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仕組まれた茶番

 ――――聖女とは、清く、正しく、美しくあらねばならない。

 どれか一つでも損なわれれば、聖なる力は汝を見限り、その身を離れゆくだろう。


 聖典第一章、聖女の項より抜粋。――――



 ストゥルダール王国第一王子の婚約発表パーティに、国中の貴族が招かれていた。ホールには煌びやかな装飾や専属の楽団、艶やかに香る花弁を誇らしげに広げた花を活けた花瓶が並び、今日の佳き日を彩っている。

 賓客が集められたホールに主役の片割れである王子が、豪奢なドレスを身に纏った華美がましい女性をエスコートして現れた。当然その女性は婚約者であって然るべきなのだが、賓客たちはざわざわと怪訝そうに二人を見つめている。


 そして、遅れてもう一人。

 貧相なドレスを纏った少女がホールに到着すると、王子はその少女を指差した。


「偽聖女セレスティア・フェスティーシャ! 俺は本日この時を以てお前との婚約を破棄し、此処に最愛の女性ミラベル・デュドネとの婚約を宣言する!」


 無礼にも唐突に指をさされた少女は、少なからずショックを受けた表情をしたが、取り乱すような真似はしなかった。凪のように静かな眼差しを、王子と傍らの女性に向けるばかり。

 そんな反応もつまらなそうに鼻で笑うと、王子は忌々しげに続ける。


「ふん、汚らわしいケダモノ偽聖女め! 貴様が獣姦アバズレ偽聖女だということは明白なんだ! 本来なら魔女は処刑する習わしだが、美しい我が国をケダモノの血で穢すなど言語道断だからな!」


 成り行きを見守っていた貴族たちが、動揺しながらケダモノ聖女と呼ばれた少女を見る。

 彼女は町娘がほんの少しだけ背伸びをして買ったような質素なドレスを着ており、どう見ても貴族のパーティに来る娘の格好ではない。婚約破棄を言い渡すにしても、ドレスすらまともに与えず晒し者にして罵倒するとはどういうことなのか。

 抑も王子の婚約者とは国が、王が決めるものであり、個人の感情でどうこう出来るものではないはず。貴族どころか平民でさえそういうものだと理解していることを、この王子は理解していないとでもいうのか。


「いやぁん、アル様ぁ♡あたくし怖いですわぁん♡あぁんなおぞましいメス豚風情がいままでずぅっとアル様の傍で婚約者ヅラしていたなんてぇん♡」

「全くだよ、ミラ。父上が、珍しい能力を持っているからと無理矢理決めたせいで、俺は獣と寝るような女と婚約をさせられていたんだから」


 なにより王子の傍らで娼婦のようにしなだれかかり、いちいち甘ったるい声で囀る派手な女性はいったい何者なのか。先ほど貴族令嬢らしからぬ単語を口にしたような気がしたが、この場にいる貴族たちは当然ながら王族より身分が低い。あからさまな寵姫であっても咎めることなど出来はしない。

 いま現在事態を正しく理解出来ているのは、騒ぎの当事者である王子と、その横に立つ女を除いて誰もいなかった。


「……チッ! まだいたのか」


 アルバートは暫く人目を憚らずミラベルとイチャイチャベタベタしていたが、ふとセレスティアが蒼白な顔色で立ち尽くしていることに気付くと、眉を吊り上げた。


「処刑されないと聞いて調子に乗ったか!? この場で切り捨てられたくなければ、いますぐ手垢のついたメイド共々城を立ち去るがいい!」


 王子がセレスティアに向けて癇癪を起こしたように怒鳴り散らすと、彼女は小さく体を跳ねさせた。セレスティアは震える手で淑やかにカーテシーをし、一言も発することなく踵を返した。


「さっさと消えていればいいものを、未練がましい女だ」

「ほんとですわぁん♡聖女はあたくし一人で充分ですのにぃ、全く図々しいアバズレですわねぇん♡きっと、ああして悲劇のヒロインヅラしていれば同情してもらえると思っていたのですわぁん♡」

「なんて厚かましい女だ。どうやらケダモノに股を開くような女はおつむまで畜生と同レベルまで堕落しきっているらしいな」


 国からおめでたい発表があるからと招待されて来てみれば、とんでもない出来事を見せられた挙げ句に訳もわからず取り残された貴族たちは、ヒソヒソと囁き合った。

 先ほど聞くに堪えない言葉で罵倒されたセレスティアは、世界中で稀に産まれるとされる聖女だったはずだ。

 一口に聖女と言ってもその能力は様々で、癒しの力であったり神託によって未来を予知する力であったりする。

 セレスティアの能力は、魔獣の声を聞き、話し、心を通わせるというものだった。その能力に付随して魔獣を寄せ付けない結界を張ることが出来るとも聞いていたが、王子は何と言ったか。


「聖女が……なんだって……? 獣と……?」

「そんな、聖女様が、まさか……」

「そうよ。だって……ねぇ……?」


 獣姦アバズレ偽聖女。

 もしそれが本当なら大変なことで、もしそれが嘘なら、それもまた大変なことだ。本当であるならいまのセレスティアは、聖女としての力を失っているはずなのだが。そのことについて、王子たちは理解しているのだろうか。


「あぁん、アル様ぁあん♡こわかったですぅ♡あの偽聖女、アル様がお話なさってるあいだ、ずぅっとあたくしのことを睨んでおりましたのぉ♡」

「よしよし、恐ろしい思いをさせて悪かった。もうケダモノと通じている女はいなくなったから、安心してパーティを楽しんでおくれ」

「きゃはあんっ♡アル様ったらぁん♡愛しいあたくしのためにこんなにたくさん人を集めてくださったなんてぇ♡さすが王子様ですわぁん♡」


 遠巻きに囁き合う声などお構いなしに、王子とミラベルはいつまでも二人の世界に浸っていた。


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