(2)中編
昨晩更新しそこないました。
アルドリック視点になります。
幼い頃から勉学にも剣術にも力を入れ、7歳を過ぎた頃からは宰相を務める父の元で領地運営の差配と国政について学んできた私は、幸いなことにそれなりに才能があったようで、10歳を過ぎる頃には同年代の令息たちの中でも特に優秀だと認められていたように思う。
我がゴールデンバルト侯爵家は、名家であるが王家の血は入っておらず、王位継承問題に関係しないことも手伝ってか、12歳の時に5歳下の王太子アレクシス殿下の側近候補に選ばれたのも誇らしかった。
父は側近ではなく自分の後継者として宰相補佐にしたかったようだが、まだまだ本人も現役なのでとりあえずは王家からの打診に承諾したらしい。
仕事は忙しいが意外と子煩悩で愛妻家な父と、おっとりしていて少しそそっかしい隣国の公爵家出身の母、そして可愛くて素直な妹と、家族にも恵まれて順風満帆に思えた私の人生だったが、嵐は予想外の方向からやってきた。
7歳のアレクシス殿下は私の目から見ても勤勉で、しかもかなり優秀で性格も良く、この聡明な王太子が己の主だということは幸運だと思った。
ある日殿下と共に王宮の渡り廊下を歩いていると、何故か中庭から子供の笑い声が聞こえてきた。
薔薇の咲き誇る中庭に視線を送ると、そこには朝家で別れたはずの母と妹がいる。
そういえば朝食の時、今日は王妃様にお茶会をしましょうと誘われたと母が言っていたのを思い出した。
王妃様と母は学生時代の友人だったそうだが、確かに主君と臣下という雰囲気ではなく友人同士がお茶を楽しんでいるような雰囲気で、驚くことに妹は王妃様の膝に抱かれて楽しげに笑っている。
「……アルドリック」
「はい、なんでしょう殿下?」
「私は夢でも見ているのか?母上が……天使を抱いている……」
「……は?」
驚いて隣にいる殿下に視線を向けると、まだ幼さが残るその頬が薔薇色に染まっている。
その目は真っ直ぐに妹に向けられていて、キラキラと輝いている。
アルドリックは5歳年下の主君が恋に落ちる瞬間を見てしまったのだと気付いてしまった………自分の初恋もまだなのに。
確かに妹は天使のような愛らしさだと自分も思っているし、今日のドレスは白を基調としたものでふわふわとした大きなリボンが腰の所に結んであるのは、天使か妖精の羽のようでもあるだろう。
だからといって………天使。
ロマンチストなのかファンタジー脳なのかは分からないが、人は恋をすると語彙力が変な進化をするらしいとアルドリックは脳内のメモに書き記した。
「殿下。王妃様が膝に乗せておられるのは天使ではなく……私の妹にございます」
「君の妹?……そうか、母上と一緒にいるのはアルドリックの母御と妹君なのだな。確かに髪色が同じだ」
「ええ、私も妹も髪色は母譲りなのです。母は隣国の生まれですので」
「それは知っていたが……彼女が君の妹ということは、君がいつも自慢していた帰宅するといつも笑顔で抱きついて来るという、あの?」
妹のクラウディアは今でも兄である私をとても慕ってくれているので、殿下の側近候補になって以来帰宅が遅くなりがちなのを寂しがっている。
その為、帰宅すると嬉しそうに駆け寄って抱きついてくるので、抱き上げながらクルリと一周してやるのが日課になっていた。
少々シスコン気味であることは自覚してるが、いつの間にかそんなことまで殿下に話して聞かせていた自分に驚いた。
多分、最初の頃に寂しいと泣かれた日の翌日に話したのだろう。
「そうですね。兄様おかえりなさい、と言いながら駆け寄ってくるので、流石にもうそろそろ令嬢らしくするよう母からは言われているようですが」
「では、街の詐欺師から売りつけられた妖精が生まれる花の種とやらに、毎日欠かさず水をあげているというのも?」
「ええ、あそこにいるクラウディアです」
……我が妹のおバカワイイエピソードを、何故先週の私はしてしまったのか。
明らかにオニクルミだと思われる種を大事そうに窓際の植木鉢で育てている妹に、それから妖精は生まれないよと誰が伝えるのか1年経っても未だに我が家の家族や使用人は互いに役目を押し付けあっている。
そんな我が家の中では可愛いと言われても、貴族令嬢としてはいかがなものかと思われるエピソードの数々を、目の前の幼くも聡明な殿下は知っているはずなのに。
「そうか………良いな、アルドリックは……家に天使がいるのだな!!」
あああああ、ダメだ。
妹だと伝えたはずなのに、天使認定は変わらないらしい。
結局その日以来、殿下は私に会うとこれまで以上に妹の話を聞きたがり、王妃様に強請って頻繁に母と妹をお茶会に呼んでもらうようになった。
せっかくなら一緒にお茶をすれば良いと思うのに、5大公爵家の手前もあり婚約者でもない令嬢と頻繁に会うことはできないというから、これほど執着しているのに相変わらず物陰からこっそり見ているだけの主の姿を見守りながら、王族というのも楽ではないなと思っていた。
王太子の隣にいると執務中でも移動中でも、何故か自分の妹の愛らしさや、彼女をどれほど好ましいと思っているのかを日々聞かされる。
確かに他家の者に聞かれても困る為、話せる相手はアルドリックただ1人だというのも仕方ないのだろうが、可愛らしい恋話はまだしも身内へのあれやこれの妄想まで聞かされるに至っては地味に辛い。
いつの間にかアルドリックは、主君に内心でツッコミながら表情を変えないという特技を身につけていた。
つまり『笑わない令息』の爆誕である。
*****
アレクシス殿下の一目惚れから3年。
相変わらず主君の一方的な恋話を聞かされながら、アルドリック自身は勉学と主君の補佐に明け暮れていた。
本人の希望で2年ほど先延ばしにしていたものの、いよいよ殿下の婚約者を決める為に婚約者候補の令嬢たちを招いた大規模なお茶会が催されることになった。
正直なところ、王太子本人の本音での希望はアルドリックの妹クラウディア一択である。
しかし国の重鎮達の中では、大本命は筆頭公爵家のアルーシャ・レーマー公爵令嬢であり、次点でリオニー・へーブラー公爵令嬢、それに続く形で他3公爵家のご令嬢の名前があがっている。
彼らの中では会場に多く招待されている公爵家以外の令嬢たちは、単に『王太子殿下が自ら選んだ』という体裁を整える為だけの存在でしかなかった。
それを知っているアレクシス殿下は、堂々とクラウディアに会える機会だというのに、朝からかなり落ち込んでいた。
もっと王家の力が強ければ、断固として自分の意思を通せるのだろうが、生憎この国は5大公爵家の力が大きすぎて、彼らを敵に回しては国が立ち行かなくなるのだ。
まだ10歳でしかないアレクシスも、王太子として納得はしていないものの、きちんと王族としての責務を理解していた。
それでも、妹の目の前で他の令嬢を選ぶところを見せたくないのだそうだ。
まあ、当の妹は殿下の気持ちなんて知るはずもないので、たとえそんなシーンを見たとしても『お幸せに』ぐらいしか思わないだろう。
「私のクラウディアを選べないのは分かっているが……私ではない者が彼女の横に立つのは耐えられそうにない」
「あー……はい。お気持ちはよく分かっております。まあ妹は『殿下のクラウディア』ではないですが…」
「はぁ―――。アルドリックはまだ恋もしたことないだろう?……辛い…」
深く溜息を落とす主君の背をポンポンと叩き、会場を見渡した。
花畑かと錯覚するほど色とりどりのドレスに身を纏った令嬢たちが、チラチラとこちらに視線を送ってくるが、一見控えめな視線であるにも関わらず、まるで猛獣が獲物を狙っているような目だと思った。
まあ、アレクシス殿下は金髪碧眼の紅顔の美少年である。
見た目も完璧な王子様な上に、将来を約束された有能な王太子となれば、野心がある者でなくても誰かを蹴落としてでもその婚約者の座を手に入れたいと思うに違いない。
このお茶会の姿を借りた戦場で我が妹はどこにいるかと視線をあちこち彷徨わせると、デザートの置いてあるテーブルの前で嬉しそうに物色してる姿を見つけた。
まさか自分が王太子殿下の想い人だなんて、あの素直すぎる妹は思ってもいないだろう。
そう思って内心で笑っていると、妹の前をスッと横切った人物に自然と視線が移った。
その瞬間、まるでそこだけが光り輝いているように見えて、アルドリックは胸がドクンと跳ねる音を聞いた気がした。
なんでこんな所に妖精がいるんだろう……って、妖精なわけあるか!!
一瞬頭の中に浮かんだ感想に、自分自身で驚いて即効で盛大にツッコミを入れてしまった。
視線の先には、輝くプラチナブロンドをハーフアップにして、瞳と同じ深いサファイアブルーの少し落ち着いた上質なドレスに身を包んだ少女がいた。
月の妖精が現れたなら、きっと彼女のようなのだろうと思ってしまうほど、美しくて清廉な雰囲気の少女は年齢にしては大人びているように見えた。
現在通っている王立学園にも同年代の美しいご令嬢は沢山いるが、これほど見惚れてしまったことはなかった。
なにより衝撃を受けたのは、自分の頭に浮かんだ感想が、まるで常々呆れていた主君とまるで同じような感想だったからだ。
そして彼女の持っている髪色や瞳の色から察するに、彼女こそが正に主君が選ぶべきであると皆が思っているアルーシャ・レーマー公爵令嬢であった。
普段は公爵領の屋敷で暮らしているという彼女に会ったのは、初めてだった。
美しいと聞いていたが、まさかこれほど美しい少女だったとは。
しかもあれで妹や殿下と同い年の10歳……将来が恐ろしい程のポテンシャルを秘めている。
主君の一目惚れを『一目惚れって言っても色々話も聞いてたからじゃないの』なんて思ってた全アルドリックが、脳内で一斉に土下座している。
すみません、ごめんなさい、あるんですね一目惚れ!!!と。
けれど、15歳にしてようやく訪れたアルドリックの初恋は、始まったその日に終わりを告げた。
いやむしろ秒だ。
秒殺KO失恋である。
ズキズキと痛む胸の痛みは一切顔に出すことなく、アルドリックはアレクシス殿下の斜め後ろでお茶会の間中、彼のサポートに徹していた。
終盤、急に体調が悪くなったらしい殿下が額に汗を滲ませ始めたので、したくないお茶会のストレスだろうかと少し早めに会を終われるよう段取りを組み直した。
さらば私の初恋よと内心涙に暮れながら。
まさかその日の翌日、殿下と妹が電撃婚約したあげく、そのまま妹が帰って来なくなるとは想像もしていなかったのは言うまでもない。
******
「大変申し訳ないのですが、本日を以て殿下の側近の任を辞すことになりました」
妹が殿下と婚約して1ヶ月。
殿下の事情が事情なので、他の側近候補は置けないままの執務室には3人しかいない。
私と、殿下と、妹。
それでもって、殿下は妹を左隣に置いた椅子に座らせて手を繋いだまま書類にペンを走らせている。
昨日はソファに座る妹の膝枕で嘆願書を読んでいた。
「は?何故だ?やはり私の側近では不満だったか?」
「いえ……というか…もう勘弁して欲しいというか、居た堪れないのですが」
「お兄様、はっきりおっしゃって?」
触れていないといけないのは知っている。
知っているけど、まだ幼き身内のイチャイチャを間近でずっとずっとずーーっと見せ続けられるのは……勘弁して欲しい。
男としては羨ましいし、兄としては居た堪れない。
妹は純粋に王太子殿下を天恵で助けているつもりなのだろうが、その殿下の妄想まで聞かされていた身としては、おそらく意外と腹黒い殿下は嬉々として、そう遠くないうちに妄想を現実にするのだろうと思っている。
私だってできることならアルーシャ嬢といちゃいちゃしたいが、そもそも婚約申し込みの手紙をレーマー公爵家へ送りたいと思っても、犯人がハッキリせずレーマー家も容疑が晴れないままである以上、それも叶わなかった。
もちろん私自身は、妖精のようなアルーシャ嬢が魅了魔法など使うとは思ってもいないが、それを証明することも未だ出来ずにいる。
また、アルーシャ嬢自身がどう思っているかはともかく、おそらくレーマー公爵はまだアレクシス殿下との縁談を諦めていないだろうし、侯爵家を差し置いて婚約者となったクラウディアとゴールデンバルト家を良く思っていないことは明白だろう。
その証拠にあのお茶会以降おそらく殿下に会わせる為なのだろうが、最近王城で勤務中のレーマー公爵への届け物は、領地へ戻らず王都の屋敷に居を移したらしいアルーシャ嬢が侍女を連れて届けに来る。
2週間に既に5度も見かけているのだから、なかなかの頻度だと思うが、廊下などですれ違う度、アルーシャ嬢の冷たい視線が殿下や妹、そして一緒にいる私にも向けられるのも心底堪える。
きっと『マナーがなっていない令嬢と主の愚行を止められない無能な兄』と思われているに違いない。
姿を思い出すだけで胸が震えるほど惹かれた相手に嫌われていると思っただけで、胸が潰されそうになって、酷いときは涙だって出そうになる……泣かないけども。
他の公爵令嬢たちもそれぞれ口実を作って登城しているのだが、それはあまり目に入っていないことには気付いていないアルドリックである。
「まず、申し訳ないですが……流石に自分の主と妹のいちゃつく姿をずっと眺めているのは、勘弁願いたいのです」
「い、いちゃつくって!!もう、兄様ってばこれは治療みたいなもので…」
「あー…うん、アルドリックの気持ちは理解した。でも君がいないと執務が回らないけど」
真正面から理由を切り出せば、顔を真っ赤にした妹と予想外に納得顔の殿下がいたが、その眉はへにゃりと下がっていて年相応の少年に見えた。
殿下も私が傍を離れることを、少しは心細いと、寂しいと思っているのだろうか。
「いっそ妹に任せてみては?ぼんやりしているようで、意外と賢い妹なので。どちらにしても一緒にいるのであれば、王太子妃教育の代わりだと思えばよいでしょう。私も最初は宰相補佐室と兼務します」
「それなら私は構わない。それで…?優秀な君のことだから、わざわざ側近を辞するのはそれだけが理由じゃないんだろう?」
「殿下には陛下にお願いして、王家の影をつけて頂くことになっております。おそらく周囲は私が殿下の不興を買って殿下から側近を外されたと見做し、油断するでしょう。その間私は容疑のある貴族家の目を潜って、犯人探しと魅了酔い解除の方法を探します。たとえ何年かかろうとも」
「お兄様!……承知致しましたわ。では私も、私にできることを沢山頑張ってアレク様を支えますわ!」
「そうだな、私もこれまで以上に励むとしよう。頼んだぞ、アルドリック」
こうしてその日から、王太子アレクシス殿下の側近を辞した私は、表向きでは宰相補佐として、裏では犯人を捜すために奔走することになった。
案の定、私と殿下や妹が不仲であると噂が流れたが、予想してたことでアルーシャ嬢に嫌われることに比べたら、正直そんなことでは傷つきもしなかった。
あの日は本当に大規模なお茶会であった為、招待されていた令嬢は37人、付き添いの者も含めれば100名を超える。
まずは教会と魔法師団に内密で協力を依頼した。
今後国を発展させる為にも『天恵』の報告義務化にシフトする予定だと父の叔父にあたる枢機卿に伝え、教会には特に招待された令嬢の『天恵』を開示できるならば神殿と王家へ届出するよう各家門へ説得してもらいつつ、渋る様子を見せる家門がどこであったか報告してもらうことにした。
正式な報告義務化は貴族議員の御前会議での3分の2以上の承認が必要になるが、5大公爵家が賛成するとは思えないし、魅了持ちの令嬢を抱える家は決して賛成することはないだろう。
魔法師団ではマクシミリアン殿下に中心になって頂き、魅了魔法の解呪方法を探してもらうと同時に、生まれて最初の洗礼時に教会の水盤にたった一度表示される天恵を、強制的に表示させる魔法の開発をしてもらうことになっている。
とはいえ、どちらの組織にも招待された家門の関係者が多く所属している為、迂闊に情報を掴まれるわけにもいかず、極少数のメンバーで進めている為に捜査も調査も開発も遅々として進まなかった。
最初の10人程は天恵の開示に抵抗することなく開示と検証に一家揃って協力してくれたものの、残りの27人は、開示そのものを拒んだ者が8人、開示はするが検証は拒否するものが19人と先は長かった。
検証とは、教会内のある部屋で実際に天恵を使ってみせることであったが、検証を拒む者の中には、『自己蘇生』や『死に代わり』など安易に検証できない類の天恵も含まれていた為、強制もできない。
様々な交渉を経て、なんとか半数以上の家門の令嬢や付き添いだった者などの天恵確認が終わったものの、未だに犯人は分からなかった。
何度か状況を確認するために妹と手を離した殿下も、むしろ年齢があがるにつれてかけられている魅了魔法も強くなっているようで、見ている此方まで胸が痛くなるほど苦しむ姿に、クラウディアの方が音をあげて離れることを拒否するようになっていった。
2人の為にも早く解決したかったが、なにより一番の問題は、開示拒否した中には5大公爵家が含まれているという点だった。
もちろん、想い人であるアルーシャ嬢も。
最も懸念していた公爵家の関与が疑われる状況に、王家もゴールデンバルト家も事態を大きく好転させることができないままに、4年の歳月が流れていった。
糖度がなくて倒れそうです。
タイトル詐欺といわれぬよう、後編でなんとか挽回できるよう頑張ります。
もし少しでも面白い!更新頑張れ!等思っていただけましたら、ブックマークや評価、いいねなどして頂けたら嬉しいです。
優しい読者様からの応援、とても励みになります!
評価はページの下にある【☆☆☆☆☆】をタップしていただければできます。




