攻防
「ちょ、ちょ、なんすか! すっげー嫌です!」
「まあまあ、たまには男の肌とかも必要じゃね」
「いらないっす、全然ノーサンキューです」
本気の心が気づかれてはならない。おれは、高田の耳にめがけて息をフーフー吹きかけて、たちの悪い酔っ払いの絡みであることをアピールした。
「うわ! なんすか! くそ気持ち悪いっす!」
おれは足を巻き付けて、高田の体を腕ごと締め付けていたので、高田は一生懸命首だけを動かして、おれの息をかわしていた
「おいおい、逃げないでくれよ~」
酔った勢いとはいえ、ベストなシチュエーションが生まれたと思った。二秒どころか、向こうが警戒していないこの状態が続けば、かなりの時間を有効に使える。高田はやっぱり先輩への敬いを失わない。こんな嫌な状態でも、本気でふりほどこうとはしてこない。ある程度、おれのわがままを許している。
「おーし、グリグリしよう」
まだ、引き返せる。その思いもやっぱり消えはしない。抱きついてみて伝わる高田の体温と体臭。この生暖かなものたちが科学の力で果たして再現できるんだろうか。次から次へと出てきてしまう迷い。こんな中途半端でいては、致命傷を負うかもしれない。
おれは左腕を高田の首に回し、USBメモリーを握った右拳を高田の後頭部に近づけた。いよいよ、重要部位への接触。おれは右拳にめぐらされた神経を尖らせた。
「おらー、どうだあー」
おれは軽く高田の後頭部をグリグリした。軽くしたほうが、ふざけている感がさらに伝わると判断した。
「もう、やめてくださいっす! もう泣きそうっす!」
穴は無かった。USBメモリーを差す穴は何処にもない。
「おーし、大介帰ってきたらやめてやる」
一ヶ所だけ、少し皮膚が盛り上がっているところはあった。その場所は、まさに神木がおれの後頭部を指差した部分だった。
もしかして。
いま思ったことがもしビンゴであれば、行動を起こした瞬間から高田は豹変する。間違いなく、その瞬間から後戻りはできない。
「もう勘弁してください、マジでキモイッす」
かわいく困った声を出す高田。いったいどんな風に変わるのか想像できない。
おれは高田の後頭部にあった盛り上がり部分の髪の毛をつまんだ。もうやろう。カッターナイフで血が出なかったことも、ブラックアウト現象とかいうのも、おれは見たんだ。この世界にあってはいけないものをおれは見たんだ!
おれはつまんだ髪の毛を思いっきり引っ張った。
やはり取れた。髪の毛と共に親指ぐらいの皮膚も取れた。思った通り、フタがされていた。
USBポートが姿を現すとともに、高田は無言でとんでもない力を出し始めた。ただ、おれもすぐに次の動作に入っていた。USBポートがあることを前提として、髪の毛を引っ張り、皮膚のフタが取れた時点で、巻き付けた体をふりほどかれないように、全身に力を入れなおし、右手はUSBメモリーを差す込む動作に入っていた。
「くっ」
なかなか入ってくれない。鍵穴に合わせるようにすり当てているのに、最後のザクッという感触がこない。もしかして、上下逆で差し込もうとしてしまっているのか。
高田は言葉を発しない。徐々にパワーがあがっているのか、だんだん振り解く動きが大きくなってきた。これ以上はまずい! そう思った瞬間だった。
「ぐっ!」
左の二の腕に激痛が走った。高田はワイシャツごとおれの二の腕を噛んだ。とんでもない痛み。ヤバい、やはり無謀だったか。
「お前ら、何やってんの」
一瞬の出来事だった。大介の声に反応して高田が力を抜いたとき、おれの脳はUSBメモリーを差し込むことを優先した。この差が命運を分けた。右手でUSBメモリーをひっくり返し、間髪いれずに高田の後頭部に差し込んだ。
「よし……」
やっと入ってくれた。USBメモリーは見事に高田の後頭部にあるポートに接続された。
「え」
引き戸を開けながら突っ立っている大介を、おれは急いで部屋に引っ張り入れて、引き戸を閉めた。
高田の顔を見て、全身の毛が逆立つ思いがした。高田の目玉が真っ黒になっていた。後頭部に差し込まれたUSBメモリーがチカチカと赤く点滅を続けているのも相まって、異様な光景になっていた。
「こいつ、人造人間なんだよ。詳しいことは、あとで説明するから」
息切れして、腕から血を流しているおれから、踏み込んではいけない何かを察してくれたのか、大介は「お、おう」と返事だけして、自分の席についた。