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岸辺の物語「ルルヌイの子」  作者: 観月
ルルヌイの子
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1

 昨夜から降り続いた雨がようやく小雨となり、雲の切れ間に青空が見え始めていた。

 天から伸びた光のはしごは、のっぺりと鉛色だった雲に陰影を与え、暖められた空気は存分に湿気を孕んで、ルルヌイ川の岸辺を吹き抜けていく。


「またアッチェレの勝ちかよー」


 川の渡し場に建つ、粗末な石造りの小屋に、少年たちの声があった。

 番小屋と呼ばれるその小屋は、渡しの仕事を請け負ったり、金の遣り取りをする場所で、渡しが出る日には、ロワンザの町の警備を担当している廻り番の中から、誰か一人がここに詰めている。

 昨夜から降り続いた雨のため、今日は渡し舟は出ないことに決まっていた。だが、渡しが出なくとも客が尋ねてくることもあるため、日のあるうちは誰かしらかがこの番小屋に詰めていなくてはならない。閑散とした番小屋の、張り出したひさしの下では、数名のルルヌイの子が留守番をしながら、ゲームに興じているのだった。


 少年たちのうち、ある者はそこに置いてある木製の長椅子にまたがるように座り、またある者は周辺に立ったり中腰になったりして、黒い石版を取り囲んでいる。順番に白い石筆で何やら書き込んでいた。

 グリードと呼ばれるこのゲームは、四角い格子状の枠の中を丸やら三角といった自分のマークで順に埋めていき、繋がる多くの陣地を取ったほうが勝ちという単純なゲームだ。けれども彼らはこのゲームに銅銭をかけており、真剣な瞳で石版を囲んでいる。

 勝負に勝ったアッチェレは、笑顔で長椅子の上に置いてあった銅銭を片手でひとまとめにしてつかむと、ポケットの中に突っ込んだ。


「次はハンデな。最初の一周はおまえ休み」

「なんだよ! そんなルール聞いたことないぞ!」

「なんだよ、そんだけ巻き上げといてけち臭いこと言ってんじゃねえや!」

「んだと!? だったら頭使えよ。おまえの脳みそがチンケなのは、俺のせいじゃねえや!」


 アッチェレと、一人の少年がにらみ合い、胸ぐらをつかみ合う。


「おい」


 黙ってみていた別の少年が二人に声をかけた。


「うるせえな、なんだよ!」


 今まさに一触即発状態でつかみ合っていた二人の声が重なり、声をかけてきた少年を振り返って睨みつけたのだが、まるで図ったようにシンクロしてしまった動作に、つかみ合っていた二人は毒気を抜かれた。

 振り上げていた手を下ろし肩から力を抜いて、ふうっと息を吐く。そっぽを向いて頭をゴリゴリとかく動作まで重なり、二人してぶっと吹き出してしまった。


「で? なんだよ?」


 アッチェレが声をかけてきた少年にたずねると、彼は「ん」と言いながら手を上げ、堤防の上の方を指さした。その場にいた少年たちの顔がいっせいにそちらを向く。


 堤防の上には、一人の男がこちらに向かって歩いて来る姿が見えた。

 墨色の布を羽織っている。フード付きのマントなどという大層なものではなく、ペラペラとした薄い布を頭から巻いているという感じだ。小柄で痩せた男で、旅行客というには随分と軽装だった。

 今日は、朝のうちこそ渡し舟の有無を確認に来る客もあったが、昼をすぎると訪れる客もいなかった。退屈を持て余していたルルヌイの子たちは、一体何者なのだろうと、こちらへ近づいてくる男を興味津々でジロジロと眺める。客ではないと判断したために、その視線に遠慮はない。

 男は少年たちの視線に気づいたのか、少し早足になったようだ。

 少年たちの注目のなか番小屋までやってきた男は、きまり悪そうに頭にかぶった黒っぽい布をとった。


「ウォルセフという少年に会いたいのだが……」


 布の下から現れたのは、痩せて頭が薄くなり始めた中年の男の顔だった。少年たちは男の顔を眺めてから、次にお互いに顔を見合わせる。最後には全員の視線がアッチェレの上に集まった。


「ああ……」


 アッチェレが声を上げると


「あんたがウォルセフか?」


 と、少しばかりおどおどとした声で男は聞いてきた。


「いや、違うよ。けど、ウォルセフは俺のグループのリーダーだ。ウォルセフへの用事だったら俺が聞いておくけど?」


 どうするか? と問うように、アッチェレが首を傾げる。


「手紙を預かっている。直接ウォルセフに渡すように言付ことづかっている。どこに行けば、ウォルセフに会えるだろうか?」


 痩せた男の、少しばかり前かがみに腰を曲げた様子が、少年たちには卑屈に映った。


「ウォルセフは、今日は廻り組の兄貴達が迎えに来てさ、他のグループのリーダーたちと一緒に、北の番所に詰める焔隊の隊長や、町の評議委員たちとの集まりに出かけていったぜ? 雨の日には時々あるんだよ。そういう時ゃ、飯も出るからさ、多分帰ってくるのは暗くなる頃だと思うけど……」


 男は、はぁ、と情けない声を上げて、少し考え込んでいたが、


「んでも、今日中には帰ってくるんだな? では、待たせてもらうとするか」


 そう言って、男はぺこぺこと頭を下げながらも、長椅子の端っこにちょこんと腰を掛けてしまう。

 おどおどと腰の低いわりには、意外にも気後れすることはない様子で、そのままじっと流れる川を見つめている。

 居心地が悪くなったのは少年たちの方だ。


「おれ、ちょっと用事があったんだ……」

「あ、俺もー」

「ああ、そういやぁ……」


 などと言って、彼らは次々に番小屋を離れていった。


「あっ! お前ら! 待てよ!」

「悪いな」

「おまえらぁ……、いいか? ウォルセフが帰ったら、真っ先に番小屋に来るよう伝えろよ!」


 自分のグループのリーダーに用があるという男を一人で置いていくこともできずに、アッチェレはブツブツ文句を言いながら、結局男の隣に腰を下ろすのだった。

 それからかなり長い時間が経ったのだが、男はそこに座り続けている。

 だからアッチェレも、その隣に腰を下ろしている。

 男と話すこともなく。することもなく。アッチェレの我慢も、かなり限界に達しようとしていた。


 もう早く自分の寝床へ帰りたい。


 そう思いながら、うんざりした気分で隣りに座る男の様子を盗み見る。男は番小屋の前の椅子に腰を下ろしたまま微動だにしない。

 いつのまにやら日は川の向こうに沈んでしまったらしい。夜の帳が天を包み、辺りが暗くなっていた。


「なあ、誰からの手紙なの? 明日 出直してきたら?」


 アッチェレは帰りを促がそうとした。


「そういうわけにはいかない」


 しかし男は、懐を大事そうになでながら一向に腰を上げようとはしない。


「これは、俺の主人からの預かりもんだ。この手紙を書いたのはタジエナ・ジュンラン……知ってっか? 俺が仕えている方だ」


 男がちらりとアッチェレを横目で見ながら、そっと告げる。


「タジエナ……ジュン……ランンーーー!?」


 今まで退屈そうにウロウロしていたアッチェレの瞳が大きく開き、爛々と輝きだした。


「知ってるかって? 俺を誰だと思ってるんだよ!? ルルヌイの子だぜ? ネマの島の情報だって、ちゃんと頭に入ってる。ジュンランの名前くらい知らないわけないじゃないか!」


 アッチェレの勢いに男のほうがたじろいだらしく、少しばかりアッチェレから距離を取る。


 ……こほん。


 その様子にアッチェレは赤くなって、咳払いをした。


「で? タジエナ……って、あの、ホントのホントに、あの、タジエナ・ジュンラン?」


 大騒ぎしてしまった自分が恥ずかしくなり、男から視線を外したものの、好奇心が抑えられないアッチェレはチラチラと男を盗み見しながら尋ねた。


「タジエナ・ジュンランは、この世に二人とはいねえなぁ」

「だよな、だよなぁ!?」


 アッチェレはまた、男の方に、ガバリと身を乗り出した。


「で? なんでそんな人がウォルセフに手紙なんて寄越すんだよ?」


 アッチェレに迫られて、男はどんどん長椅子の隅に寄っていく。

 男に掴みかかるようにしてグイグイと迫っていたアッチェレが「あ!」と鋭い声をあげた。アッチェレの視線は男を通り越して、向こうの堤防の上へと向かった。

 

「ど、どうしたんで……」


 男は言いながらもアッチェレの視線をたどるように後ろを振り返る。

 堤防の上を歩いてくる人影があった。

 軽快な足取り。まだいくぶん少年の気配の残ったシルエットが、薄闇の中かすかな明かりに浮かび上がっている。

 その人影がウォルセフであるとアッチェレは気がついて、勢い良く立ち上がった。

 

「ウォルセフだ! ウォルセフー!」


 アッチェレが大きな声で呼びかけると、その声が届いたらしく、遠くの人影がこちらに軽く手を挙げてよこした。


「はぁー、よかった。今日はあんたと、番小屋で一夜を明かさなくちゃならないのかと思ったぜ」


 おどけた声でそう言うと、アッチェレは近づいてくる人物へ向かって、もう一度大きく手を振った。


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