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魔族が人間界で暮らす話。  作者: 縦縞 りょう
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5.初任務の薬草と受付嬢。

「定番の薬草採取か、ラピッド兎ニ匹の狩猟はどうです?」


 ソフィは数ある任務の中でも、比較的安全なごく簡単なものを提示した。


 薬草は野草の一種で正確にはアロイ草という。

 ポーションという飲み薬の材料になり、庶民から貴族まで風邪をひいたら飲むのだ。

 塗り薬もあり、これは切り傷や擦り傷に塗りこむタイプだ。この塗り薬タイプはポーションと呼ばれていない。

 草原に生えているが、数々の植物が生えている中で見つけるのは少々骨が折れる。


「いいわね。アロイ草ならすでに持ってるんだけどそれを提出してもいいかしら?」

「いいですよ!手っ取り早くて助かります」


 ソフィは買い取りカウンターへ案内する。

 受付の右手にあり、アイテムの相場が書かれた紙が机の下側に貼られている。


「ここが買い取りする場所です。薬草を出してもらえますか?」

「ええ」


 グレンは黒いモヤを空中に浮かばせて手を突っ込み、掴んだ薬草をどんどんカウンターに並べていく。


「…ツッコんだら負けだと思ってたんですけど、それってアイテムボックスですか?」

「負け…?ええ、正確にはアイテムボックスじゃないんだけど、似たようなものかな」


 アイテムボックスというのは名前の通り、アイテムを空間内に収納出来るスキルだ。

 内容量はスキルの熟練度で決まるようだが、大体の人は樽一つ分から馬車三台分くらい入る。もっと容量が大きい人は王宮に迎えられるのだが、元々ほぼ貴族だから庶民には居ないだろう。

 内容量が大きい程、荷物が増える商人や長い日程がかかる任務についた冒険者に重宝されるのだ。


「スキルではないんですか?」

「これは魔法なのよ。魔法で空間をこじ開けてそこに物を突っ込んでるの。

 免許カードもそうして納めてるわ。無くさないし盗られないから」


 スキルは個々が神から受ける祝福と言われていて、人間が誰しも一つ以上持っている。例えば「念話」なら遠くに離れた人と話すことが出来るし、「怪力」なら普通の人より力が強く、運送業に就いたりする。使うのに魔力を消費しないのがメリットである。


 王族にはスキルを五つ持っている人もいるという。

 ただ、日々の生活に役立つかは神のみぞ知るところなので、何を貰えるのかは教会の水晶で診断してみないと分からない。診断は概ね五歳になる年に行われる。国に役立ちそうなスキルが出ると教会から王家に連絡が行き、その親へ子供を学校へ入れるようお触れが出る。


 ソフィは「文字・計算」というスキルだったのでこの町営ギルドに就職した口である。


(うーん、魔法で作った疑似アイテムボックス…魔法なら習得出来るのでは?)


「それって普通の人にも習得出来るんですかね?」

「人間って使える属性が決まってるんだっけ。闇魔法だから闇属性の人なら使えるかも」

「闇属性特化の人間がそもそも珍しいですね…私が闇魔法使えるなら何が何でも教えて貰いたいですが」


 しょんぼりとソフィは肩を落とした。

 人間が使える魔法には向き不向きがある。

 火属性に向いている人間は水魔法が使いづらいように、向いていない魔法は効果が落ちる。

 向いている属性の魔法を鍛える方が効率がいいので、全属性使える人間は稀だ。


「不得意でも、何かの魔法が使えるなら可能性はあるけど…今度練習してみる?」

「ぜひ!でもやる前にギルドマスターに一言言っておいた方がいいかもしれません。

 私魔法の事よく分からないので」


 ソフィは話しながら並べられた薬草のチェックを終えた。


「品質がいいですね。二十五本の値段に色つけて、全部で金貨1枚でどうですか?」

「それでお願いするわ」

「ありがとうございます。今は薬草の買い取り制限が無いので、何かのついでに持ってきてもらえるとこちらとしても助かります」

「分かった」


 グレンは長い指で金貨を受け取ると、免許カードと同じように消した。


「兎はどうします?お肉屋さんが期限一週間に指定したけど、出来るだけ早くもらいたいって言ってたのですが…」

「受けるわ。ラピッド兎って走るのが速いあれでしょ?」


 名前の通り、ラピッド兎はめちゃくちゃ走るのが速い。耳が長くて体毛は全体が白く、後ろ足が発達した体長五十センチから一メートルほどの獣である。肉はあっさりとしていて焼いても煮ても美味しい。


 臆病で逃げる事に特化しているので、普通は通り道を見つけ罠を仕掛けて捉えるのが確実だ。

 戦う事はなく怪我をすることはほぼ無いだろう。


「生息範囲はどこかしら?」

「テストした広場の山中です。奥の方が多くいると思うんですが、危険な獣もいるので浅いところで探す方が…いや、戦いぶりを聞いてると奥でも大丈夫ですかね…?」

「多分いけると思うわ。私ここに来る前は山で狩りしてたから。大きい獲物は狩っても大丈夫?」

「もちろん!それは素材買い取りに回せますので。肉として向いてるならなお良いですね。お肉屋さんが喜びます」

「じゃあそれで。兎ニ匹とお土産楽しみにしててね」


 グレンは提示された書類にサインすると、ソフィに投げキッスをしながら冒険者ギルドから出ていくのだった。


「グレンさん…投げキッス似合いすぎでしょ…」


 ソフィは少し照れながら、もう見えなくなったグレンの背に呟いた。





 コンコン。とソフィは二階にあるギルマスの部屋のドアをノックする。

 「どうぞ」と声がしたのでドアを開けた。


「ギルドマスター、ちょっと今いいですか?」

「おう、休憩しようとしてたからちょうどいい」


 ギルマスことダニエルは見ていた書類を片付けて、紅茶を淹れ始めた。


「ソフィも飲むだろ?」

「すみません、頂きます」


 ソフィはあいている椅子に腰掛ける。

 ソーサーとカップを貰い、口につけた。

 ふんわりと香る紅茶が喉を潤してくれる。

 ダニエルは仕事机の椅子にカップを持って腰掛けた。


「それで、どうした?」

「グレンさんのことなんですが」


 先程グレンと話していた、疑似アイテムボックスの事をダニエルに説明する。

 ダニエルはカップと反対の手でゆっくりと自分の顔を掴み呟く。


「アイテムボックスを誰もが使えるようになったら、ここだけじゃなく魔法協会と騎士団と商人ギルドと、王家が大爆発大混乱するんだが…」

「………ですよね………!!」


うっすら感じていた事を明確に言葉にされ、冷や汗を浮かべるソフィ。


 冒険者ならダンジョンと言われる未知数の迷宮にたくさんの物資を持ち込める。長く籠もっていられるので攻略が進みやすくなるし、道中で見つけても運びきれなかった宝や獲物を諦めずに済む。結果収入が増える。魔法協会としては魔法そのものの常識がひっくり返る可能性があり、論文が書き換えられるだろう。戦争にも食料や馬用の飼い葉、武器防具の運搬などがついて回るのだが、負担が減らせる。武器を疑似アイテムボックスに隠せば身体検査など関係なくなる。国そのものの安全策を考え直す必要がある。商人なら荷の量を増やせるので儲けが増える。もしかしたら馬車がいらなくなる革命も起きる。そして王家がグレンに目をつける事は間違いない。


「で、そんな貴重なトンデモ魔法を教えてくれると…?」

「そうなんです!さらっと"いいよ〜"って!」

「ケーキの作り方教えるのかってくらい軽いな…」

「はい。でもグレンさんって氷の矢を百本も作れるんですよね?

 私の魔力量は少ないので、疑似ボックスも出来そうに無いですけど」


 テストでグレンがやった事を大まかに聞いているソフィだが、にわかには信じられなかった。


「うーん、俺が知る中でアイテムボックスはスキルだからグレン独自の魔法なのか、魔族特有の魔法…下手に広めない方がいいんじゃないか?ランクも下から頑張るって言ってたし、今から目立ちまくると任務どころじゃなくなるぞ。王宮に呼ばれて囲われたら一生出てこれなくなる」

「そうですよね。魔法は気になりますが教えて貰うのはやめておいたほうが…」


 とてもとても残念そうに、ソフィはうなだれた。

 アイテムボックスは本当に便利で貴重なのだ。

 スキルがあるだけで食いっぱぐれないし、時間停止機能があれば商人から引っ張りだこになる。


「魔族ってのも俺の中で八割、九割近く本当だと思ってる。

 魔法の使い方とか、人間にとっての価値を知らなかったりとか…」

「ご自分が美人なのも分からなかったみたいです。ずっと山の中で暮らしてたそうですし」

「そうなのか?あんな美人が山暮らしって面白すぎるぞ」

「任務にラピッド兎お願いしたら、狩りに慣れてるから大きい獲物も期待しててって言ってくれました」

「狩りが得意なのか。剣技や魔法を誰が教えてくれたのかも気になるし…。そもそも何歳だろうな」

「女性に歳の話はだめですよ。私も気になりますが。あと投げキッスに射抜かれました」

「投げ…?とにかく謎だらけだな。敵視どころか人間の組織に自分から飛び込んで来る目的が知りたいな…」


聞けばさらりと教えてくれそうなグレンだが、どえらい爆弾が降ってきそうで怖い。

それに、気安く接してグレンの逆鱗に触れたら、この町が消える可能性も忘れてはならない。


「ソフィ。魔法は習ってみてくれ。

 理論は全く分からんが、お前が出来るようなら絶対に広めるなとグレンに釘を刺す」

「いいんですか?出来るとは思えませんけどね…。

 でも、グレンさんと話すのは楽しいのでやってみます」

「一応言っておくが、絶対に怒らせるなよ?」

「怒らせませんよ!美人さんが怒ると怖いんですよ!?」


ソフィは涙目で誓う。


「あと、魔族ってのもあまり言わない方が良いな。

 変な絡まれ方をしそうだし…魔族を崇めてる宗教家とかいるだろ?」

「いますね。それなんですが、ご本人に隠す気が無いのでどうしようかと…」

「魔族が目の前にいるって信じる人が居ないのが、いいんだか悪いんだか…」

「可能な範囲でいいので、出来るだけ言わないで貰えないかお願いしてみましょうか?」

「そうだな。あえて隠せと言うのは、種族の教示を馬鹿にしているとも取られかねない。

 こっちがその気じゃなくても、押し付けるのは良くないだろうな」


 ダニエルとソフィはコクリと喉を鳴らしながら紅茶を飲む。


「…ええ、グレンさんが魔族でもそうでなくても仲良くしたいです」

「ああ。味方なら心強い…あの氷の矢、思い出しても震える…。争うのは全力で避けたい」


 ぶるりと背を震えさせ、眉を下げて目を瞑りながらダニエルは言う。


「そんなにすごかったんですか?」

「二百本の氷矢が周りに浮かぶのは、綺麗だったが言葉にならん」

「二百本!?百本じゃなかったんですか!」

「木に撃ったのが百、撃ち切れずに残ったのが百だ。

 しかも残りは無効化したんだ。本気出せば千本…もっといけそうな顔してたな」

「ひぇ…私はなんて人に魔法教えて貰おうとしてるんですか!

 出来が悪かったら串刺しでしょうか…!?」

「それは…無いんじゃないか…?流石に…」

「目をそらさないでくださいよ!」

「ソフィ、グレンに最初から失礼ぶちかましただろ」

「うぐぅっ…!!」


 グレンは遠い目をしつつも優しく許してくれたが、今日会ったばかりの人に失礼な態度を取ったのは間違いなく自分である。魔族など、おとぎ話みたいなものと思ってたので思わずあのような態度を…。


「うう…言い訳出来ない…。もう全力で土下座します!!ギルマスも道連れですよ!!」

「なんで死ぬ前提なんだ…」


 涙目でカップを握りしめて騒ぐソフィと、紅茶のため息をつくダニエルであった。

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