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「イオネツ! 一人兄貴を紹介してやるよ」


 そう言うと、ウォルセフは橋の袂の広場の中のにある一軒の飲み屋へと向かう。

 その店では白い前掛けをかけた大柄な男が店先にテーブルと椅子を並べ、開店準備を始はじめているところだった。


「モーセル!」


 呼びかけられた男がこちらを振り返った。


「よう、ウォルセフじゃないか。お前さん、いま橋の向こうから出て来なかったかい?」

「うん。あのさ、こいつイオネツ。親と死に別れたんだ。ネマの島から出たいってんで、俺が預かってきたんだ」


 モーセルの眼帯のない左目がギラリと光り、目の前のイオネツを上から下までじっくりと眺めた。


「イオネツね。おまえ、ルルヌイの子になりたいってことなのか?」

「……は……うん」


 なんでだよ、とモーセルは首を傾げた。


「ネマの島だって、 孤児だからっておっぽり出すようなことはないだろう? それぞれの妓楼には孤児もたくさんいて、そいつらをちゃんと育ててくれるって言うじゃないか」

「でも、ぼ……俺、いつか神官になりたいん、だ。俺は明日十三になりるから、今日中に島を出ないと、もう神官になることはできなくなっちまうだろう?」

「な? モーセル、ネマの島で暮らし、十三を過ぎた者はネマの島から出てい出て行くことを禁ず。っていう掟があるだろう?」

「ああ、そんで、神官になるには十五を過ぎてないと試験を受けられねえってわけか。だがそりゃあお前、ひと揉めあるんじゃねえか? そんな理由でルルヌイの子になるやつなんて、俺がいる間には聞いたことがねえぞ」


 モーセルは開店準備の手を休め、腕を組むと難しい顔をして二人組を見下ろした。


「じゃあ、モーセルは反対だっていうのか?」


 ウォルセフは拳を握りしめると、一歩前に出てモーセルに食って掛かかる。


「ルルヌイの子っていうのは、なんのためにあるんだよ。孤児が助け合って生きていくためじゃないのかよ? なのに、孤児になって困ってるやつがいるのに、いろいろいちゃもんつけて、弾き出すのかよ?」


 ウォルセフの勢いにモーセルはわずかに上体をそらした。


「ああ、わかってるわかってる。ちょっとおちつけよ。俺が反対だなんては言ってないだろうが」

「じゃあ、力になってくれるか!」


 間髪入れずにそう言ったウォルセフにモーセルは苦笑しながら頷いた。


「おまえ、交渉が上手くなりやがったじゃねえか。まあ、リーダー同士の話し合いなんてことになったら、そん時は力になってやるよ」


 モーセルの言葉にウォルセフは「やった!」とガッツポーズを作る。

 この玄の橋の広場で飲み屋を営むモーセルの世話になっていないルルヌイの子はいないだろう。アトスやバルニオたちの、もう一つ上の世代であるモーセルの援護射撃は大いに頼りになる。


「だがウォルセフ、まずは俺の援護射撃なんていらないように、お前も根回ししとくんだな。それぞれのグループに、兄貴たち。お前のリーダーとしての力の見せどころだ。その結果しだいでは、お前がルルヌイの子を抜けた後の行き先だって、変わってくるかもしれないぜ? ってことで、まあ、まずは、二人とも店を手伝ってけよ?」


 ウォルセフは心得たとばかりに布巾を手に取り、テーブルや椅子を拭き始めた。


「イオネツ、ぼやっとしてんな。ほら、あっちに積み上げられてるテーブルと椅子がまだあるだろう? 表に全部並べろよ」


 ウォルセフとモーセルの話し合いをおっとりと眺めていたイオネツははっとして、ウォルセフを真似て開店の準備の手伝いを始はじめた。


「テーブルと椅子を並べたら、前掛けを貸してやる。やることはいろいろあるからな!」

「はい!」


 イオネツが返事をすると、モーセルの動きが止まった。

 ウォルセフの動きも止まり、イオネツをじとっとした目で見つめている。


「イーオーネーツー……」


 ウォルセフの咎めるような視線と呼びかけに、「はい?」とたじろぎながら答える。


「返事はぁ?」

「あ……お、オーケー?」


 そんな二人のやり取りを見たモーセルが豪快な笑い声を上げた。


「ウォルセフ、おまえ、またずいぶんと変わった毛色の奴を拾ってきたもんだ。ネマの島に、こんなお坊ちゃまがいたとは知らなかったぜ。おう、お前はイオネツってのか?」

「うん。そうだよ!」


 興味深げにイオネツをジロジロと見回すモーセルにイオネツは胸を張って答えた。


「よし、俺はモーセルだ。お前がルルヌイの子のウォルセフのグループに入るってんなら、今日この時から俺はお前の兄貴になる。もしお前が神官になったとしても、それは変わらねえ。いいか?」

「うん。よろしくお願いします」


 ペコリと頭を下げるイオネツの頭をモーセルがバシバシと叩いた。


「ウォルセフ! お前、苦労するぞ!」


 そう言いながら、腹を抱えて笑いだす。


「ああ……俺もそんな気が……してるぜ……」


 開店準備の手伝いをしながら、ウォルセフも苦笑いをしていた。

 ぱらぱらとお客が入りはじめ、日がすっかり西に傾き、空が茜に染まる。


「開門の儀が、そろそろ始はじまる頃だな」


 モーセルが川向うに目を向けながら言った。


「二人共、ご苦労だったな。これから開門の儀が終わるまでは、店は暇になるからよ。ちょっと休んどけよ」


 モーセルは店のランプに火を入れていく。

 ウォルセフが店の前のテーブルの一つに腰を下ろすと、イオネツも同じテーブルにやってきた。


「島の外から見る開門の儀は、初めてだな」

「すっげえ、きれいだぜ?」


 次第に色を変えていく空。広場のざわめきの中で涼しさを増していく空気。


「ほい、おつかれさん」


 二人の前に飲み物の入ったカップが置かれる。

 紙巻たばこを口に咥えたモーセルが二人の間にドカリと腰を下ろした。

 もうすぐ開門の犠だ。その間に、休憩を取れということなのだろう。


「妓楼の最上階から眺める開門の儀も、きれいだったよ」

「そりゃあ、俺達には一生拝めねえ景色だな」


 モーセルがぷはあ、と煙を吐きながら言った。

 そよそよと吹き抜ける風がテーブルの上のランプの炎を揺らめかしていく。


 広場にざわめきが広がり、小さな門からいく人もの遊女が飛び出してきた。


 ドン、ドーーーン、ドン。ドン、ドーーーン、ドン。


 開門の儀を告げる大太鼓の音が響き渡る。

 少しずつ開かれていく門。

 そして、


「タジエナだ!」

「今日の鍵役はタジエナだぞ!」


 おおお……っという、雄叫びのような叫びの中からそんな声が聞こえた。


「え?」


 テーブルに座っていた三人は戸惑いの声を上げた。

 今日たまたま訪れた客達にはわからないだろうが、この広場の店主たちは、つい先日もタジエナが鍵役を務めたことを知っている。ネマの島で一番のジュンランであるタジエナが鍵役を務めることはそうざらにあることではない。

 周囲の飲み屋や飯屋の店主たちはお互いに顔を見合わせながら「なにかあったのかねえ?」などと言葉をかわしている。


「ど、どうして? きょうは母……」


 つぶやいたイオネツの口をウォルセフの手が塞いだ。

 身を乗り出し、イオネツの口に手を押し付けて、ウォルセフは鋭く首を横に振った。

 ルルヌイの子になろうとしているイオネツに母親がいることはだれにも知られてはいけないのだ。

 その様子を眺めていたモーセルがくわえタバコで「ふーん」と唸る。 

 広場のざわめきは、タジエナが足に巻かれた鈴を鳴らしながら橋の上に歩を進めると、潮が引くように静まっていった。

 玄の橋の中央でピタリと止まったタジエナが、手にしたランタンで大きく円を描くと、炎の軌跡が生まれる。そして、緩やかな舞いが始はじまった。


「歌っている……」


 イオネツが立ち上がった。

「風の神霊ヲン=フドワのナトギ様! お願い!……タジエナの声を届けて……!」


 イオネツは空に向かって両手を広げた。

 すると、ネマの島の方からさわさわと優しい風が吹き始はじめ、その風にのって女性の歌声が小さく届き始める。

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