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世界を起動させる  作者: 永瀬けんと
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お守り

 冷蔵庫から牛乳を出した。棚から取り出したコーヒーカップは三人で買った花柄模様。それをふたつ並べて、順番に牛乳を注いだ。

 電子レンジに温められていくふたつの牛乳を、日向はガラスドアにおでこをぴったりつけて見守る。背が届かないから、わざわざキッズ用のパイプ椅子を自分で電子レンジの前に持ってきて、その上に乗る。カップの中がどうなっていくのか気になるようで、途中何度か背伸びをした。

 チーンという音を合図に、キッズ用のパイプイスはリビングにある白くて背の低い丸テーブルのところに戻される。おれは電子レンジから温まった牛乳をふたつ取り出し、日向のいる白い丸テーブルに持っていった。

「わー」

 心待ちにしていた日向の顔が輝く。それを見たおれも、何やら高級レストランのソムリエにでもなった気分になる。

「お客さま、お待たせいたしました」

 おれが胸に手を当てて一礼すると、日向は「おみせやさんみたーい」といって身を乗り出して喜んでくれた。

 雰囲気が出ないかなと思ったおれは、同じテーブルに置いてあったビール缶をキッチンに下げた。そして、再びテーブルのところに戻ってあぐらをかくと、日向がちょこんとおれの足の上に座ってくれた。

「かんぱーい」

「乾杯」

 日向とおれはカチャンと音を立てたあと、それぞれの口に牛乳を含んだ。

 日向は牛乳を飲み込んだあと、「おいしー」といった。それに続いておれも、「おいしいね」と言った。

 目の前にあるさらさらの髪をおれはまたゆっくり撫でた。何の曇りもない感触が手から伝わってきて、穏やかな気持ちが胸の辺りからじんわり伝わってくる。

 おれが鼻をくっつけて、頭のにおいをかいでも、小さな日向は嫌がったりしない。だいたいのことを何でも受け入れてくれる日向のほうが実は心が広いんじゃないかと思ったりもする。

「ひなたねー、パパのこと、すきー」

 いきなりの告白に、つい「ははは」と笑ってしまった。透き通った思い。濁りなんて一抹もないから、どこにもひっかかることなくおれの頭をすり抜けて、すぐに心に届く。

「パパもひなちゃんのこと、大好きだよー」

 どうしても照れが入ってしまう。ちゃんとした思いに対して、ちゃんと返そうとは思うものの、日向のような真っ直ぐな言葉は投げられない。それでも、日向はしっかり全身で受けとめてくれる。軽やかに首を縦に振ったり、体を少し揺らしたりして喜びを表現していた。

「あー」

 日向が何かを見つけて、突然立ち上がった。

「どした?」

「ママ忘れてるー」

「ん?」

 日向が歩く方向におれもついていくと、家族写真が飾ってある棚の上に白い紙袋が置いてあった。

「これ、あげるー」

 日向は白い紙袋をおれに渡した。

「何これ?」

「ママとかってきた」

「へぇー」

 封をあけると中にはお守りがふたつ入っていた。

「金運上昇?」

「それはママからー」

 思わず吹き出しそうになってしまった。お金のことにうるさい里果らしいプレゼントだと思った。

「さらに節約が進みそうだな」

 軒並み主電源を切られた電化製品たちを見ながら、眉毛を下げた。

「ひなたがかったの! ひなたがかったの!」

 自分が買ってきたプレゼントを早く見てほしい日向がせがみ始めた。「ああ、はいはい」とおれはすぐにもうひとつのお守りを取り出した。

「安産祈願?」

「おんなのこってかんじがはいってたから、ひなたおんなのこだから」

「女の子? ああ、安って字に女って漢字が入ってるってことね」

 大きく首を縦に動かす日向。

「日向、漢字なんてどこで覚えたんだ?」

「にちゃんねる」

「ああ」

 そう言えば、教育テレビで言葉のコーナーみたいなのをやっていた気がする。

「それにしても、安産祈願とは」

 里果の説得を振りきって、自分を通した日向の姿が目に浮かんだ。

「ひなた、おんなのこだから」

 同じことを何度も言う日向。ただ知っている漢字があるというだけで、お守りを選択したというのがなんとも微笑ましかった。

「ありがとう、ふたつとも大事にするよ」

 また大きく首を縦に動かす日向を見て、おれも満面の笑みを浮かべた。意味は違えど、家族からもらったお守りはすごく効きそうな気がした。明日から始まる戦いも、不思議と乗り越えられそうな気がしてきた。

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