盛り上がる会話
店員さんがお通し三つと生ビール中三つを持ってきたところで、おれたちは適当に料理を注文した。
「じゃあ、高田がさっさと帰ることを願って」
ジョッキを持った大介に合わせて、おれもジョッキを持った。
「カンパーイ!」
おれは勢いよく大介のジョッキをガチンと鳴らした。高田も「何すかー、それー」と不服を漏らしながらも、おれたちのジョッキに自分のジョッキをぶつけてきた。
三人の飲み会は思いのほか盛り上がった。高田のいじりネタを軸に、うちのチームメンバーの変なとこランキングを勝手に作ったりしていた。
「吉井さんの異常なゴルフ好きもスゲーけど、やっぱり一位は上手さんのあれじゃね?」
大介はあれから、五杯は飲んでるだろうか。三杯目あたりから冷酒に切換えたので、そこからアルコール摂取量は格段に跳ね上がっている。大介は店員さんから薦められた日本酒をかなり気に入り、その後もその日本酒を冷で注文した。
「ほんとこれ、口当り超いーわ」
おれは大介を無視した。
「木崎さん、相当飲んでません?」
高田は大介ではなく、おれのほうに話を振ってくれた。
「バカ言ってんじゃねーよ、大介ほど飲んでねーわ」
「いやいやいや、むしろ木崎さんのほうが飲んでますって」
高田の指摘通り、実はおれもかなり飲んでいた。「めちゃくちゃ旨いわ、これ」と言って、おれも大介と同じ日本酒をグラスで何杯も飲んでいた。
「おい! 俺の話聞けっつーの!」
誰も話をきいてやらない大介が怒り出した。こなってくると、おれはもっと怒らせたくなる。
「このさあ、先ずグラスの中のもん飲み干してさあ、グラスを枡から取り出して、枡ん中にこぼれた酒をもっかいグラスに注ぐの嬉しくなんねー?」
おれはグラスの中の酒がまた増える感じがして、にやけてしまう。
「全く理解できねー」
「別に、こぼれたものを元に戻しただけかと」
誰の賛同も得られないとは想定外だった。
「お前らみたいなおぼっちゃんたちに、この美学は分からんか」
「おいおい、だたのびんぼー症だろー」
「右に同じです」
こいつら、バカかと思った。小さなことで幸せになれるほうが、いいに決まってんだろう。
「お前らほんと分かってねーな」
おれは悪態をついて、ため息も漏らしてやった。
「いや、だから、そんなことどーでもいいんだよ! 俺の話聞けっつーの!」
大介がまた怒ったところで、声をあげて笑ってしまった。そういえば、こいつをさらに怒らせるために、別の話をしていたところだった。大介はいじるとキレ始めるから面白い。当然、本当には怒っていない。キレキャラなだけだ。
「そ、そうですねよね、上手課長の話がまだでしたよね」
高田は慌てて大介にフォローを入れた。
「バカ。もう少しイジれば、もっとおもろくなったのに」
余計な気を回した高田に、おれはくどくどと説教でもしてやろかと思った。
「上手さんあれらしいぜ」
大介はおれに何も言わず、強行突破で自分のしたい話を始めた。
「何すか? そんなすごいんすか?」
前のめりになる高田が大介の言葉をしっかり受けとめる。ダメだ。完全に大介をイジる空気から変わってしまった。
おれはいったい何杯目か分からない冷酒をすすったあと、机に肘をついた。強行突破までしてくるくらいだから、相当面白いんだろう。おれはとりあえず大介の話を聞いてやることにした。
「上手さんさあ、すんげー変なとこあんだよ」
「すんげー変なとこ? そんなのあったか?」
「最近仕入れだんだよ」
「いつよ?」
「最近っていえば、最近だ。それ以上は訊くな」
「はあ?」
「んでよ、ほんとすげーの」
大介は仕入れた日時なんてどうでもいいからさっさっとしゃべらせてほしいオーラを放った。
「何すか、何すか」
目を輝かせて、透明の酒をカランコロンと飲む高田。そういえば、さっき芋焼酎水割りを店員さんに注文していた。
「三又してるらしい」
「うっそ!」
「マジっすか!」
大介の一言に、肘がテーブルから浮いた。
「マジらしい。女子ネットワークは最近その話で熱くなってる。複数人が上手さんのデート現場を目撃してて、しかもいつも特定の男じゃない。少なくても三人はいるっぽい」
大介は友達が多い。そんな大介は噂が出ればすぐに回ってしまう女子ネットワークに精通しており、おれと二人で飲みに行くときも、そこで仕入れたネタをよく出してくれる。そのおかげで、おれは社内の情報について詳しいほうだった。