女衒から逃げた町娘は、旅の騎士様に拾われる、というか付いて行く。いいですよね、魔力のある貴族様は!
20/06/19 台詞、一か所追加しました。
20/07/13 話流れが不自然なところ、数か所修正しました。
「お腹空いた……」
あたしは町から10エクター(約5キロメートル)ほど離れた街道の道端に座り込んでいた。逃げる時に盗んだ小銭はとうに使い果たした。森に行けば、食べる物が見つかるかもと思って来てはみたが、町育ちなので、森の中など全く勝手がわからない。目に付く木の実もキノコも毒々しい色ばかり、こんなの食べたら絶対死んでしまう。
それに、森には……。
「どうしよう、このまま夜になったら魔獣が出る。でも、町に帰る訳にも……」
そう悩んでいた時、彼が声を掛けて来た。
「娘。こんなところに座り込んで何をしている?」
力なく見上げると、そこには、軽装の鎧を身に着け、腰に長剣を帯びた一人の騎士様が立っていた。おそらく旅の途中なのであろう、大きな背嚢を背負っている。
体格も筋肉もとても立派、見るからに強そうな騎士だ。容貌もとても凛々しい。この騎士様なら歩いているだけで、町娘や村娘達に、きゃあきゃあ! 騒がれるだろう。
あたしは決意した。あれが嫌だから逃げたのに、もう、あれをするしかない。あたしの全財産は、身につけている服と、体だけしかない。
「騎士様。あたしを買っていただけませんか? 初物ですよ、話のネタになりますよ。どうですか?」
「遠慮する。私は修行中の身だ。遊んでいる暇はない」
即断で、断られた。
これでも、通り一番の容姿だと自負してたんだけどな。まあ、そのせいで女衒に目をつけられたんだけど……。
うちの両親は本当にバカ。あんな儲け話、裏があるの決まってるのにホイホイ乗せられて、娘を借金のカタに取られる最悪の結末。バカ過ぎる。バカ比べの大会があれば優勝出来るよ。
あー、それにしても……。
「お前、腹が減っているのか?」
「……はい、もう二日ほど何も食べていません」
「だったら、これを食べろ。そして家へ帰れ」
あたしの目の前に、紙に包まれた大きな黒パンが差し出された。
これが、あたし、ステラと、騎士様、クレイグ・フオン・アトランドとの出会い。この時、あたしは十五歳。クレイグ様は二十一歳。
真っ暗な闇に包まれた森での野営は、ほんとに恐ろしい。単なる獣なのか、魔獣なのかわからないが、奇怪な鳴き声が、始終響き渡っている。もし、一人だったら、目の前の焚火がなかったら、耐えられない。恐怖のあまり気が狂ってしまうだろう。
「ステラ、お前は、何時まで付いて来る気だ?」
「…………帰れるところがありません」
もう、住んでいた町には戻れない。女衒はあたしを探している。見つかれば、二度と逃げ出さないように地獄のような折檻を受けるだろう。
「それは何度も聞いた、お前の事情だ、私の関知するところではない」
クレイグ様の言われていることは、あまりにも最もなことで反論の余地がない。でも、こんな荒野の街道で彼と別れてしまったら、あたしは本当にどうしようもなくなる。たぶん、三日もしないうちに野垂れ死ぬだろう。なんとか、次の町まで、同行させて貰わなければ……。
でも、町についたとて、先行きは明るくない。金物屋の娘として育ったが、これといった取柄など何も無い、文字はなんとか読めるけれど、身元保証のない状態ではどこも雇ってはくれない、農家でさえ無理だ。不審者の雇用は、どこの領地でもきつく取り締まれらている。
「身の周りのお世話をいたします。なんなら、クレイグ様の性欲の処理に使っていただいても、結構です。テクニックなどございませんが、頑張らせていただきます」
命を繋ぐためとはいえ、情けなくて仕方がない。もう、あたしの人生は終わっているのかもしれない。もし、そうなら消えたい。はやく消えてしまいたい。
クレイグ様は、あたしのあまりにも、はしたない言葉に呆れたのか、返事をくれなかった。この後しばらく沈黙が続いた。
「ステラ、消えかけているぞ、薪を足せ」
ぼーっとしていた、あたしは、クレイグ様の声で我に返った。
「えっ、あっ すみません!」
急いで薪をくべたが遅かった。火は新たに加えた薪に燃え移ることなく消えてしまった。闇が、あたし達を包んだ。
「灯火、第一式!」
空中に黄色い炎が浮かんだ。その炎は熱をもっていなかった。
クレイグ様が出してくれた灯りは、魔術の灯り。クレイグ様はフルネーム「クレイグ・フオン・アトランド」でわかるように貴族。貴族は、あたしのような平民とは違い魔力を持っており魔術を使える。
「貴族様は良いですね。どうして神々は、私達、平民には魔力を与えてくれないのでしょう。こんなの不公平過ぎますよ」
私は言っても仕方ないことを言った。世の中の全ては不公平で出来ている。そうゆうものだと納得するしかない。しかし、私はまだ十五歳。達観できるほど生きてはいない。
女衒のところでみた、売春婦、遊女の惨状は酷いものだった。彼女達の目は死んでいた。彼女達には夢、希望、可能性、未来に関する全てのものが無い。あるのは今の残酷な現実だけ。
魔力さえあれば、一人でも生きていける。あんな理不尽で残酷な世界に落ちなくて済む……。魔力が欲しい、ほんとに欲しい。
横になっていたクレイグ様が、起き上がって言われた。
「なんだ、ステラは魔力が欲しいのか?」
「当たり前です。どれだけ、あたし達、平民が貴族様を羨んでいることか。でも、どうしようもないんです、平民には、魔力を貯める魔力槽がありません」
クレイグ様が、あっけらかんと仰られた。
「あるぞ、魔力槽。平民にもある」
「へ? あるんですか?」
「ある」
この時のあたしは、かなり間抜けな顔をしていたらしい。後でクレイグ様に教えられた。
「平民にも貴族同様、魔力槽はある。しかし、平民のは蓋が閉じているのだ。だから魔力が貯められない」
「じゃ、その蓋を開けば、平民でも魔力が貯められ、魔術が使えるようになるんですね!」
凄い! こんな話、今まで聞いたことがなかった。あたしの心に希望が戻って来た。もう、終わっていると思ったあたしの人生でも、魔力を持ち、魔術が使えればなんとかなる。未来が切り開ける。
あたしは大喜びで尋ねた。
「どうしたら良いんですか? どのようにしたら蓋が開くのですか? クレイグ様!」
しかし、クレイグ様の答えは、私を絶望の淵へと落とすものだった。
「貴族と結婚すればよい。真に心の通い合った夫婦なら、魔力粒子が二人の体を巡り合う。その流れが、自然と蓋を開けてくれる。まあ、成功率はわからないが。試す価値はある」
バタリ。あたしは地面の上に突っ伏した。
「どうした?」
「殺して下さいませ。今のクレイグ様の言葉で、生きる気力を完全に失いました。希望を持たせておいて、それを蹴り落とす。最低ですよ、最低。人としてやってはならぬことです。まして、貴方様は騎士、民を助け守る御方。反省して下さいませ」
「そうか、それはすまないことをした。反省しよう。ただ、どこを反省したら良いのかわからん、どこが悪かった?」
あたしは呆れてしまった。少々変わった騎士様だと思っていたが、常識が無いにもほどがある。
「貴族と結婚すれば良いってところですよ! 平民が貴族様と結婚など出来る訳無いじゃないですか!」
貴族の生命線は魔力。貴族の結婚において、一番に重視されるのは魔力量。それなのに、魔力自体を持てない平民など、結婚相手に選ばれる訳がない。
「いや、そんなことはないぞ。私の母上は平民だ」
ぎょっとした。
「嘘でしょ」
「どうして、嘘を言わなければならない。本当の話だ。平民の母上は父上と結婚し私を産んだんだ。それに母上の魔力槽の蓋も開いたよ。今では、父上より多くの魔力を貯められる。あまつさえ、女性ながら騎士にまでなったぞ」
クレイグ様の衝撃発言に、頭がクラクラし、自分の言ったことを撤回しようかとも思ったが、思い直した。
「いえ、やはり反省はして下さい。クレイグ様の御両親は、ほんとうに稀な例です。その稀な例一つを持って『貴族と結婚すれば良い』などと簡単に言ってもらっては困ります」
「困るのか?」
「だから、言ってるじゃないですか。平民が貴族様と結婚するのは無理です。ご両親は例外です。あたしは貴族様とは結婚出来ません。したくても相手にしてくれません!」
あたしは、つい大声を出してしまった。クレイグ様は、勝手について来たあたしに、食べ物をくれる優しい騎士様だが、どうも調子が会わない。彼といるとなんだか変だ。あたしは間違ったことは言っていない筈なのに。もしかしたら、彼の言うことの方が正しいのかもと思ってしまう。イライラする。
「相手にしてくれないか、それは困ったな。だったら、私と結婚するか。私も一応貴族、これで問題解決だ」
「?」
あたしは彼の言った言葉の意味がわからなかった。いえ、わかってはいたが、あまりにも唐突なので、頭が固まってしまった。
「嫌か? 嫌なら別にいいぞ。私も焦る年ではない」
「いえ、嫌とはいってません」
「では、良いのだな」
「良いとも言ってません」
「どっちなんだ? 答えは、ハイか、イイエで答えてくれ」
あたしは求婚の衝撃に混乱していたけれど、必死に頭を動かし考えた。この調子外れの騎士様の求婚を受け入れるべきか? この求婚、あまりにも唐突過ぎないか? 何か裏があるんじゃないか? いや、それ以前に、クレイグ様の頭は大丈夫なのか? 変なところのネジが外れているのでは? 等々色々な負の考えが湧き起こった。でも、あたしの結論は……、
彼の求婚を受け入れよう。
今のこの状況は最悪と言って良い。どう転んでも、これより悪くなることはないだろう。それに、普通に考えれば、これは玉の輿。売春婦に落ちる寸前だった娘が、貴族様、騎士様の奥方になるのだ。玉の輿以外の何物でもない。
「答えは、ハイです。クレイグ様の妻になります、いえ、して下さいませ」
あたしは自分が真剣に答えていることを伝えようと。彼の目をきっちり見据えた。クレイグ様も全く目を逸らさない。
「そうか。では、こちらへ来い。もう寝よう」
そう言って、クレイグ様は私の腕をとった。
「ええっ! もう寝ようって、いきなり過ぎます! 雰囲気とかムードとか、それなりの場所とか」
クレイグ様の力は当然強い。あっという間に、あたしは彼の胸に抱き寄せられた。
ほんの先程まで、生きるために彼に身体を使ってもらおうと考えていた筈なのに、あたしの心は慌てふためいた。
体が震える、怖い……。
今までの言葉は虚勢だった。生娘の私には、男性に身を任す覚悟など全然出来てはいなかった。
彼は私を抱いたまま、柔らかい草の上に横になった。そして語りかけて来た。
「ステラ、これから毎晩、お前をこうやって抱いて寝る。こうすれば、魔力粒子を、ステラに循環させやすいからな。運が良ければ、魔力槽の蓋が開くだろう」
「魔力粒子の循環……。睦事はなさらないのですか」
私は恐る恐る、クレイグ様を見上げた。
「しない。ステラはまだ成人ではないだろう。それに、結婚と言ったのは半分嘘だ」
半分嘘! どうしてクレイグ様は、あたしを混乱させるようなことばかり言うのか。彼を小突いてやりたくなったが、止めておいた。抱かれた体勢のままでは難しいし、あたしの攻撃など彼には蚊が刺すようなものだろう。
「私の修行の旅は、後、半年で終わる。その半年間、二人で歩んで行こう。心を通わせ、魔力粒子を循環させるんだ。そして、半年後、ステラの魔力槽の蓋が開いていたら、結婚は無し。魔力を持ち、魔術が使えるようになれば、誰の助けがなくても生きて行ける。この世界は、そういう世界だ。ほんと、ステラの言うように不公平過ぎるな」
結婚は無し。この言葉に動揺した。
「そして、もし、半年たっても、ステラの蓋が開かなかったら、その時は本当に、私と結婚すれば良い。魔力の無しとして貴族社会を生きるのは辛いかもしれないが、まあ、外れ籤を引いたと思って我慢してくれ」
そう言って、彼は笑った。
泣きたくなった。それではクレイグ様には、何の得も無いではないか。恩恵を受けるのは、あたしばかり。どうして、そこまでしてくれるのか? あたしのような平民の娘にそんな価値があるとは思えない。そのことを率直にクレイグ様にぶつけてみた。
「恩恵はある。俺はこう見えて、とっても面食いなのだ。ステラは可愛いそれだけで十分だ」
嘘だ。貴族の令嬢は奇麗な人が多い。あたし程度の見目の娘はごまんといる。適当に連れて来たとしても、あたしが勝てる令嬢など三分の一もないだろう。あたしは所詮町娘に過ぎない。
でも、嘘でも可愛いと言ってもらえるのは嬉しい。ほんとに嬉しかった。
魔力粒子の循環を始めてしばらくたってから、クレイグ様が一冊の本を渡して来た。
「これは、魔術の基礎の教本だ。休息の時間にでも読んでおくと良い。字は読めるだろう」
「はい、なんとか。でも、蓋はまだ開いてません」
「かまわない。開いてから、慌てて読むより、先に読んでおいた方がずっと良い。読んでおきなさい」
「では、読ませて頂きます。でも、蓋が開くかどうか、わかりません。無駄になるかも」
「開くよ、開くと信じることが大切なんだ。ステラ」
クレイグ様との旅は、彼が修行の旅と言っているだけあって、かなり過酷なものだった。一日、何十エクターも歩いた。魔獣が跋扈する森に出くわすと、クレイグ様は外縁部から順に討伐していった。その間、あたしは安全な場所に待機させられた。魔術の教本を読んだりしていたが、その時間は本当に辛いものだった。
クレイグ様が怪我をしておられないだろうか? いえ、怪我なら治る。もし、命を落としていたら、そう思うと胸が締め付けられ、吐きそうになってしまう。
信じることが大切だと、彼は言った。彼を信じよう。
彼は大丈夫、彼は強い、魔獣なんかに負ける訳がない。クレイグ様はきっと私の下へ帰って来てくれる。
これからも一緒に歩んでくれる。
++++++++++++++++++++
「ステラ、そろそろ、『あたし』と言うのを止めたらどうだ。貴族の奥方は、『あたし』なんて、言わない。『あたし』なんて言うのは子供だけだ」
「あら、あたしは何時から、『子供』から『貴族の奥方』へランクアップしたのでしょう。未成年だからと言って抱いてもいただけないのに」
「毎晩、抱いているだろう」
「あんなのは魔力線を通しているだけ、家族のハグみたいなものです。夫婦間のものではありません」
私が言ったイジワルな言葉に、どう返していいかわからなかったのだろう。クレイグ様はひたすら、困った顔をするばかりだった。彼の困り顔が、とても愛しい。
彼は毎晩、私を抱いて寝る。私のようなものでも、女性は女性だ。若いクレイグ様が手を出してこないのは、奇跡に近い。とんでもない自制心だ。
もしかして、クレイグ様は女性に興味がないのかと疑ったこともあった。しかし、それはない。町などで、奇麗な女性や胸の大きな女性とすれ違った時に、彼の目は、きっちりその女性を追っている。
くそ、彼も胸の大きな女性が好きなのか……。私だってまだ可能性がある、あると思いたい。でも、一年くらい前から成長が止まっている。まったく大きさが変わらない。
ほんと神様は、不公平だ。
++++++++++++++++++++
「ステラ」
クレイグ様が戻って来た。私の下へ、ちゃんと帰って来てくれた。生きて戻って来てくれた。私は彼のもとへ駆け寄り抱き着いた。
「お帰りなさいませ、よくぞ御無事で、よくぞ御無事で」 あなた!
もう、魔力なんていらない、私は、彼の妻になりたい、本当の妻に……。
「灯火、第一式」
暗闇の中に、オレンジ色の炎が浮かび上がった。
私の魔力槽の蓋が開いた。魔力を貯められるようになった。魔術もこうやって、ちゃんと使える。
クレイグ様は喜んでくれた、褒めてくれた。
「良かったな、ステラ。よく頑張った、よく自分の可能性を信じた。私は、ああは言っていたが、成功率は半分も無いと思っていたんだ、ほんと良かったよ」
私は、何も頑張ってなどいなかった。ただ、彼と共に歩み、彼に寄りかかっていただけだ。三か月間、べったり頼り切った、それだけなのだ。
その日を境に、クレイグ様は私を抱いてくれなくなった。
「なあ、ステラ。もう、お前は貴族も同然、どこでだって生きてゆける。律儀に私に付き合うことはない。私の旅は危険だ、何時でも、お前を守ってやれるとは限らない。絶対の安全など保障してやれないのだ」
「もう私も魔術は使えます。自分の身くらい、自分で守れます」
「ステラの攻勢魔術は、まだ第一式止まりではないか。あんなのでは、戦えない。あっと言う間にやられてしまうよ」
「それでも、大丈夫なのです!」
私は、横になっているクレイグ様の大きな背中に身を寄せた。蓋が開く前までとは違い、今は彼の背中に縋りつくの精一杯。
「クレイグ様。貴方の御蔭で、私は魔術が使えるようになりました。でも、私は何も恩返しが出来ておりません。もう少し、せめて旅を終えられるまで、お傍に居させて下さいませ。お願いでございます」
私は、彼の服をきつく握りしめた。離れたくない!
「私の御蔭なんかではない。ステラが自分の可能性を信じた、それだけだ」
私は、途中から、もう魔力など無くても良いと思っておりました。自分の可能性など、どうでもよくなっていたのです。そんなことより、クレイグ様と一緒にいたい。心を通わせて、これからも一緒に歩み続けたい、そう思うようになったのです。
私の魔力槽の蓋が開いたのは、クレイグ様と私の心が通い合いあったせいです。魔力粒子がそれに答えてくれたのです。どうしてそれをわかってくれないのですか!
クレイグ様は素晴らしい騎士だと思う。あれだけの魔獣を倒し続けて来た、素晴らしいとしかいいようがない。でも、鈍感すぎる、あまりにも鈍感。どうして、女の方から、こんなことを言わなければならないのだろう、どうして。
「クレイグ様、私を抱いて下さいませ。前のような家族でやるようなものではなく、男女の睦事をして下さいませ」
「バカを言うな。ステラはもう魔術が使える。何だって出来る、どんなところにだって嫁ぐことが出来る。自分の可能性を自分で潰すな。せっかく得た可能性だ、大事にするんだ」
私のイライラが爆発した。
「私は可能性なんてどうでも良いのです! 私が欲しいのは、このまま貴方と一緒に歩む未来だけです、貴方の妻になる未来だけなのです! クレイグ様、私は、そんなに女性としての魅力がないのですか! 胸が控えめなのは認めますが、だったらクレイグ様が大きくして下さいませ! 毎日、揉んで、吸っ」
クレイグ様の大きな手で口を塞がれた。もがもが。
「わかった、わかったから。もうそれ以上言うな。ステラの可愛い顔からそのような下品な言葉は聞きたくはない。わかったか、もう、あのような言葉は使うなよ」
私は首を縦に振った。使いません。
クレイグ様は、私の口を塞いでいた手は離してくれた。
「今、私のことを可愛いと言ってくれましたよね。本当ですね、嘘ではございませんよね」
私は首をあげ、じっと彼の目を覗き込んだ。彼と私では身長差があり過ぎる。首が痛い、早く答えて。
「本当だよ、最初から思っていたよ。なんて可愛い娘なんだとな」
クレイグ様は視線を逸らしながらだったが、言ってくれた。頬赤らんでいないかと確かめたかったが、今は夜、焚火の灯りの下では判別がつかなかった。とにかく、まあ、それはそれとして。
よし! やったー!
心の中で歓声を上げた。クレイグ様は私をちゃんと女性として見てくれていた。可愛いとまで思っていてくれた。私は単なる抱き枕ではなかった。嬉しい、あまりの嬉しさに心がどうかなりそう。
「ステラ、予定より早いが、旅を終了する。実家に戻る」
「え? 急にどうして?」
「ステラは鈍感だな、お前を両親に紹介し、婚礼を挙げるために、決まっているだろう。私は騎士、手順はちゃんと踏む。私達の最初が、いきなり青姦なんて御免被る」
青姦……。その言葉に顔が火照った。
自分のことは棚に上げて、彼をポカ、ポカ、殴る
「クレイグ様のバカ、バカ、バカ! どちらが、鈍感で、下品なんですか、どちらが!」
「どちらもだよ、どちらも。私達はお似合いだ、お似合いの二人だ」
クレイグ様はそう言って笑った。彼が、これほど嬉しそうに笑うのを私は初めて見た。
翌日、彼の故郷へ出発した。帰り着くまで、ほぼ一カ月かかった。
その旅の間、私達は色々な話をした。クレイグ様は子供の時のことも話してくれた。
「俺は魔術が使えるようになるのが、他の貴族子弟に比べとても遅かった。父上も母上も、
『少々の遅れなど、大丈夫だ。気にするな』
『自分を信じるのよ、クレイグ』
と言ってくれたよ。でも、同い年の友人たちが楽々と魔術を使いこなしたいるのを見ると悲しかった。イライラした、腹が立って仕方なかった。そして、爆発した」
” 僕が魔術をちゃんと使えないのは母上のせいだ! 母上が平民だったからだ、悪いのは母上だ! ”
「あー、それはいけませんね。言ってはいけない言葉です。ちゃんと謝りましたか?」
クレイグ様のお母様は、とても悲しかったことだろう。でも、クレイグ様に、自分を信じなさい、と言ったように、お母様自身が、息子のことを信じていたにちがいない。そうでなければ、クレイグ様はこのような立派な男性に育たなかった筈、私が惚れ、お慕いするような立派な騎士様にはなれなかっただろう。
「謝ったよ。何度も謝った。しかし、あの時の母上の悲しそうな目は未だに忘れられない。しかし、心配するな、ステラ」
「心配するなって、何をです?」
「子供が出来ても、ステラに向かって、あのようなバカで恥知らずな言葉は、絶対言わせない、言わない様に教育する。母上のような目には、決して合わせはしない」
なんて気が早いの、そう思うと可笑しくなった。私を、まだ一度も抱いてもいないのに、もう子供の心配なんて。
今まで三カ月以上、一緒に旅をして来たのに、クレイグ様は気が早いな、などと思ったことは一度もなかった、どちらかと言うと、ゆったりとした性格だと思っていた。他にも、クレイグ様には私の知らない面が色々あることだろう、私達はこれから夫婦となる。時間はある、ゆっくりと知って行こう。楽しみは、長く味わねば損だ。
「御父上様、御母上様。初めまして、ステラと申します。私はクレイグ様に地獄に落ちるところを救われました。本当に感謝しております。そして、尊敬し、お慕いし、愛しております。私は見ての通りの平民ですが、何卒、クレイグ様の妻になることをお許し下さいませ。一緒に人生を歩み、お支えしたいのです。どうか、お願いでございます」
お二人は、私達の結婚を許してくれた。どちらも良い方だった。特に、お母様とは女同士、平民出身同士ということで、直ぐ仲良くなった。お母様は、すっらっとした体形で、とても立ち姿が美しい方。やはり、貴族の奥方ともなると、町人の母親達とは全然ちがう、私もそうなれるのだろうか。
「お母様、ひとつお聞きしてよろしいですか?」
「ええ、何なりと」
「クレイグ様は、何故かいつも、はぐらかして教えてくれないのですが、どうして修行の旅になど出られていたのですか? あのお強さなら、修行など必要ありませんよね」
「あれはですね。わたくしがクレイグを、ボコボコにしたからです」
「へ? お母様がクレイグ様をボコボコってどういう意味ですか?」
「まんまの意味ですよ。わたくしも元騎士、クレイグの力を試してあげたのです。クレイグも、それなりには強かったですが、あの程度ではね。発破をかけるつもりで、ボコボコにしました。しかし、そのせいで、あの子は修行の旅に……。少々やりすぎました。でも良かったです。その御蔭でステラと巡り合えたのですから、あの子には感謝してもらわなければなりませんね」
「……」
私は何も言えなかった。あのお強いクレイグ様より、お母様の方がさらにお強い。その御蔭で、私達が巡り合えた。全てはお母様から始まっていた。もうなんと言ってよいかわからない、なんと言ってよいか……。
「ステラ、貴女は攻勢魔術は使えますか?」
「ええ、まあ。クレイグ様に教えてもらいました。二式くらいまでなら」
「そう、だったら。貴女も騎士の試験を受けては如何かしら」
頭が痛くなってきた。私は貴族の妻になるだけで、びくびくしているのに、更に騎士になるだなんて、無理です、無理。絶対無理です。そう伝えた。
「あら、人生は可能性の塊よ、それを自ら閉ざしてどうするの。何事も挑戦よ、一回きりの人生、楽しみなさい」
そう言って、お母様はにこやかに笑われた。
その笑顔は、私の愛するクレイグ様の笑顔とそっくりだった。
第三短編。初めて転生モノじゃない作品。
長編もやっております。
『転生伯爵令嬢の愛情生活。出来る範囲で、みんなを幸せにします!』
https://ncode.syosetu.com/n3374ga/