8.グレンの逆鱗。
「なぁ…やっぱ逃げられたんじゃね?」
バトルアックスを背中と腰の間に取り付けた男だ。
「あっという間に森の中に入ったよなー」
「近過ぎると警戒されるかと思ったが、それが仇となった」
答えたのは長剣を背負った男だ。
「あれは森に関しては素人じゃないな」
「さっきの木陰が襲う大チャンスだったんじゃね?」
バトルアックスの男は喋り方がチャラい。
「あんないい体してる女、なかなか見ないぜ!ちと背が高すぎだけど」
「何も持たずに森に行くのが怪しい。木陰に座ってたのはわざと誘ってる気がしたんだが」
「考えすぎっしょ?何も持ってなくてラッキーじゃないすか?」
バトルアックスは何も考えていないようだ。
どことは言わないが切り落としてやりたい。
弓矢の男は喋らない。剣の男は何が目的かしら。
剣の男に読心魔術をかけてみた。
(ちょっと遠くて聞こえにくかったが、魔族という言葉をあの女は言っていた…あの女が本当に魔族様なら、本部へ持ち帰れば俺は枢機卿、そこまでいかずとも上の方に上がれるやもしれん!!
アホは体目当てらしいが、魔族様を穢すわけにはいかない…が納得しないか…。
そこは知らん顔するか)
…体目当てよりも酷かった。
剣の男は魔族を崇拝している宗教団体に入っているらしい。
その割に魔族を大事にしたいんだか生贄にしたいんだか…後者か。
というか、生贄って魔族が求める側なのでは???
私が今まで生贄を求めたことはないけど。というか知らない人を生贄に捧げられても困る。
弓矢の男に読心魔法をかけた。
(あぁ〜〜〜ダルい帰りてぇ。女の体はどうでもいいが、あの女は髪とか肌が綺麗だったから、金を持ってそうだ。家の場所を吐かせて漁ればいい金になる。あの女自体もいい値段になるだろ)
これはひどい。よく見れば、喋らないのも疲れて余裕が無いようだ。
働きたくないから女を使って生活費にしようとしてるのか。しかも売るって。
この国って奴隷は違法じゃなかったかしら?
一応髪や肌の手入れはしている。
髪や肌に良い成分を持つツダキの花をたくさん見つけたので、花の化粧水を作りまくったのだ。空間収納は時間停止の機能も付いており、念の為氷魔法で冷やしてから収納しているので劣化させずに使える。そのささやかな努力に何を言いやがった…?
全員許さない。
と思った瞬間、魔力が漏れてドス黒い雲が空を覆う。雷を含んでいるのかバチバチと音を立てて…。
『ヤバイ気付かれる!』と精神を落ち着かせ、右手で魔力を吸い取ると、黒い雲が消えて日が出てきた。森が暗いので男達は一瞬暗くなった事も気付いて居ないのか、そのまま歩いている。
(うーん、人間の犯罪は人間に裁いて貰わないとマズイわよね…)
ここが魔界なら『グレンを怒らせたのが悪い』で済むかもしれないが、人間界は色々としがらみがある。ここで放置しても魔族崇拝剣士は諦めないだろうし、下半身アホアックスと強盗弓矢は女の敵だ。
他の女性を狙う可能性や余罪があるかもしれない。
…回りくどいけど証拠を取って捕まえるか。
私は空高く飛び、三人が歩く先に翼を納めて降り立つ。
ちょっとした岩があったのでそこに腰掛けて、左手には一休みがてらコーヒーの入ったマグカップを出す。それと、記録水晶を取り出して起動し、私の数メートル上に浮かばせておく。
右手には魔力の黒いモヤをまとわせた。鬱蒼とした森の中は薄暗いので見えにくいだろう。
両足の間に腕を伸ばして手を地面に付ける。
しばらくすると、ガサガサと音がして男達が私に気付く。
「おっ居た居た!いやぁ、迷ってるんじゃないかと思って心配したよ!」
人懐っこい笑顔を浮かべて喋るのは下半身アホアックスだ。
金髪に青い目、顔は結構整っている…のかしら。
笑顔だけなら物語の挿絵の王子様っぽい。私の美醜感覚が怪しくて説明が難しい。
私はコーヒーを啜って喋らない。
「何か困ってる事ない?力になるよ?」
アホアックスは名乗りもせず前から私に近付きつつ話しかけ、残り二人はさりげなく私の後ろに回り込もうとしている。因みに二人の顔は…普通。
剣士には顎ヒゲがある。弓矢は目の色が緑でタレ目だ。
見た目がいい一人が話しかけて注意を引かせて、残り二人が私を抑えつける役目なのか。
この森には他に誰も居ないので助けは来ない。私は丸腰に見えるので、手足を封じれば簡単だと思われているのだろう。
「全員その場から動かないで」
私は丁寧に忠告する。
「は?え、どうしたの?」
「あなた達、ギルドから付いてきてたけど、私に何の用かしら?
心配という割に、森の側で休憩してた時にはそこそこ遠くに居て話しかけて来なかったわね。
おい、動くな」
コーヒーを飲みながら喋る最中に、タレ目が勝手に動こうとするので注意する。
アホアックスの顔が無表情になる。
取り繕うのをやめたようだ。
「よくわかったな。褒めてやるよ」
整った顔をニタァと歪めて笑った。
「へへ、女一人で狩りなんて危ないぜ?俺らみたいなのに襲われるからな!おい、やるぞ!」
三人は正面と左右斜め前から一斉に私に飛びかかろうと一歩を踏み出し、私を掴もうと手を伸ばした。その瞬間、『ブワァッッッ!!!』と下から出てきた黒い蔦が三人を絡め取る。
「何だこりゃあ!!?」
「うぐぐぐ…!?」
「…!?………!!?」
数十本のロープ状にした魔力を地中に潜ませて、三人を簀巻きにした。
やった事はとてもシンプルである。
混乱する三人を置いて、記録水晶を掴み中身を確認する。
いい感じに三人が私を襲う場面が映っている。これなら十分証拠になるはず。
「さて、ギルドに連れて行けばいいのかしら。
憲兵詰所の方がいいのかしら。ダニエルさんに言えば間違い無いわよね」
コーヒーをのんびり啜りながら考える。
「おい!解けぇクソ女!!」
とアホアックスが叫ぶ。
散々そっちがクソな事をしようとしたのにクソ女と言われるのは心外だわ…。
耳障りなので、とりあえず心を折っておきましょう。
「あなた、ここに誰か助けが来ると思う?」
「はぁ!!?」
「考え事をしてるから静かに」
「ふざけん…がぼっ!ごぼぉ!!」
私は水魔法で、叫ぶアホの顔に水を貼り付けた。
簀巻き状態なので、手で振り払うことも出来ずに鼻と口が水で満たされる。
アホ王子は息が出来ずに苦しんでいる。
水を外すと「はぁ…!!はぁ…っ!!」と荒い息を繰り返す。
「息がうるさいわね」
「なん…!ごぼぼぼ!!」
また水を貼り付け、今度はすぐに外す。
今度は「ハッ、ッ、ッ…!」と短く切るように息をしている。
うるさいと言ったので、静かめに息をしようとしているのか。
「おかわりいる?」
ブンブンと小さく首を横に振りまくるクソ王子。
そんなクソ王子とのやりとりを簀巻きのまま横で見て、青を通り越して緑色の顔で震えているクソヒゲとクソタレ目。
「クソ女って言ったの謝ってくださる?」
右手で水を弄びながら、有無を言わせない圧力と魔力を込めてクソを威圧する。
「も、申し、訳…ご、ございませんん…」
歯をカチカチと鳴らしながら緑色を通り越して土気色の顔をして謝るアホ王子。
気絶した方がラクだろうが、しないように調節している。
ここで甘い顔など絶対にしない。
流れ弾で残りのクソ共も、歯を鳴らしながらビビっているが放置する。
そうだ、ヒゲは魔族崇拝の団体でのし上がる為に、私を捕まえようとしてたんだっけ。
「ヒゲ。魔族崇拝の団体本部がどこにあるのか、憲兵所で言いなさいね」
「ぇ…えっ!?あ、あの、なぜそれを!」
「答える義理は無いわ。言わないなら…塞いどく?」
水を纏わせた右手を見せる。
ブンブンと横に首を振るヒゲ。
「言うって誓わないの?」
「言います!!必ずや言います!!」
叫ぶように誓うクソ。これで迷惑な魔族崇拝者は捕まるだろう。
私も迷惑な団体が減って嬉しい。
「それとタレ目」
ビクッ!!!!!!とタレ目の体が跳ねる。
「人身売買のルート、ちゃんと憲兵に吐きなさいね」
「ぅあ、え、え…??」
威圧しながら私は右手を前に出す。
「ちょっと死んどく?」
「ヒィッ!?言いますぅ!!何もかも全部!言いますからぁ!!!」
まともに喋ったの、今初めて聞いたわね。
さて、言質は取った。
とりあえずクソ共を魔法で眠らせる。
ギルドに運んで、どうしたらいいのかを聞いてみよう。
空間に収納したくないので、寝ている三人を魔力で作った玉に吸わせて閉じ込めた。
透き通る黒い玉が右手に収まる。
男三人引きずって帰るのは面倒だし…。
やっぱり○した方がラクだったなぁ。と感情が鎌首をもたげたが、せっかく人間界で暮らしていく第一步を踏み出したのだ。人間のやり方に従わなければならない。ここは我慢しなければ。
私は千里眼を使い、冒険者ギルドの二階、ダニエルさんが部屋に居る事を確認してから転移した。