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世界を起動させる  作者: 永瀬けんと
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気味の悪い少年

「昨日、ママが作ったハンバーグの真似だな。おいしそー」

「ママのと同じぐらいおいしいよ」

「そりゃ楽しみだ」

 おれは砂のハンバーグをプラスチックの大きなナイフで丁寧にカットし、同じくプラスチックの大きなスプーンを使って食べるフリをした。

「おいしー!」

「ママのとおなじでしょ、ママのとおなじでしょ」

「うん、ママのと同じだよ」

 ころころ笑う日向(ひなた)を見て、おれはまた癒された。もうすぐ五歳になる娘。汗をいっぱいかいて、大きな額に髪の毛がぺたりとくっついていても本人は全然気にしない。

「パパー」

 少し遠くで妻の里果(りか)がおれを呼んだ。手を挙げてから、おれはゆっくり里果のところへ向かった。

「お昼、どうしよ?」

 ベンチに腰をかけて真っ黒な日傘をさしていた里果は、すこしまぶしそうにしておれを見上げた。

「うーん、そうめんとかでいいんじゃない」

 多分、もうすぐ梅雨があける。ぶ厚い雲はどこかへ行ってしまい、裸の太陽が容赦なく体感温度を上げていく。

「じゃあ、あとでスーパー寄って、そうめんつゆ買って帰る。あとネギも」

「オッケー」

 そう返事をして、おれもベンチに腰をかけた。

 おれたちはファミリーレストランのバイトで知り合った。二つ上の里果は面倒見がよく、入ってきたばかりのおれに優しくしてくれた。それを勘違いしたおれは里果に惚れてしまい、猛アタックの末、やっと付き合ってもらうことができた。

 おれは黒くてショートヘアーの里果が好きだった。急にガハハッと笑いだすところや物事をサクサクと決めていってくれるところも好きだった。本人は自分の肌が地黒であることを気にしていたけど、おれは浅黒いぐらいが好きだったから、里果と付き合えて幸せだった。

 里果はおれに対して、すぐに色々な人の懐に入れるところを尊敬してるとか、童顔なのにたまにキリッとなって引っ張ってくれるところが良いとか言ってくれたことがあったから、そのあたりが気に入っているみたいだった。

「日向っておれがいくつのときに生まれたっけ?」

「そんなの自分で計算してよ」

「えーと、二十四で結婚したから」

「二十五のとき。あたしが二十七のとき」

「そうだそうだ」

「浩平はそれからずっとデレデレ」

「なんか、あいつ見てたら元気しか湧いてこなくて」

「子育て代わってほしいよ」

「代わっちゃう?」

「ムリでしょ。あたし、営業とか絶対向いてないから」

 砂場で一生懸命遊んでいる日向を見ながら、おれの心はまた温かくなっていく。おれは家族との時間が大好きだった。

 飲み会でよく聞く家族のうんざり話をおれは全く理解できなかった。家に帰りたくなくて遅くまで会社にいる人たち、ましてや休日出勤している人たちのことを心底馬鹿だと思っていた。

 おれはこうして家族三人で近所の公園にくるとめちゃくちゃ幸せになれる。なぜか知らないけど、おれはそういう人間だと思い込んでいた。

「一生、この幸せな時間が過ごせればいいなあ」

「浩平、それ何回目ー? 公園来るといっつもそれ言うね」

 里果は呆れた顔をしつつも、口元がすぐにゆるんで里香もうれしそうな顔をした。



 翌日の午後二時。公園でのことを思い出しながら、おれは電車に乗った。今日は午後三時から顧客先で大事な打合せがあるため、自分の会社から顧客先へ移動していた。

 顧客先での打合せは、今後どのようにして社内システムのセキュリティを高めていきたいのか、予算はどのくらいあるのかなどをヒアリングしなければならない。ガラガラの特急列車。おれはぐっすり眠って大事な打合せに備えたかった。

 クーラーのしっかり効いた車内。進行方向とは逆になっていた座席のひとつを進行方向に向け直して、おれは腰をかけていた。いつも見慣れた景色が窓を流れていくのをなんとなくボーッと眺めていると、だんだん眠たくなってくる。おれがその眠気に身をゆだねようとしていた矢先のことだった。隣からいきなり甲高い声が飛んできた。

「おじさん、ヒマでしょ?」

 声が飛んできたほうに目玉を動かすと、生意気そうな小学校三、四年生ぐらいの少年がいた。色白、白いTシャツに七分丈のジーパン、左目の下に大きめのホクロ。おれは返事もせずにジロジロと小学生を見た。

 おれは子どもが好きな一方で、めんどくさいやつは嫌いだった。めんどくさいやつとは、上から目線で失礼なことを言ってくるタイプ子たちだ。

「君、親御さんは?」

「いない」

「じゃあ、学校は?」

「僕には必要ない」

 こりゃ、相当なやつに絡まれたと思った。

「あっちいけ」

 おれは思っていることを単刀直入に言った。すると、少年は(へこ)むことなく「へー、神様に向かってそんな口の聞き方をしてもいいんだ」という言葉を返してきた。

「いやいや、大人は忙しいんだから、からかうのはそれぐらいにしとけって話」

「今はヒマでしょ?」

「目的の駅まで三十分ぐらいあるから、寝ておきたいの」

「ほら、ヒマじゃん」

「少なくとも、君と遊んでるヒマはないから」

 ムリヤリ目をつぶって見せても、少年は話を止めない。おれは勢いよく立ち上がってキョロキョロ車内を見回したが、親らしき人はおろか、どこにも人がいない。

「ムダだよ。この車内にはおじさんと僕しかいないから」

「はあ? じゃあ、となりの車両にいけばいいだけの話だろ」

「行けないよ。ムダなことすんのやめときなって」

「んなわけねーだろ」

 頭にきた。こういうやつと話をしているとロクなことがない。おれはずいずいと前の車両に近づいた。取っ手の付いたドア。左に力を入れれば開く。

「え」

 開かない。完全にロックがかかったようにドアは動かない。向こうの車両にはポツポツ人がいるのに、みんな進行方向をむいていてこちらの異常に全く気づいてくれない。

 おれは逆のドアまで急いで走った。やっぱり開かない。何度ぐいぐい力を入れても、びくともしない。おれは後方の車両の中を(のぞ)いてみた。後ろのほうに何人かの頭だけ見えているが、目を確認できる人はひとりもいない。みんな座席に隠れてしまっている。

 いきなり軽く背中を叩かれたおれはビクッとなってしまった。

「ね、ムダだったでしょ」

 にこやかに笑う少年を見て、ゾッとした。今さらながら、小学生にはあるまじき色の白さが気持ち悪さをさらに増長させた。この時期にここまで肌が焼けていないなんて。そんな小学生が果たしているのだろうかと思った。

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