(1)前編
ご要望があったので、前作「慎みが無いと評判の令嬢です。破廉恥だの令嬢失格だのと言われますが、婚約者と離れるわけにはいきません。」の脇役カップルのお話を投下します。
公爵令嬢であるアルーシャ・レーマーは、この国の貴族令嬢の鑑と謳われている。
煌くプラチナブロンドに理知的なサファイヤブルーの瞳を持つアルーシャは品行方正・才色兼備を体現しているとも言われ、周囲からも慕われ、身分は王家を除けばこの国最高峰の筆頭公爵家。
祖母は先代国王の王妹であるため、幼い頃は親からも周囲からも、王家に入るに相応しい、次の王太子妃は彼女に違いないとまで言われていたが、アルーシャ自身は同い年の親戚でもある王太子アレクシスのことを恋慕しているということは特になかった。
自身でも醒めた子供だとは思うが、貴族家に生まれたのでもしも王太子の婚約者に選ばれたなら力を尽くすし、そうでなくても嫁いだ家の為、国の為になりたいと考えていた。
周囲のアルーシャを見る目が変わったのは、5年前。
アルーシャや他家の高位貴族令嬢たちも招かれていた王太子殿下の10歳の誕生日を祝うお茶会の翌日、突然王家から王太子の婚約者がクラウディア・ゴールデンバルト侯爵令嬢に決まったと発表があった。
アルーシャ自身は『ああ、クラウディア様に決まったのか』ぐらいの感想しか抱かなかったが、親や周囲はそうは思わなかったらしい。
当然選ばれて然るべき立場でありながら、格下の侯爵令嬢に負けて悔しくないのかと母からは責められ、父と兄からは溜息をつかれた。
周囲の大人は腫れ物を扱うようにその話題を避けつつも、やはり筆頭公爵家との縁は欲しいのか、歳の近い令息を持つ家からは続々と釣り書きが届いた。
子息を持つ家からのお茶会の誘いが増え、逆に令嬢たちからの招待は急激に減り、アルーシャに取り入る必要はないと判断したことが、子供心にさえ分かってしまった。
いつだったか、母方の従兄に当たるクレーデル公爵家嫡男の誕生会に招かれた時などは、アルーシャを最もライバル視していたであろうへーブラー公爵家のリオニー嬢からあからさまに煽られたこともある。
「私、てっきり次の王太子妃にはアルーシャ様が選ばれると思っておりましたのよ?アルーシャ様が何か……選ばれない理由でもあったのかと、中には勘ぐる者もあるでしょうけど、お気になさらないでくださいましね?」
一見労るような、それでいて瞳の奥にある嘲る気配を隠すつもりのない目線に態度。
選ばれなかったのはアルーシャと同じはずなのに、己の勝ちを確信したかのような態度に不快感を感じたのをよく覚えている。
状況次第で態度を変えるのが、良くも悪くも貴族という生き物だと、弱冠10歳にしてアルーシャは身を以て知ることとなった。
それでも、娘を王太子妃にすることを諦めきれなかったのだろう父レーマー公爵は、大量の釣り書きには断りを入れるか、もしくは保留の返事を返し、様子見を決め込んだのだ。
何故なら、王太子の婚約者となったクラウディア様の振る舞いが、あまりに慎みがなく、未来の王妃には相応しくないと社交界で噂が出始めたからだ。
父は国務大臣を務める非常に冷静で優秀な人物でもあったが、彼が氷の公爵と呼ばれるのは何もその髪色や瞳の色や冷静さからだけではなく、身内にさえ義理人情より利益や効率を優先する冷徹さをも指している。
表向き決してそうは見せないが非常に野心家な面もあるのがアルーシャの父であり、他の公爵家から嫁いできた気位の高い母と、父にそっくりな兄。
そんなアルーシャの家族であったから、人より優れているのは褒めるようなことではなく当然のことであり、幼い頃からただの一度も親から頭を撫でられた記憶すらなかった。
ところが、様子見を決め込んだのは何もレーマー公爵家だけではなかったようで、5大公爵家はそれぞれ同年代の娘たちの婚約者を決めぬまま年月が流れていった。
そしてお茶会から5年の月日が流れた。
いつしかアルーシャに対する周囲の態度は、5年前のお茶会以前と同じようなものに戻っていたが、それすらも内心では誰が日和見なのか判断する良い材料だと思うようになっていた。
時々王城へ行く度に見かける王太子殿下とクラウディア様の2人はいつだって人目も憚らずにくっついていて、いくら互いに好き合っていたとしてもあまりにマナーがなっていないと感じたアルーシャは、遠くから冷たい視線を送っていた。
15歳になり王立学園で2人に毎日会うようになったアルーシャは、まさか王宮で見かけていた光景が毎日のことだとは思っていなかったこともあり、確かにこれでは『慎みがない』と社交界で非難されても仕方ないと思った。
けれど、王太子殿下はどう見ても婚約者であるクラウディア嬢を溺愛しているように見えるし、彼らを諌めない王家もまた、クラウディア嬢を王家に迎えることに賛成なのだと感じてもいた。
そうであるなら、おそらく自分が彼女に取って代わることは困難であろうし、それより彼らの行動を改めさせるよう、教え諭すことで彼らの評価を上向きにするべきであろう。
こうして、アルーシャは毎日彼らと顔を合わせては、疎まれるであろう覚悟もしつつ、彼らを諌め続けたのだった。
*****
先日行われた国王陛下の誕生を祝う夜会の後、国中を揺るがす重大な発表が行われた。
王太子殿下が5年前から複数の令嬢からかけられた魅了魔法によって『魅了酔い』を起こし体調を崩していたこと。
殿下の症状を抑えるためにはクラウディア嬢の持つ天恵が必要で、それを使うためには身体のどこかが触れていなければならない状況であったこと。
犯人は、ヘーブラー公爵家、ヘッケン公爵家、そして1年前に王命で降爵されていたマイネ伯爵家であること。
そして処分は全て終わっており各家門は降爵し、当主は次代に譲った上で収監、3人の令嬢は天恵を封じる魔力封印処置を施され修道院へと送られたこと。
それらのことが事前に我が家にも知らされていなかったということは、やはり我が家にも嫌疑はかけられていたということだろう。
それも仕方ないかもしれない。
魅了魔法こそ使ってはいないものの、私の父は確かにクラウディア嬢を追い落とし、娘を王太子殿下の婚約者にしたいと思っていたのだから。
それが権力を欲してなのか、国を思ってのことなのかは分からないし、その両方なのかもしれないが。
とにかく理由が分かったからには、これまでの態度を詫びたいと、放課後に王城の王太子執務室を訪ね、長年の態度を謝罪したが、2人は笑って許してくれた。
クラウディア嬢に至っては友達になって欲しいと……。
実はアルーシャには所謂友人はいなかった。
もちろん周囲からは慕われているが、公爵令嬢同士は微妙なバランスの上にある関係だし、周囲の人々もアルーシャやレーマー家が何か失態をおかせば簡単に離れていくことは5年前のことで痛感していたからだ。
それが次期王妃となる女性から、これほど真っ直ぐに『友人』であることを求められた。
胸が打ち震えるほど嬉しくてすぐに了承したものの、視線を上げた先、目の前の光景を見たアルーシャは、内心深い溜息をついた。
「ところで、殿下、クラウディア様。殿下の魅了酔いは無くなったはずですわよね?」
「ああ、あの日以来何の不調もないな」
「そうですわね。事後処理で多少寝不足気味という程度でしょうか?」
「でしたら、何故、クラウディア様を膝に乗せて執務をなさっていらっしゃるのか、伺ってもよろしいかしら?」
私がいつものように完璧な笑顔を貼り付けて問いかけると、キョトンとした表情のクラウディア嬢が次第に頬を赤く染めた。
王太子殿下の膝に座った姿勢のままで……。
もう触れる必要はないのなら、やはり貴族令嬢たるもの品位と礼節を大切にして、慎み深くあるべきですのに。
「あ……そういえばそうだな」
「いつもの癖で、アレク様の膝に座ってしまっていましたわね。私もこれから気をつけないと……」
「お2人とも、ついじゃございませんわよ!今までは仕方なくとも、今後は気をつけてくださいませんと、お2人は皆の見本となるべきお方なのですから!」
「「……気をつけます」」
しょんぼりと肩を落とすクラウディア様は反省しているように見えるが、王太子アレクシス殿下は一見しょんぼりして見せているのだと分かる。
この方は甘え上手で天然なフリをして、純粋なクラウディア様を囲い込んでいるのだろうなと、私も最近分かってきた。
きっと叱責したところで聞いてはもらえないだろうが、やはり誰かは言わねばならないだろう。
彼らを叱責し諌めることが出来る立場の者は意外と少ない。
なんと言っても、国王夫妻が咎めないのだから、他の貴族達も内心はどうあれ右へ倣えの状態だ。
それならば結局のところ、友人にと望んでくれたクラウディア様の為にも、筆頭公爵家の者としても、私がその立場になるしかないと心に決めて、執務室をあとにした。
夕日の差し込む王宮の廊下を歩いていると、途中の柱に凭れて長身な誰かが立っているのに気付いた。
「レーマー公爵令嬢、いつも妹が迷惑をかけてすまない」
「まあ、ゴールデンバルト侯爵令息様でしたか。私の方こそ、事情も知らずにお2人に失礼な態度をとっておりましたもの。先程謝罪に伺いましたの」
「私の知る限り、貴女が謝罪するようなことは何もないかと思いますよ」
夕日に照らされて佇む青年はクラウディア様の兄のアルドリック・ゴールデンバルト侯爵令息で、確か私よりも5歳年上だったかと思う。
宰相を務めるゴールデンバルト侯爵の補佐をしている怜悧な青年は、彼の妹と同じ黒髪と淡い紫の瞳を持つ凛々しい人物であり、笑顔を見せない令息としても有名であった。
しかしつい先日まで彼の妹が、素行を理由に遠からず『王家に嫁ぐに不適合』との烙印を押されて家門も没落するのではないかと噂されていた為に、本来ならば超優良物件であるにも関わらず未だに妻どころか婚約者すらいない。
こんな不遇を、よくまあゴールデンバルト家は受け入れていたものだと思う。
「ふふっ、流石にご兄妹ということでしょうか。お2人も同じことをおっしゃいましたわ。それだけでなく、クラウディア様はお友達になりましょうと言ってくださいましたの」
「そうですか。例の事情のせいもないわけではないが、些か立ち回りが未熟な妹たちだ。貴女のような方が妹の友人になって頂けるなら心強いだろう。私からもお願いしたい」
「私も友人は少ないので、嬉しいですわ。それにこんなに妹想いのお兄様がいらっしゃるクラウディア様が……少し羨ましいです」
妹の為に頭を下げる青年は殆ど表情は変わらないものの、その瞳は曇りなく真っ直ぐにアルーシャに向けられていて素直に好感が持てると感じた。
自分の兄は、私の為に年下の令嬢に頭を下げてくれるだろうかと考えて、それはないだろうと結論づけた。
兄は良くも悪くも筆頭公爵家の嫡男であることに誇りを持っている。
しかも、ようやく昨年王弟殿下が結婚なさったとはいえ子供はまだいない為、兄の王位継承権は実質王太子殿下、王弟殿下に継いで第三位。
むしろ兄はアルーシャが王太子妃になることより、クラウディア様と共に王太子殿下が排斥され、自分が王太子になる未来さえ見据えていたであろうから。
「そうですか?私は妹にも殿下にも口煩いとよく言われますよ」
「まぁ!ふふ……ではおっしゃらないだけで、きっと私のこともそう思っていらっしゃるでしょうね…」
「そうでしょうか?あの2人は私には遠慮がありませんからね。しかし……貴女の叱責は実に的確で聞いていて気持ちいい…ふっ」
そういった瞬間、微かに口元に弧を描いて彼が笑った。
これまで何度も彼とは夜会などで会ってはいたものの、こんな間近でこんなに長く話すのも初めてのこと。
まさか『笑わない令息』である彼が……目の前で笑っていた。
大人っぽいと思っていた青年が、笑顔になるとこんな少年みたいな顔をするなんて思っていなかった。
しかも、笑った原因は私の叱責……え、叱責!?
「まあ…ご覧になっていましたの?」
「見てはいないが、聞こえてはいたかな」
「……お恥ずかしいですわ」
極力顔に出さないように心がけたが、先程の叱責の声を聞かれていたという羞恥と、思わぬ表情を見て早くなった動悸で、おそらく頬が赤くなっているだろう。
願わくば夕日の赤さで誤魔化されてくれれば良いのにと、願わずにはいられなかった。
「別に声を荒らげた訳でもなく、当たり前のことを言ってくれたのだ。貴女が言わなければ、私が同じことを言っていたさ。恥ずべきは未だにあの癖の抜けぬ愚妹と、それを良いことに隙あらば妹に触れようとする殿下の方だろう?」
「ふふっ、そんな言い方なさってもお二人がお好きなのでしょう?」
「……何故そう思われる?社交界では、私は2人と反りが合わないと言われてるようだが」
あまり変わらぬ表情の中、薄紫の瞳が軽く見開かれて少し驚いていることが分かる。
確かに社交界ではそのような噂が出ていたのは知っている。
5年前の時点で、既に王位継承権を持たない令息の中では最も家格が高く能力もあると評判を得ていたアルドリックは、王太子であるアレクシス殿下の側近候補として学園が終わった放課後は王宮に伺候していた。
ところが、彼の妹が婚約者に決まった途端に側近候補を外れ、父である侯爵の補佐として宰相室に通うようになっていた。
王太子が彼を疎んじたとか、妹とは不仲だとか噂されたが、アルーシャは彼が側近を外れた理由が2つほど思い当たったので、そんな噂を信じてなどいなかった。
「ですがお二人の話をされている時の目を見れば、大切にされているのだと分かりますわ」
「……そうか。殿下からは少々疎まれている所はあるのだが、貴女からはそう見えるか」
アルドリックが彼らに接する態度は、厳しく見えても愛情が垣間見える。
おそらくは、妹が婚約者になった上に兄が側近ともなれば、貴族間でのバランスが悪くなると考えたのだろう。
更に言うならば……自分の妹が毎日目の前でイチャコライチャコラ婚約者とくっついて過ごすのを間近で見守るとか……逆の立場で考えても普通に無理だとアルーシャは思った。
だから、彼が側近候補を辞したのはアルーシャからすれば当然の判断だと思えた。
「父からも優秀な方だと伺ってもおりましたが、ご自分の事には意外に不器用でいらっしゃるのね」
「普段は器用だと言われている。……そんなことを言うのは貴女ぐらいだ」
「私としたことがつい軽口を……申し訳ございません。ご不快でしたか?」
つい思ったことがするりと口から出てしまい、怒らせてしまっただろうかと少し俯いた彼の顔を覗き込むように首をコテンと傾げて尋ねた。
彼は口元を片手で押さえ、何か小さくボソボソと呟いていたけれど、困ったようにほんの少し眉尻を下げた。
「構わないよ。寧ろ今後も是非、私だけでなく殿下や妹の行いで気になる事があれば忌憚なく言って欲しい」
「あまり口煩いとせっかく友人に、と望んで頂けましたのに嫌われてしまいませんか?」
「それはないだろう。妹は賢い割に素直すぎるきらいはあるが、これまで貴女を悪く言っているのを聞いたことはないから。貴女は貴女のままで十分素敵な淑女なのだから、これまで通りに妹の良い手本になってくれると嬉しい」
だから大丈夫だと笑いながら、おそらくは妹であるクラウディア様にするように……彼は私の頭を軽く撫でた。
サラリと一瞬撫でられた感触に、息も鼓動も止まった気がした。
生まれて初めて頭を撫でられたことに、くすぐったい様な喜びと恥ずかしさが一度に襲い掛かってくる。
どうしてこの方は、こんなに表情も変えないままにガンガン攻撃して来るのだろう。
私の冬眠していたはずの乙女心が、今や地雷原でワルツでも踊っているぐらい集中攻撃くらいまくっている。
ああそういえば、子供の頃から物語で心惹かれる人物は、大抵彼のような怜悧で大人っぽいタイプだったなぁと、絶対今思い出してはいけないことまで思い出してしまった。
こうして私は今度こそ顔をあげることも出来ず、夕日で2人の影が長く伸びる足元を見つめて俯いたまま、なんとか頬の熱に早く冷めて欲しいと懸命にお願いする羽目になったのだった。
慎み令嬢が予想外にランキングに踏ん張っていてビックリしています。
読んでくださった皆様に感謝いたします。
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