【短編】300年間国を支え続けた魔女ですが、腹黒王子にはめられて国外追放されました ~今さら戻れと言っても無駄です。私を救ってくれた元教え子と一緒に幸せなセカンドライフを謳歌します~
魔女――
圧倒的な魔法、無尽蔵な魔力。
美しい女性の姿をもつ彼女たちを、人々は畏れ敬った。
彼女たちは人々の暮らしに寄り添い、時に英知を与え、時に試練を与えた。
故に、人々は魔女をこの世で最も強き者だと認めた。
世界が誕生して数千年。
命は増え、新たな国が生まれ、暮らしは進化していく。
その進化の根本には、魔女たちの協力が不可欠だっただろう。
人々は感謝するべきだ。
もっと敬い、尊び、慈しむべきだ。
幸福な今があるのも、彼女たちの存在があってこそなのだから。
それでも、彼女たちは強すぎた。
強大過ぎた。
姿形は美しい人間の女性であっても、その中身は天と地ほどの差がある。
多少の恐怖を抱いたとしても、誰も責めることなんてできないだろう。
◇◇◇
「先生! 僕、大きくなったら先生みたいな立派な魔法使いになります!」
銀色の髪と瞳の少年。
教え子の一人、今年で十歳になったばかりのアレクシスは、よく私にそう宣言していた。
私はそれをにこやかに聞きながら、彼の頭を撫でる。
「君ならなれるわ、アレク。なんたって最年少で私の教え子になったんだから」
「本当ですか? 僕も先生と同じ魔女になれますか?」
「ふふっ、魔女にはなれないわよ。貴方は男の子でしょ?」
「そう……なんですか……」
ショボンと落ち込むアレク。
可愛らしい悩みを微笑ましく思いながら、私はいつものセリフを口にする。
「魔女にはなれないけど、君はそれ以外の何にだってなれる。立派な魔法使いにも、強くて格好良い魔法騎士にもね? 君は剣も得意だし、きっとたくさんの人から慕われる。国王様も期待しているわよ」
「魔法騎士……騎士になったら、先生を守れますか?」
「私を?」
思わぬ一言に驚いてしまう。
それは初めて言われた言葉だったから。
「僕は先生みたいな魔法使いになって、先生のことを守ってあげたいんです」
「……」
「先生?」
「あ、ううん、ありがとう。アレクは優しいわね」
子供の無邪気な言葉で、たぶん他意はない。
それでも私には嬉しかった。
魔女である私を守りたいなんて言ってくれる人は、これまで一人もいなかったから。
たとえ相手が子供だとしても、その言葉には活力を貰えた。
「だったら私も頑張らないとね。アレクが立派な魔法使いになるためにも、これからもっと厳しくいくわよ?」
「はいリザリー先生! 僕頑張ります!」
アレクは元気にハッキリと、私の声に応えてくれた。
そんな彼が可愛くて、私は彼の頭を撫でる。
魔法騎士になれるのは十五歳からで、最低でもあと五年はかかる。
私にとって五年なんてあっという間だ。
今からその日が待ち遠しく思う。
「それじゃ、私は行くわね」
「先生? どこに行かれるんですか? 僕も一緒に」
「駄目よ。今から国王様とお話なの。君はお勉強の時間でしょ?」
「はい……」
私と離れることが嫌なのか、彼はあからさまにしょぼくれてしまう。
子供というのは本当に素直で可愛らしい。
まぁ時折、子供らしくない子供もいるから、彼のような純粋な子ほど可愛く見えるのかもしれない。
彼と別れた後、私は王城の廊下を歩いた。
この廊下も随分見慣れた。
三百年も王国に仕えていると、何度も代替わりや建て替えもあって、元の景色から変わっている。
それでも同じ廊下だと思えるのは、根本が変わっていないから。
私は魔女だ。
五百年前にこの世に生まれ、三百年前にこの国の王と出会った。
彼はとても優しくて人徳が溢れていて、誰よりも臆病だった。
一国の王としては気が弱くて、他国からも嘗められていたし、国民からも不安がられていた。
真面目な彼は、国民の不安を解消できるように毎日毎晩働いていた。
成果が実らなくても懸命に、直向きに。
そんな彼が心配で、放っておけなくて、手を差し伸べたのが始まり。
あの日以来、私は王国に仕える魔法使いとなった。
肩書きは『宮廷魔法使い』ということになっていて、魔法や魔導技術の発展に貢献しながら、魔法の才能を持つ者たちの先生をしている。
アレクもその一人で、私の教え子の中で一番の才能の持ち主だ。
三百年の間、多くの生徒を送り出してきたけど、彼ほど魔法の才能に恵まれ、心が綺麗な子供はいなかったな。
長い年月を生きていると、本当にいろいろ感じるものがある。
「それにしても……」
私は廊下の途中にあった大きな鏡、みたいに姿を反射する窓ガラスに目を向ける。
ピカピカに磨かれているからか、綺麗に私の全身が映っていた。
「……身長、伸びないなぁ」
百年くらい前からずっと容姿が変わっていない。
魔女は長命で老化も遅いから、長く若い姿が続くけど、私の場合は少々幼さが残る。
見た目だけなら、人間でいうところの十六歳前後と言った所か。
「はぁ、こんなんだから威厳も何も抱かれないのよね」
今さら嘆いたところで仕方がない。
いつか変わるだろうと諦めて、私は歩みを再開する。
王座の間にたどり着く。
仰々しい扉は何度見てもやり過ぎだと思える。
金ぴかの装飾なんて必要ないのに。
なんて思いながらノックして、入室の許可を得てから扉を開ける。
「お呼びでしょうか? 国王陛下」
「よく来てくれた。宮廷魔法使い……いや、魔女リザリー殿」
中に入ると、玉座に座った髭の男性が野太い声で私の名前を呼んだ。
彼こそがソルシエール王国十七代目国王、ガレス・ソルシエール。
私は彼に呼び出しを受けてやってきた。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
「うむ、実は魔女殿にやってもらいたい仕事があるのだが、引き受けてもらえるだろうか? 内容は――」
陛下は淡々と話を進める。
こんな風に遜って用件を言い出すときは、大抵が無理難題だ。
なんとなく予想がついていて、聞いてみれば案の定、魔女の力を頼り切ったお願いだった。
よくあることだし慣れっこだ。
「どうだね? やれそうか?」
「はい。お任せください」
「そうかそうか! さすがは魔女殿だ! 本当に貴女がいてくれた幸運に感謝しなくてはならないな」
幸運……確かにそうかもしれない。
三百年前の出会いも偶然だった。
彼と出会っていなければ、こうして今も国に残って働いているなんてありえなかっただろう。
いやもっと言えば、彼との約束がなければ。
自分がいなくなった後も、この国を支えてほしいという彼の願いを聞き、私は今日もこれからも王国を支えるつもりでいた。
◇◇◇
「失礼します」
陛下との話を終えた私は、王座の間を後にする。
与えられた依頼を始めるため、準備をしようと考えながら廊下を歩く。
すると、向こう側から一人の少年が歩み寄ってきた。
声をかけられる前に私は気づく。
金色の髪と赤黒い瞳、白く透き通った肌は女性のように綺麗で、幼い姿でも凛々しさを感じる。
この城にいれば、誰もが顔を知り、名前を知っている人物。
「こんにちは! リザリー様」
「フレール殿下。こんにちは、ですが私に敬称は不要だと何度も」
「いえいえ何をおっしゃいますか! リザリー様は魔女様です。この国を長年支えてきた貴女を敬わないなんて、それこそ王になる者としてあるまじきことです」
「ふふっ、殿下は本当にしっかりされておりますね。そのお歳でそこまで考えておられた方なんて、今までいませんでしたよ」
第一王子フレール殿下。
次期王の候補筆頭にして、私の教え子の一人でもある。
彼は魔法の才能こそアレクに劣っているものの、知識や頭の回転に至っては十二歳の現時点で大人たちを遥かに上回っている。
見た目は可愛らしい子供でも、中身は立派に大人みたいで。
アレクのように可愛がるには少々躊躇われる。
もちろん王子だからというのもあるけど、他の子供たちとは明らかに違っていた。
「リザリー様、父上とはどんなお話をされたんですか?」
「お仕事のお話ですよ」
「ああ、また無茶なお仕事をお願いされたのですね?」
「いえ、そんなわけでは」
よくわかったなと驚く。
表情にも態度にも出していないのに。
彼は呆れたように言う。
「父上にも困ったものですね。いつもリザリー様に頼り切っていて、これじゃ国王は何もできないんだーって笑われてしまいますよ」
「殿下、御父上にそんなことを言ってはいけませんよ」
「わかっています。でもそう思いませんか? 私はまだ子供ですけど、父上よりも立派なに王様をやれると思うんです」
「それは……」
正直、そう思ってしまう自分がいた。
彼はまだ幼く、王の名を背負うにはあまりに小さすぎる。
それでも中身は大人以上に大人で、いつも先を見据えていた。
一人では難しいかもしれないけど、誰かが支えながらであれば、今からでも国王の責務を果たせるだろう。
例えば私が……いや、それはさすがに不遜か。
「――そんなことありませんよ?」
「え?」
「私はずっと思っていたんです。リザリー様と私が一緒なら、この国はもっと素晴らしくなれると」
「フレール……殿下?」
彼は笑顔だった。
普段通り、にこやかだった。
だけど今日はその笑顔が不気味で、思わずぞくっと背筋が凍る。
と同時に、胸騒ぎがした。
「私はいつかこの国の王になります。それは決まっていますけど、あと数年も待っていられないんです。待てば待つほど、この国は衰えていきます」
「殿下? 一体何を言って」
「魔女の力は国の発展に使うべきなんです。それを困った時の頼みにするなんて……父上は本当に頭が弱い」
「ですから殿下! そんなこと言っては――!」
突然、殿下が私の手を掴んで引っ張った。
ぐいっと強引に引っ張られ、顔と顔が近づきすれ違う。
そのまま彼は耳元で囁く。
「リザリー様、私から相談があるのです聞いていただけませんか?」
「相談……?」
「はい。私と一緒に、父上から今すぐに国王の座を奪いましょう」
「なっ――」
予想もしていなかった内容に、私は思わず大きな声を挙げそうになった。
しかしそんな暇も与えてくれないのが殿下だ。
「私が国王になった際は、リザリー様に補佐をお願いしたい。いえ補佐では足りませんね……そうだ。私の妻になりませんか? この国の王妃になるんです」
「ちょっ、さっきから何をおっしゃっているんですか? そんなこと出来るわけありません。殿下がおっしゃっていることはつまり、陛下を裏切るということですよ?」
「ええ、わかっていますよ。そのつもりで言っているんですから」
殿下は息を吐くように恐ろしいことを口にする。
子供らしくない子供……殿下を現す一言、その意味が変わった瞬間だった。
恐ろしいと思った。
寒気がした。
「父上は王に相応しくありません。私のほうがずっと上手く、リザリー様の力を生かせる。二人でこの国をもっと良くしましょう」
良く、という言葉をそのまま捉えてはいけない。
そんな気がした。
彼の言う良くとは、都合良くの略称なのではないか……と。
子供の天然ゆえの発言とは思えなかった私は、彼の考えを正そうと決意して、ゆっくりと離れる。
「申し訳ありません殿下、そのお願いは聞けません」
「……どうしてです?」
「そんな強引なやり方では誰も認めてくれません。殿下が考えているのは国の乗っ取りです。独裁者になるお手伝いは出来ません」
「独裁者……そんなつもりはないんだけどね」
殿下はそう言いながら目を逸らす。
そんなつもりはない?
嘘だ。
今の彼の目からは、溢れんばかりの野心を感じ取れる。
ずっと隠してきた物が漏れ出している。
彼の思想は……危険だ。
「どうかお考え直し下さい。殿下は聡明です。今すぐに動かずとも、いずれその時はきます。それまでにしっかり心と体の準備をしましょう」
まだ時間はある。
彼が国王になるまでの間、私がしっかり支えよう。
そして考えを矯正して、正しい王になってもらわなきゃ。
彼をこのまま王にしたなら、おそらく大きな変革が起こる。
それも悪い変革が。
「先ほどの話は聞かなかったことにします。ですから殿下」
「もういいよ、リザリー様の考えはわかった。どうあっても私には賛同してくれないんだね」
「少し違います。今の殿下のお考えには従えないだけで、殿下やこの国を支える意志に変わりはありません」
「……そう。ありがとう」
そう言って彼は私に背を向ける。
納得した感じには見えない。
それでも一先ず、早まった行動はしないだろうと安心した。
「そうか。私に従ってくれないというなら……魔女は危険だよね」
「え?」
「なんでもないよ。じゃあまた明日、魔女様」
この時、私は気づくべきだった。
彼が私を見る目が変わっていたことに。
敬愛の瞳は消え、軽蔑と敵意を込めた瞳に変わっていたことに。
私は魔女だ。
だからこそ彼は私を頼ろうとした。
それが叶わないとなった時点で、彼にとって私は……
◇◇◇
「魔女リザリー! お前には国家反逆罪の嫌疑がかけられている!」
「事実無根です陛下! 私は反逆など企てておりません!」
殿下の誘いを断った翌日のことだった。
普段通り仕事を始めようとした私の元へ、騎士たち複数名が押しかけて来たんだ。
突然のことで驚いている私に、騎士の一人が陛下と同じセリフを言い放った。
もちろんそんなことを企ててはいない。
弁明するためにあえて拘束を受け入れ、大人しく陛下の前に連行されたわけだが……
「お聞きください陛下! 私が反逆など考えるはずもありません! 今日まで三百年もの間、この国に仕えてきた私が、どうしてそんなことを考えられるでしょう?」
「私とてそう思っていた。信じておった……裏切られ痛感の極みだ」
「陛下! 私がそのようなことを考えている根拠などありません」
「根拠ならあるとも。フレールが教えてくれたのだ」
陛下の言葉に驚き目を見開く。
しかし同時に、納得した自分もいる。
心当たりはそれしかなかった。
昨日、私が彼の誘いを断ったことが原因なのだろう。
だとしてもなぜ?
私は殿下の考えこそ否定したけど、敵対するつもりなんてないし示してもいないのに。
「ならばフレール殿下にお話をさせて頂けませんか?」
「ならん! フレールは酷く怯えておった。昨夜お前に国を乗っ取ろうと脅されたと」
「なっ……それは殿下のほうから提案されたのです! 私はそれを否定して」
途中まで話して、しまったと思った。
私としたことが少し感情的になって、言葉の選択を誤った。
息子の言葉と私の言葉、果たしてどちらを信じるのか。
そんなことは考えるだけ無駄だろう。
「ふざけるな! フレールが私に反逆を企てたとでもいうのか! この期に及んでフレールに責任をおしつけようとは……何と卑劣な魔女め」
「違います陛下! 私はただ――」
「もはやお前の意見など聞く必要もない。忌々しい魔女よ、国家反逆罪で死刑に処す!」
「死刑?」
死刑……殺される?
そんな……どうして?
私は三百年もずっとこの国を支えて来たのに。
彼との約束を守ってきたのに。
そんな私の言葉も聞いてもらえなくて、罪もないのに殺されるっていうの?
「その女を処刑場へ連れて行け。魔封じの錠をしておるのだ。いくら魔女といえど魔法さえ使えなければただの女にすぎん」
「はっ!」
「立て魔女!」
「……」
私がしてきたことは何だったの?
王都を守る結界の維持だって、私を軸に構築されている。
国中で使われている魔導具の数々も、私が考案し作り上げた物がほとんどだ。
この国の生活は、私が時間をかけて積み上げてきた物たちで支えられているのに。
「おい聞いているのか! いいから立て!」
「……」
「無視するとは……もう良い。無理やり連れて行くぞ!」
騎士の手が私に伸び、紫色の髪に触れかける。
嫌だ。
殺されるなんて……絶対に嫌だ。
「触らないで!」
「なっ」
「こ、これは!?」
瞬間的に込み上げてきたのは怒りだった。
国王に対しての怒り、その言葉を信じて従う騎士たちへの怒り、そして……
フレール殿下、私を陥れた幼い策略家に対する怒りだ。
「ば、馬鹿な! 手錠が?」
「……私は魔女です。こんな手錠程度で魔法を封じれると思わないでください」
「くっ、その者を捕らえよ! 場合によってはこの場で処刑しても構わん」
「捕まるものですか!」
こんなふざけた理由で捕まるものか。
殺されてなるものか。
襲い掛かってくる複数の騎士たち。
彼らの中には剣技だけでなく、魔法に精通している者も多い。
生き残ることが目的なら、下手に戦う必要はない。
そう判断した私は、即座に転移の魔法を発動させる。
「【空間転移】!」
「き、消えた?」
「転移魔法か。あたりを探せ! まだそう遠くへは行っていないはずだ!」
◇◇◇
空間転移に成功した私は、自室に戻ってきていた。
転移先を自由に選べるのは、私を中心にした一定領域内だけだ。
自室で必要なものだけ回収して、すぐに王城の外へ行くつもりで急ぐ。
するとそこに、ガチャリと扉が開く音が聞こえる。
私が警戒しながら振り向くと、扉の前に立っていたのは意外な人物だった。
「フレール……殿下」
「こんにちは魔女リザリー、どうやら自力で逃げのびたようだね。さすが魔女だ」
「……なんのつもり? 護衛も連れずに私の前に現れるなんて」
「必要ないよ。だってここへはお別れを言いに来ただけだからね」
フレール殿下は落ち着いていた。
穏やかな表情で語るその姿は、一種の狂気に満ちている。
「一人で来て、報復されるとは思わないの?」
「したければすると良いよ。でもそうした所で未来は変わらない。私を殺せばより反感を買うだけだよ」
「……」
そう、だから私も動けない。
感情的に、怒りに任せて彼を襲えば、今以上の罪を背負うことになる。
いくら私でも、大国を一人で相手に出来るなんて思いあがっていないんだ。
今の私に残された選択肢は、彼らから逃げ延びて隠れ住み、代が変わるまで待つことくらい。
荷物を集め終えた私は、彼に警戒しながら後ずさる。
「おや? もう行ってしまうんだね。それじゃさようなら、二度と会うことはないだろうね」
「ええ、そうね」
確かに二度と会うことはないでしょう。
「最後に一つ聞かせてもらえる? どうして私を嵌めたの?」
「そんなの決まっているよ。魔女はとっても強力な存在だ。味方になれば心強いけど、そうでないなら危険なだけだ。私の思想に頷かなかった時点で、貴女はただの障害なんだよ」
「……そう。そんなことだろうと思ったわ」
聞くまでもない質問だった。
彼は最初から最後まで、子供みたいで子供らしくない。
素直で可愛いアレクとは正反対だ。
「さようなら」
「ええ、さようなら。せめて生き延びられると良いですね」
「……悪いけど、今のは殿下に向けてじゃないわ」
ごめんなさいアレク。
先生はもう、この国にはいられないみたい。
最後まで成長を見守れなくて残念だけど、貴方なら誰よりも立派な魔法使いになれる。
アレクはどうかその力を、正しく使ってね。
「【空間転移】」
こうして、私は王国を去った。
多くの遺産と、後悔を残しながら。
それから十年後――
◇◇◇
どこの国にも属していない辺境の山奥。
人なんてめったに訪れない場所に、ポツンと一軒の家が建っている。
家と呼ぶにはいささか小さすぎるだろうか。
そこで私は暮らしていた。
「ふっ、うーん……もう朝ね」
窓から差し込む日差しで目が覚める。
朝が来ることにホッとしながら起き上がり、ゆるりと着替えをする。
あれから十年が経過した。
五百年以上生きる私にとっては短い期間だったけど、とにかく慌ただしい日々だった。
私を王国から追い出して三年でフレール殿下が王になり、即位と同時に様々な政策を発表した。
そのうちの一つが、魔女狩り令の執行。
魔女は危険な思想の持ち主だと主張し、世界から魔女を排除すると宣言したんだ。
加えて世界各国とも協定を結び、大連合国のトップとなったことで、魔女を敵視する思想は世界中に広まってしまった。
もはや人間の国の中に、私たち魔女の居場所はなくなった。
着替えを済ませた私は、何気なく家の外へと出る。
「ホント……何もない」
見渡す限りの自然、緑色が支配する。
人が暮らした形跡なんてほとんど残っていないけど、昔は近くに村があったはずだ。
ずっと昔にお世話になったから、その伝手を辿って来てみたけど、実際に到着したらこのありさま。
村は滅び、ボロボロの木小屋が一軒だけ残っている。
「ここだけでも残っていただけマシね。一先ずここまでは追っ手も――」
辺境の山奥。
国と国の間に位置し、人が訪れることない。
だから大丈夫だと思っていたけど、どうやら勘違いだったみたいだ。
小屋の周りに展開しておいた探知魔法に反応があった。
一人、二人……七人。
数は少ないけど、確実に追手だろう。
「ここも駄目なんだ……仕方ないね。テレ――」
転移魔法を発動させようとした直後、私の上空を結界が覆う。
薄いピンク色の結界に、私の魔法は打ち消された。
「これは!?」
「――【魔法無効化結界】だよ。反逆の魔女リザリー」
森の奥から声が聞こえる。
木々の間を抜けて現れたのは、武装した王国の騎士たちだった。
姿がハッキリ見える六人に、後ろに一人控えている。
先頭の男が持っているピンク色の水晶……あれが結界を発生させている魔導具のようだ。
しかも効果はかなり強力で、十年前の手錠は解除できたけど、この中じゃ私でも魔法が使えない。
「いつのまにこんな結界まで……」
「凄いだろう? これも三魔女様方のお力だ」
「魔女!? 魔女が協力しているの?」
「ああそうだ。お前と違って陛下に忠誠を誓った方々だ」
そんな……私が知らない間に、他の魔女が協力している?
魔女狩り令なんて出している国に。
ありえない。
一体どこの魔女がそんな真似を……
「さて、魔法が封じられれば魔女もただ女だ。今日こそ年貢の納め時だな?」
「くっ……」
「おっと、逃げようとしても無駄だ。この結界は物理的な壁にもなってる。逃げたところで行き止まりだ。お前はもう終わってるんだよ」
「……」
どうする?
このまま逃げてもあいつの言う通り逃げ切れない。
かといって戦って勝てるわけもない。
媚びへつらえば命だけは助けてくれるかも……なんてありえない。
遊ばれるだけ遊ばれて、ちゃんと殺されるだけだ。
どう足掻いても殺される未来しかない。
「……本当に終わり……なのね」
「そうだ」
十年間の逃避行の終点。
これで全部終わりか。
「なんだ諦めたか。じゃあさっそく――」
「悪いな、それは許さないよ」
「え?」
「なっ――」
一瞬の出来事だった。
目で追えない速度でひき抜かれた剣、その斬撃に次々と騎士たちが倒れていく。
カチャリと剣が鞘で音を立てた時には、彼を含む六人全員が倒れていた。
「た、隊長?」
「安心しろ、柄で殴っただけだ」
銀色の髪に青い瞳の騎士。
一目見た時、直感的に思い浮かんだ人がいる。
「アレク?」
「はい。お久しぶりですね、リザリー先生」
アレクシス、私の最後の教え子。
二十歳になった彼が今、目の前に立っていた。
「どうして? なんで君が? それにその恰好は」
「はい。御覧の通り王国の魔法騎士に、一応これでも部隊長になりました。まぁもっとも、それも今日限りですが」
彼は優しく微笑む。
助けられた私は、未だに状況がつかめず混乱していた。
いろいろと疑問は多い。
ただ一番気になっているのは……
「どうして私を助けてくれたの? 君は王国の騎士になったんでしょう?」
「はい。ですがそれは元々、先生を探し出すのに都合が良かったからです。僕が今日まで研鑽を積んできたのも、先生を守りたいからですよ」
「守る……」
「覚えていませんか? 十年前も同じことを言ったと思います」
もちろん覚えている。
子供の無邪気な言葉だったけど、私にはとても嬉しかった。
心に響いた宝物の一つだった。
まさかと思うよ。
そんな言葉が、思いが今でも続いているなんて。
「隊長……裏切るつもりか?」
「裏切るも何も、僕は最初から国に従っていたわけじゃない」
「魔女に裏切られたと! 許せないと言っていたはずだ! だから魔女狩りの部隊長になったと!」
「そう言えば選ばれるとわかっていたからだよ。そもそも最初に裏切ったのは今の国王だ。真実を隠し、魔女を敵とみなすやり方のどこに正義がある? 僕は僕の正義を信じる。お前たちも一度、自らの正義を考え直すと良い」
動けない彼らに言い放つアレク。
話し方や態度、もちろん背丈も大きくなって、大人になったんだと実感する。
子供の頃から整った顔立ちをしていたからか、容姿も優れていて……
「先生、遅くなってしまって申し訳ありません」
「え……」
「本当はすぐに助けたかった。でも幼い僕には力がなくて叶わなかった。でも今なら、強くなった今なら言えることがあります」
「アレク?」
彼は私の手を優しく、しかし力強くギュッと握る。
そして――
「先生、僕を貴女だけの騎士にしてください。この先ずっと、貴女の傍にいさせてください」
「――それは、でも君まで罪人になるわ」
「覚悟なら十年前から出来ています。僕は先生を守りたくて強くなったんです。それだけが僕の望みです。だからどうか、先生……僕に先生を守らせてください」
強く願い、強く思う。
彼の手から、声から、瞳から伝わってくる。
十年間は人間にとって、とても長い時間だっただろう。
それほどの時間が経っても尚、彼の思いは色あせることなく、どころか強くなっていた。
なら私も、それに応えるべきだろうか。
いや、そんな理屈みたいな理由じゃない。
嬉しかった。
誰も味方がいなくなったと思っていたから。
ここにいるんだと、一人じゃないと教えられた気がして。
だから――
「私は彼の手を取った」
この先の未来を信じて。
◇◇◇
ソルシエール王国の王城。
国王だけが座れる玉座に、十八代目の王となった男が座っている。
その隣には三人の美女がいた。
「フレール様、どうやら失敗したようですね。結界の水晶が破壊されましたわ」
「そうか。意外としぶといね、魔女リザリーは」
十年の月日を経て彼は、理想通りの王となった。
もっとも理想は、彼の中での理想である。
端から見れば単なる独裁者。
自身に恭順する者のみを従え、それ以外は異分子として排除する。
そうして変革を続け、世界最大の独裁国家を作り上げた。
「あの水晶、作るのに苦労したんだけどな~」
「作りが甘かったんじゃないの?」
「そんなことないしぃ~ ちゃんと効果あったし」
「こら二人とも喧嘩しないの。フレール様が呆れてしまうわ」
フレールの隣にいる三人は、彼に従う魔女たちだった。
魔女狩り令が執行されている現在、彼女たちだけが存在を許されている。
その理由は単に、フレールに絶対の服従を誓っているからである。
「リザリーも馬鹿だな。あの時、私に従っていれば楽に生きられたのに」
「ふふっ、まったくです」
「馬鹿だよ馬鹿。そいつ長生きしているだけでなんもわかってねーな」
「本当ですわ。同じ魔女として恥ずかしい限りですこと」
新たな魔女を従え、国王となったフレール。
もはや彼を止められる者は少ない。
だが、彼は知らない。
魔女には明確な優劣が存在することを。
新たに従えた三人の魔女たちは、魔女としては幼かった。
年月の差はそのまま経験の差となり、力の差となって現れる。
彼らはいずれ知るだろう。
魔女と敵対した本当の意味を……
その頃にはもう、手遅れかもしれないが。
好評につき連載版を開始しました!
私のリハビリも兼ねてですが、ぜひ読んでみてください!
https://ncode.syosetu.com/n0900hg/
ページ下部にもリンクが用意されています。
注意:ちょっとだけタイトルが違います。
最後までご愛読ありがとうございます。
一応連載候補の短編です。
面白い、続きが気になるという方はぜひブクマ、評価☆☆☆☆☆⇒をして頂ければ嬉しいです。