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世界を起動させる  作者: 永瀬けんと
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後頭部

 会議室でマンツーマンになることは潰されてしまった。けれども、上手課長のおかげで、もしかしたら今日でミッションを終わらせることができるかもしれなかった。こちらとしてはやっぱり早く終わらせて、あとは神木に任せてしまいたい。ずっと危険が隣りにいるのは気分が参る。

 会議卓での打合せは驚くほど普通に終わった。何をもって普通と言っていいのかは分からない。とにかくスムーズに終わった。今日の趣旨、持っていく資料の説明、今回お客さんが求めていると思われること。高田はそれをフンフンと聞きながら、メモを丹念に取っていた。

 人間らしい動きを見ると、やはりこいつにも血が流れているんじゃないかと思えてくる。今回のミッションをこなす上で、おれはこの“血が流れているんじゃないか“と思える気持ちが重要だと思った。高田とはいままで通り、自然とやり取りしていたほうが良いに決まっている。もし、変な行動を取って警戒されてしまえば、たちまち成功が遠のいてしまう。ミスは許されない。出来るだけ成功率を高めておくことが大切だ。

「高田ー、めしはどうする」

「お昼ですか?」

「朝に弁当とか買ってねえ?」

「今日は買ってないっすね」

「じゃあ、外で食うか」

「うっす、分かりました」

「うまいカツ丼屋があるから、そこで食おう」

「カツ丼すか、いいっすね」

「んじゃ、ちょい早めに出るから、そのときにまた声かけるわ」

「ありがとうございます」

 いつ隙が生まれるか分からない。できるだけ、高田と長く接することにした。

 今日はあいにく特急列車に人がいっぱいいた。何やらイベントがあるらしく、おばさんたちが社内でしきりに盛り上がっていた。

 二人分空いた席が見つからなかったため、おれたちは別々の場所に座った。二人席が何列にも配置された車内で、高田はおれのひとつ前の席に腰を下ろした。ラッキーだった。高田の後頭部がどうなっているか一度しっかり見ておきたかった。

 先ほど、席に着く瞬間に見た限りでは何の違和感もなかった。電車が動いている今は、高い座席に隠れて高田の後頭部を確認することはできない。辛うじて、時よりクーラーの風に揺れる髪の毛が見えるだけだ。おれが立てば、結構見えそうではあった。ただ、同じ職場の人間とはいえ、そいつの頭をまじまじと見る姿を隣や後ろの人たちには見せられない。最悪、騒ぎになって車掌を呼ばれたら終わり。高田に対して、後頭部をじろじろ見ていた理由なんて思い浮かぶわけもない。

 高田の髪の量は人より多い気がする。色は黒。めちゃくちゃ黒い。普通の黒からさらに黒く染めてるんじゃないかと思うぐらい黒い。この黒い髪の原っぱに、おれは手を突っ込んで、0.5秒ぐらいでUSBメモリーを差し込む穴を探さなければならない。0.5秒。短すぎる。昨夜結論づけた2秒という時間の無謀さに、また心が揺れ始めた。

 もう少し長くならないだろうか。

 この問答は散々やったので、やはり2秒を越えればたちまち失敗してしまう気がした。でも、だからこそ今この機会に穴を見つけることが出来たなら、0.5秒短縮することができるわけで、何がなんでも前もって穴がどこにあるか確認したかった。

 高田はおれのそんな願望を知ることもなく、車内ではずっと後頭部を座席の背もたれにぴったりくっつけて、じっとしていた。後ろから見る限りは寝ているように思える。だったら、頭を前にコックリコックリさせて後頭部が丸見えの状態にしてくれれば良いものをその姿勢には全然なってはくれない。ていうか、そもそもアンドロイドに睡眠なんているんだろうか。

 おれは、“カツ丼じゃなくて、焼きそばでもいいか?”という台詞を用意した。高田が少しでも前に頭を動かしてくれれば、黒々とした後頭部を拝める状態になる。そうなれば、すかさず立ち上がって高田の肩を叩き、さっきの台詞を吐こうと考えていた。これなら、周りのお客に怪しまれることなく、おれの顔を高田の後頭部に近づけることができるはずだ。なのに、高田は目的の駅までまったく姿勢を変えず、あろうことか電車が止まるなりすぐにこっちを向いて、「行きましょう」と言ってきた。

「おう」

 おれはにこやかに笑った、と思う。演技をしなければならない自分のほうが人工的で、造りモノの高田のほうが自然な動きをしていることにちぐはぐな気持ちになった。

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