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役者は学園に揃う

 学園での一年間はあっという間に過ぎていった。セシーリアの評価は淑女の手本・完璧令嬢と呼ばれる物語通りのものとなり、学園でもっとも貴い女性として扱われている。

 殿下との仲も、表向きは良好。今では幸せそうな穏やかな笑みを絶やすこともなく、殿下の不意の口づけにもこたえることが出来るようになった。

 はたから見れば幸せそうな、順調な婚約者同士に見えるだろう。

 王宮では私は時間のほぼすべてを王妃教育に費やすか、学園の図書館や王城の図書室、隣国から贈られてきた本を読むことで時間を潰していた。

 一年前に比べれば、殿下との仲は穏やかなものになった。いや、私が慣れてしまったというべきかもしれない。

 あの人は無茶を言うけれども間違ったことを言っているわけではない。

 強引であるけれども理由がないわけではない。


(今年、ヒロインが入学してくればやっと始まる)


 殿下の浮気は学園のすべての者が知ることとなり、各家にも伝わるだろう。

 私は原作のように殿下のフォローをしつつ当て馬なんてことはしない。

 物語の結末のようにもさせない。私が目指すのは婚約破棄。

 間違えてはいけない、出しゃばってもいけない。

 私の未来のために、成し遂げなければならない。


(……あの方ですわね)


 入学式に出席する新入生を壇上に近いところに置かれた椅子に座って眺める。横には殿下が座り、その横には学園長が座っている。

 ヒロインの男爵令嬢。シンシア=ハンメルト様。茶色のふわふわとしたボブ、控えめだがかわいらしい顔立ち。魔力に関しては保有量はそこそこだが扱いに関しては疎く、学園でその腕の向上を目指している。また、特殊魔法もしくは聖魔法と呼ばれる医療魔法の才能あり。

 そしてその婚約者の伯爵子息。ランディース=リドホルム様。黒い髪に赤い目の隣国の貴族の血が入った美少年。魔力量は多いものの、それ故に扱いに難があるため、学園で魔力操作技術の向上を望まれている。

 スタートラインはほぼ同じながら、ヒロインはその特殊魔法のこともあり次第に魔力操作技術に差が開いていく。

 そのせいで二人の間に溝が出来てくるのだが、魔力操作技術に差が出るのも当たり前だとセシーリアは思う。

 彼には隣国の貴族の血が混ざっている。彼の魔力はこの国の人の者というよりは隣国の者に近い。

 根本的に操作方法が違うのだから差が開いて当たり前なのだ。

 物語では語られなかった裏事情。物語ストーリーを知っているだけでは知ることのできなかった裏話を今は知ることが出来る。

 魔力のある貴族籍のある15歳の子女が入学できるこの学園に入学できる人数は限られる。去年は19人、今年は13人。在学年数は5年。


「何を見ている?」

「新入生を。今年は特殊魔法の才能がある生徒や魔力量の多い生徒が入学すると聞いておりますので」

「ああ。だがどちらもシアに敵うことはないだろう」

「もったいないお言葉ですわ」

「私のシアは優秀で私も敵わないからな」

「まだまだ学ぶことの多い身でございますわ」


 セシーリアの得意魔法は全属性であり、それには特殊魔法も含まれる。魔力保有量も操作技術もこの国の魔法師団長に迫るとも言われている。

 それに比べ殿下は優秀であるものの、専門機関である魔法師団に勝てるほどではない。

 また武術でもセシーリアは騎士団長に指導を受けるほどであるのに対して、殿下は騎士団員に指導を受けている。

 勉学についても帝王学を修め、また古代文字すら読めるセシーリアに対して殿下は帝王学を学んでいる最中。

 もっともこれらに関しては根本的に今まで学んできたものが違うのだから比べるほうがおかしいというものだ。

 だが口さがないものは二人を比べたがる。これではどちらが国を担うのか分からないのではないかと、陰口に嗤うのだ。


 入学式は滞りなく進み、最高学年の成績優秀者が本来であれば新入生歓迎の言葉を述べるのだが、今は殿下がいるため殿下がその役を担う。


「行こうかシア」

「はい」


 椅子から立ち上がり、差し出された手に手を重ねエスコートされる。

 笑みを浮かべ、壇上へと二人で上がった途端わっと歓声が上がる。

 拡声魔法術式陣の上に立ち、セシーリアはその一歩斜め後ろに立ち笑みを浮かべる。


「新入生諸君。君達が今日この日我らが学び舎に入学できたことを嬉しく思う。これから5年間、よく学び、切磋琢磨し、より上を目指し我が国の発展に貢献してくれるよう、期待している。

 とはいえ私も去年入学したばかりの若輩者。うかうかしてあなた方に追い抜かれないよう共に学んでいこうと思う」


 そう言って殿下はにっこりと笑う。一部の女子から嬌声が上がり、そうでない女子も頬を染めている。それはシンシア様も同じ。

 殿下は歓迎の言葉を言い終わるとセシーリアへ向かって手を出しだす。

 その手に再び手を乗せ、殿下の横に並ぶ。


「私の婚約者のセシーリアだ。同じ二年生ながら学園最高の魔法操作技術者でもある。困ったことがあれば私やセシーリアに聞いてもらっていい。ああ、だがあまりセシーリアと親しくされてしまうと私が嫉妬してしまうのでほどほどにな」


 クスリと笑う殿下にセシーリアも笑みを浮かべて口を開く。


「ご紹介頂きました、セシーリア=ヴィルヘルムと申します。殿下にお褒めいただきましたが私もまだ若輩者です。皆様と同じようにまだ学ぶことの多い身ですので、皆様と共に学べることをうれしく思います。何かあれば遠慮なく話しかけてくださいませね」


 にっこりとセシーリアが微笑めば声こそ上がらないものの、男子も女子も頬を染めた。

 そのあと今度は手を引かれるのではなく腰に手をまわされエスコートされる。

 その様子にまた生徒を誑かしたとあとで言われるのだろうかと内心げんなりとしてしまう。

 冷めきった婚約者同士と物語には書かれていた。ある意味間違いではない。人が言うように仲睦まじい婚約者ではない。

 殿下が私に『王太子の婚約者』としてあるべき姿を求め、そんな殿下から私は逃げ出したくて仕方がない。


 役者はそろった。けれども台本ストーリーが始まるのはここから一年後。

 一年間の間にシンシア様は医療魔法の才能を開花させ、ランディース様は伸び悩む自分と花開いていくシンシア様との差に苦悩し劣等感から距離を置き始める。

 ランディース様には申し訳ないけれど、殿下とシンシア様がうまくいくよう取り計らわせてもらう。

 婚約破棄まで持ち込むにはどうしたらいいのか必死にこの1年間考えた。

 自ら悪役令嬢のようにふるまうのはどうだろうかという結論に達した。

 殿下との仲に嫉妬し、シンシア様をいじめる。

 本来表向き貴族は愛人を持っていて責められることはない。更に王と王太子は公妾を持つことさえ許されているのだ。

 正妻の内心や他の愛人の内心を考えなければ、それは当然の権利だ。

 だからわざと嫉妬した婚約者のようにふるまい、王太子妃として相応しくないようにふるまえば、婚約破棄につながるかもしれない。


 王太子殿下(当て馬)の婚約者(当て馬)なんてあんまりですわ。


 物語ストーリーを知ってたって些細なことで道はずれていく。

 私がセシーリアの役目を放棄すれば物語を変えることが出来るはずだ。


 入学式のみだった今日はこのまま王城に戻ることになっている。

 戻る際に同じ馬車にセシーリアと殿下は二人で乗る。王族の使う馬車だ。揺れも少ないし声が外に漏れることもない。


「殿下と言っていたな」

「申し訳ありませんラディ様。公式の場でしたので思わず」

「………まあいい。それよりも去年に引き続き今年の新入生もお前に見惚れていたな」

「そのようなことは」

「あるだろう。本当にこの顔は人を誑かす」

「どうぞお許しを」

「ああ、勘違いをするな褒めているんだ。妖姫に瓜二つと言われるその顔は外交では有利に働くだろう。半年後隣国から大使が来る。せいぜいその顔で我が国に有利な条件を引き出すように」

「かしこまりました」


 そこで殿下はセシーリアの唇を己の唇で塞ぎ、紅を舐めとる。


「ん…」

「二人っきりの状態で何もしなければ仲を疑われるだろう?」

「そうですわね」


 落ちた紅は車内で何かをしていた証、それは王城につき王太子宮に着くまでの間に多くの人が目撃してくれる。

 完璧な令嬢であり淑女の次期王太子妃と王太子。

 その仲は睦まじければ睦まじいほどいい。

 婚約してまだ一年とはいえ、愛人を作る様子もないほどに良好と言える二人の仲に王都中の国民が楽し気に歌う。

 我が国の未来は安泰だと。


「そうだシア」

「はい」

「今年の新入生を見ていたと言ったが、隣国の血が混ざった男子生徒を見ていたのか?」

「そのようなことはございません」

「ならばいい。同じ隣国の血が混ざったもの同士仲良くなりたいとでも思われては困るからな」

「わかっております」

「そうだ言い忘れていた」

「なんでしょう?」

「二年の制服、似合っているよ」

「……あ、ありがとうございます」


 唐突な言葉に一瞬言葉が詰まってしまう。


「まあ、去年の白もよかったが、その紺色はシアの白い肌を引き立てる」

「そうでしょうか」

「ああ。男子生徒はタイの色が変わるだけだからつまらないな」

「よくお似合いですわ」

「まあ、シアがそう言うのであればいいだろう」


 そこで馬車が王城に着いたようで、馬車が止まり少しして外からドアがノックされる。


「ほら」


 扉を開け殿下が手を差し出してくれる。


「ありがとうございます」


 手を乗せ、馬車を下りてそのまま王太子宮まで二人と迎えに来た侍女と侍従で歩いていく。

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