小さな魔法医エリカ外伝 ~無謀なる挑戦者達~
先を越されたかも知れない。
初老の女、ラワラーは焦っていた。
「アンタ達、早よ行くで!」
後ろから着いて来る男達3人にラワラーが声を掛ける。
「そんなに焦るなや」
「せやせや。慌てる必要は無いやろ?」
「相手は1人だって言うでねぇか。こっちは4人だべ?」
口々に愚痴を言う3人。
「何を言うとるんや! さっさと行って、地位を奪ったるんや!」
3人は、しょうがねぇなといった感じで肩を竦め、仕方無しに急いで歩くのだった。
日が暮れ始めた頃、4人はロザミアという街に到着した。
ロザミアは別名『ハンターの街』と言われる程、ハンターの多い街として知られている。
人口3千人程の中規模の街だが、住人の半数以上がハンターである。
「噂じゃ、ギルドで治療所を開いてるらしいやんか?」
ラワラーが言うと、1人の中年男が答える。
「あぁ、最近ロザミアにフラッと現れて、あっという間に魔法医としての地位を築いたらしいで」
4人は街の門に向かって歩きながら話す。
「せやとしても所詮1人だべ? なら、1日に治せる数も知れてるだよ」
もう1人の中年男が言葉を返す。
更にもう1人の中年男が続ける。
「1人対4人。勝負は見えとるのぅ。ヘッヘッヘッ」
そこにラワラーが続ける。
「それにや、最近になってロザミアは税制が変わったんや。元々2割、他の街なら5割前後の税が、今じゃ0.5割や。オマケにギルドに登録しているハンターは税を免除されるって言うで?」
「「「マジで!?」」」
他の3人が色めき立つ。
更にラワラーは続ける。
「そうや。せやから上手く魔法医としてギルドに登録できりゃ… 1人が1日2~3人も治せば、毎日金貨1枚程度の儲け。しかも非課税と来たモンや♪」
「そりゃ、ラクして稼げるでや♪」
「最高でねぇか♪」
「ヒッヒッヒッ♪」
そして4人は門の前に着いた。
門の前に来ると、門番が2人立っている。
その内の1人が声を掛ける。
「4人か。何処の街から来た?」
4人は口々に答える。
「ワタイ等は旅人や」
「ロザミアには魔法医が居らんって聞いたで、なりに来てやったんだべ」
「最近になって1人来たみたいじゃが、増えても困らんじゃろ?」
「せやせや、早よう中に入れてくれや」
2人の門番は顔を見合わせる。
そして1人が困った様に答えた。
「魔法医なら1人で間に合ってるんだが…」
その言葉に4人は激昂する。
「1人なんじゃろ!? 間に合うワケ無ぇだよ!!」
「常識で考えても無理だべ!!」
「とにかく中に入れてぇや!! ワタイ達の実力を見せたるさかい!!」
あまりにも4人が騒ぐので、門番の2人は仕方無く通す事にした。
遠ざかる4人の後ろ姿を見ながら門番達は呟く。
「無駄だよなぁ…」
「間違い無く無駄だな…」
──────────────────
街の中心部の円形広場にギルドが在り、中から賑やかな声が聞こえる。
4人が中に入ると、ハンター達は一瞥しただけで気にする様子も無く、それぞれが会話や食事を続ける。
それなりに人は多いが、特に隅にある部屋の前に大勢が集まっている。
「ラワラー、あそこかのぅ?」
「せやろね。少し様子を見よか」
そう言って4人は空いているテーブルに着く。
しばらくするとドアが開き、中から1人の男と少女が出て来る。
「あの男かのぅ?」
「子供は?」
「風邪か何かじゃろ?」
ヒソヒソと話す4人。
すると少女の方が男に声を掛ける。
「じゃ、ピートさん。お大事に♪」
…………………………
固まる4人。
「マジかい…」
「あんな子供が?」
全員、信じられないといった様子で見続けていた。
「あれなら勝てるやろ? どうせインチキに決まっとるわ! 仕掛けるで!」
残りの3人も頷いた。
少女が治療を終えた男を見送り、次を呼ぼうとした時ラワラーが声を挙げる。
「ちょっと待ちぃや!」
ハンター達だけで無く、ギルドの職員もラワラーに注目する。
「そんな子供が魔法医やて!? 笑わせんたらアカンわ! どうせインチキやろ!?」
ハンター達の目付きが鋭くなる。
「そうじゃ、そうじゃ! 皆、変じゃと思わんのか!?」
中年男の1人が続ける。
言われた少女は訝しげな表情で見ている。
まるで「こいつ等、何を言ってるんだ?」とでも言いたげだ。
そして…
「次の方。アランさん、どうぞ♪」
ラワラーは激昂する。
「無視しとんや無いわ!!」
少女は溜め息を吐いて言う。
「何ですか、貴方達は… 治療の邪魔をすると、ここに居る皆さんに叩き出されますよ?」
アランと呼ばれた男が続ける。
「テメェ等! エリカちゃんの事を知らねぇんなら、すっこんでろ!」
他の男達も続ける。
「ここに居る連中は何度もエリカちゃんに治して貰ってんだ! ふざけんな!」
「エリカちゃんをインチキ呼ばわりしやがると、ただじゃおかねぇぞ!」
ハンター達の恫喝に怯む4人。
だが、言い出した以上、後には引けない。
「ハ… ハン! そんな子供よりワタイ達の方が上に決まっとるわ! なんなら試してみたろか!?」
その言葉にハンター達の怒りが最高潮に達しようとした時、ギルドの2階から怒鳴り声がした。
「何を騒いでるんだ!!」
──────────────────
「ほぅ? それでアンタ達がエリカちゃんと治療勝負ねぇ?」
ギルドマスターと名乗った男は冷めた目で4人を眺める。
エリカという名の少女は、ギルドマスターの後ろで何やらハンター達をチラチラ見ている。
「そうや、こんな子供が魔法医なんて無理やろ? ワタイ達もこの街の魔法医になったるわ」
「そうそう。4人も魔法医が増えたら申し分無いじゃろ?」
「治療費かて、安くしといてやるだよ?」
「ほうよのぅ、小金貨1枚ってトコかいな。安いじゃろ?」
言い終わった途端、ハンター達は爆笑した。
ギルドマスターは呆れた顔をしている。
「何が可笑しいんや!!」
ラワラーは怒って立ち上がった。
ハンターの1人が口を開く。
「テメェ等、バカか? エリカちゃんの治療費なんて、たったの銀貨1枚だぜ?」
「!!!!」
ラワラー達は絶句した。
「そんなアホな! そんなんじゃ、生活費も稼げんじゃろ!」
中年男の1人が叫ぶ。
「ウソじゃ無ぇよ。エリカちゃんの治療費は、どんな怪我でも病気でも銀貨1枚だ」
ラワラーも声を荒げる。
「せよからこそインチキやないんかい!!」
「テメェッ!!!! まだそんな事…」
ギルドマスターが手を挙げ制止する。
「アンタ達がそんなに言うなら確かめると良い。エリカちゃん、構わないかな?」
「私は問題ありませんよ?」
エリカは平然と応える。
「で、どうだい? 適当なヤツは居るかな?」
どうやらギルドマスターは勝負に参加させられそうな患者をエリカに見繕わせていたようだ。
「一応、1人につき1人ずつ診て貰いましょうか?」
「あぁ、それで良いだろ。で、誰かな?」
エリカは4人のハンターを選び出した。
「その前に自己紹介をして貰おうか。俺はギルドマスターのマーク・グランベル。こちらはロザミア唯一の魔法医、エリカ・ホプキンスだ。で、アンタ達は?」
言われてラワラー達も名乗る。
「ワタイはラワラー・ワイガーロ」
「ワシはビーエ・ワッシカー」
「ワイはアマン・ホホーア」
「俺はジョータ・ポンクーポ」
マークはエリカに言う。
「じゃ、エリカちゃん。それぞれに患者を」
「じゃあ、順番に。最初はラワラーさんから。まずは診察だけ。問診して治療方針を言って下さい。間違ってなければ、そのまま治療して貰います」
そう言って1人の男をラワラーに診させる。
「どないな状態や?」
ラワラーが聞く。
その後ろでエリカも患者をジッと見る。
「最近、腹が痛くてな。熱もあって悪寒がする。吐く事もあるな」
ラワラーは自信タップリに言う。
「ただの胃腸炎やね。熱を下げて腹痛を治せば終わりや!」
「不合格です」
エリカは冷たく言い放つ。
怒るラワラー。
「何が不合格なんや! 腹が痛くて熱と悪寒、ほんで吐く程度やったら胃腸炎やろ!」
「違います」
またもエリカは冷たく言い放つ。
「ほんなら、アンタの見立ては何なんや!?」
「この患者さんは腹膜炎です。そんな治療じゃ、下手したら死んじゃいますよ?」
ラワラーは納得せずに怒鳴る。
「なんでアンタに解るんや!!」
「私には身体の中を透視して見る能力があるんです。医学知識も豊富ですし、一目見れば解ります」
ラワラーは何も言い返せなかった。
続いてビーエ。
「足首の捻挫じゃな。簡単に治るだよ」
「アキレス腱の断裂です。しっかり治さないと、一生歩行に支障が出ます」
次にアマン。
「ただの腓骨骨折じゃ。折れた骨を繋いじまえば終わりじゃ」
「骨折の影響で腓骨神経が傷付いています。神経を修復しないと、そこから下に麻痺が残ります」
最後はジョータ。
「ただの寝違えだべな。簡単に治るだよ」
「脛椎捻挫に加え、椎間板ヘルニアも併発しています。放っておいて酷くなると、手足に痺れが出てハンターとしての仕事に支障が出ます」
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4人の診断に次々とダメ出しするエリカ。
4人は縮こまり、ハンター達は怒りの目を向ける。
「これで理解したろう。お前達程度じゃ、エリカちゃんの足元にも及ばないって事が」
マークの言葉に、4人は土下座して謝った。
「大体お前達、どの程度の魔力があるんだ? ちょっとテストしてやる、オイ!」
マークが言うと、1人のギルド職員がオーブを持って2階から降りて来た。
「お前等、1人ずつオーブに触れてみろ。光の強さで大体の魔力が判るから」
4人はそれぞれオーブに触れる。
「…どいつもこいつも大した事は無いな。骨折なら、せいぜい1日に2人か3人治せるかどうかってトコか。4人居りゃ何とかなると思って来たんだろうが、こんな程度でエリカちゃんに対抗しようとは…」
マークは疲れた表情で言う。
そしてエリカに向かって言った。
「エリカちゃん。こいつ等にエリカちゃんの実力を見せてやってくれ」
エリカは少し困惑した様子でマークに聞く。
「良いんですか?」
「構わんさ。また直してくれるだろ?」
ラワラー達は意味が分からない。
「それなら」
言ってエリカがオーブに触れる。
その瞬間、凄まじい光がオーブから放たれ、ギルド内部が騒然とする。
しばらくして光が収まると、オーブは砂の様にサラサラに砕けていた。
唖然とするラワラー達。
「理解したか? じゃ、エリカちゃん。オーブを直しておいてくれ」
「了解です♪」
エリカがオーブに手を翳すと、オーブは元の球体に戻っていた。
マークは立ち上がり、ラワラー達に冷たく言い放つ。
「理解したんなら、さっさとロザミアから出て行くんだな。まぁ、ハンター達が無事にここから出してくれるとは思わん方が良いだろうが… どうせロザミアの税制でも耳にして安易な気持ちで来たんだろうが、世の中そんなに甘くないんだ。よ~く覚えておけ」
言ってマークは去って行った。
それを聞いたエリカもコクリと頷いて言う。
「まぁ、自業自得だと思って諦めて下さい。本来なら、最後は私が治療してからバイバイってトコなんですけど… 私も貴方達には同情の余地は無いと思いましたんで…」
そう言ってエリカは患者と共に治療室へ入る。
残されたラワラー達は、気性の荒いハンター達から徹底的に制裁を食らい、ボロボロになって半死半生でロザミアから去って行ったのだった。
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後日、ラワラー達と思われる4人組が王都で騒動を起こして第1王女にシバき倒された挙げ句、イルモア王国から追放されたとの噂が流れたのだった。