩わせないように、こちらとしても全力で頑張りますので…」


 憲兵は顔を引きつらせ、冷や汗を浮かべて言う。

 一通りの話が終わり、憲兵らが引き上げる。


「また質問などあればお伺いするかもしれませんので、どうかご協力をお願いします。

それではありがとうございました。お大事に」

「ありがとうございます」


 憲兵は丁寧に礼をした。見送った後は深く息をつくグレンとダニエル。

 ダニエルは二人分の紅茶を淹れ、片方をグレンの前に置く。

 グレンは小さくお礼を言い、口を付ける。


「…よく殺さなかったな」


 普通、襲われた女性に対してなら「無事で良かった」というところなのだが、まるっきり逆である。

 ダニエルは自分で声をかけておきながら、変な気分になった。


「…何度……消してやろうかと思ったか…!」


 不機嫌を隠そうともせず、眉間に皺を寄せ呪詛のようにグレンは吐き出した。

 カップの中の紅茶が震えて揺れる。

 ダニエルはグレンがカップを握り潰さないようにと心の中で願う。


「あの三人は昼の演習場に来なかったからな。

 お前さんの実力を知らず、あんな馬鹿をやったんだろう」


 知ってたら絶対にやらない。

 三人は銅級冒険者でそれなりに期待できる腕前だった。

 もしグレンの魔法を見ていたなら、手を出そうと思わない理解力はあったはずだ。


「その、管理不行き届きだった。冒険者ギルドの代表としてお詫びする」


 ダニエルはグレンを見つめ、座ったまま深く頭を下げた。


「あ…いえ、頭を上げてください」


 ダニエルがゆっくり頭を上げると、苦笑するグレン。


「自立した大人を、しかも荒くれ者が多い冒険者全員を品行方正に管理するなんて到底無理な話よ」

「……すまん…」

「それと、私はそんなに怖いのかしら?」

「ゲホ、ゴホッ!ううん、あー。その…少しだけだ」


 先程土下座したくなっていたので思わず咳き込むが、否定出来ない。

 首を横にそらしてちょっとだけ肯定する。

 グレンは右手で額を押さえ、


「友人にも言われたけど、容赦ないから冷静になれって言われてて…今も目が赤いでしょ?

 怒ると何故か赤くなるの。目つきも鋭いのに、益々怖いから気をつけろって言われてるんだけど…」


 実は気にしているようで、しょんぼりと肩を落とす。


「いや、いい。舐められると冒険者はやりにくい。

 目の色もその目つきもここならどうということはない。殺さなかったのは偉いぞ。遺体が見つからなかったら、目撃者を探したり山を大捜索することになって時間も手間もかかり面倒だった。

加害の証拠もあるから文句無し。戦力が犯罪で三人減るのは残念だが、お前さんの活躍で犯罪が減る」


 ダニエルはしっかりフォローをする。


「小さくてもいいから、武器を見えるように身につけておく方がいいだろう」

「そうね、私が武器を持っていないのも襲われた一因だから。

 護身用の短剣でも腰に下げる事にするわ」

「それがいい。それと、今日の件はギルドから慰謝料が出るのと、あいつらの持ち物を買い取ったお金を渡す事になる。懲罰はおそらく鉱山で一生強制労働だろうが…

 要望があれば考慮出来る。ただ、未遂なので死刑までは出来んかもしれん」

「…………そう……」


 グレンは顎に右手を添えて考える。

 死刑など、心が何も晴れないではないか。

 いっそしっかり苦しんでから死んでほしい。

 どうせなら、山で使い魔に命令して死ぬ一歩手前まで痛みと毒に晒してやるんだった。


「故郷なら、睾丸を切り落として一生強制労働させるのだけど」

「……………そうなのか」


 何故かダニエルが脂汗を滲ませて足の間に力を入れている。

 グレンは顎に添えた右手からわざと魔力をくゆらせる。


「性犯罪ですから。大事な所を落として子孫を残せないようにするの。もし運良く炭鉱を出れたとしても、位置情報を知らせる魔道具を体に埋め込み、一生監視下におかれるのよ。

 でも、ここは人間界だから飲み込むわ。もしあいつらが出てきて私に復讐しにきたら、その時は…」

「わ、分かった。被害者からの要望として、絶対に炭鉱から出さないように伝えておく」


 グレンはあえて最後を濁す。怒りがダニエルに伝わったようなので、魔力を収めた。


「はー、…他にも色々と聞きたい事はあるんだが…」


 ダニエルはハンカチで汗を拭き、何から聞けばいいのかしばらく天井を見て考えをまとめる。

 空気が重々しいので話題を変えましょう。


「転移魔法から話しましょうか?」

「そうだな。あれは人間にも出来るのか?」

「人間では魔力が足らないって文献で読んだ事があるわ」

「現在まで残らなかった理由があったということか…。他の魔族は使えるのか?」


 ダニエルは残念そうに頭をポリポリと掻く。


「魔族の3割が使えると言われてるわね」

「思ったより少ないな」

「向こうでは免許が要るから、免許を持ってるのが3割。

 使えるのに取ってない人も居るから、実際は半分近くいるかもしれないわ」

「免許制なのか、なるほど。グレンさん、その、出来ればあまり人前では…」

「ええ、必要な場面以外では控えるわ。魔族と名乗るのもやめておきましょう」


ダニエルは目をぱちくりと瞬かせた。


「いいのか?」

「別に?どうして?」


 グレンは目を細めてダニエルを見つめる。

 ダニエルは少し困ったように目をそらす。


「…怒ると思ってたんだが。プライドとかあるだろう?」

「九割くらいは私が魔族だと信じてるんでしょう?

 あなたが知ってるなら私も身動きしやすくなる。それでいいわ」


 ダニエルはゆっくりと時間をかけて、目を見開き首をグレンへ向ける。


「…どこでそれを」

「千里眼で視てたわ。ふふっ、ごめんなさいね」


 グレンはいたずらっぽく目を細めて、ニヤリと口角を持ち上げた。


「せ、千里眼…?」

「ええ。知ってる?」

「知ってるとも…!どんなに遠くからでも視る事の出来る、神の眼とかなんとか…」

「うん、それ」


 ダニエルはせっかく拭いたのに汗を浮かべ、本気で頭を抱える。


「悪口言ってたらどうするんだ…」

「悪口だったら聞かなかった事にして、あの三人をサクッと潰して他の土地に出発してたかも?

 あなた達が仲良くしたいって言ってくれたから、証拠を取って殺さず捕まえる事にしたのよ。

 彼らが私を諦めた場合、次は受付嬢のソフィさんや他の女の子が狙われる可能性が高かったし、人間のやり方で片付けるべきだと思ったから」

「そうなのか…感謝する」


 再度、ダニエルは頭を下げた。


「魔族崇拝とか人身売買の話はどこで?」

「空から近付いて、読心魔法で読み取ったわね」


 ダニエルはソファーの背にだらしなく持たれる。

 ぎしぃ…と大きな体に抗議するように、ソファーがきしんだ。


「空飛べるのか…読心…なんでもありか…?

 もう逆に出来ない事を教えてほしい…」


 疲れた目をして呟いた。

 ちょっと申し訳なくなる。


「人間的に大丈夫か大丈夫じゃないかって線引かしら。あと細かい作業が苦手かな…。

 足を切り落としたら生えてこないかもしれないと思って、ごく軽い拷問をしたんだけど」

「人間の足は生えないし、血がたくさん出る死ぬぞ…?拷問とは?」

「金髪にクソ女って言われて、どの口が!と思ったから、ちょっと、ね…」


 目をそらしながら濁す。

 三人がグレンにめちゃくちゃビビっていたのはそれか。


「まぁ、詳しくは聞かんよ。生きてたから大丈夫だ。あいつが悪い」

「そう、良かったわ。

 …でも、あの時つい魔力を漏らして天候を変えちゃったし…私もまだまだね……」


 後半はため息を吐きながら、ぼそぼそと呟いている。ダオルはかろうじて聞き取れた。


 ―――天候を変えただと???


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