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男が英雄でなければならない世界 〜男女比1:20の世界に来たけど簡単にはちやほやしてくれません〜  作者: 棚ん
三章

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4話 案内

 試練の日になった。


 まだ日も登らない内に目覚めた俺は、装備の入ったクローゼットを開く。


 まずはクローゼットの床に置かれた籠の中にある短剣を手に取ると、鞘から抜き出した。

 肉厚で切れ味よりも頑丈さを優先させた刀身だ。表面についた細かい傷は一つや二つでは済まず、本来持っていた光沢は失われている。

 俺は短剣を鞘には戻さず、そのままベルトに付けられた鞘へと移す。

 

 次に指抜きグローブを手にはめると、手を何度かグッと握り感触を確かめる。

 初めてこのグローブを渡された時、中二病という言葉が頭をよぎって着けるのを少し躊躇したものだ。


 順番に装備を身に着ける。

 胸当て、アームカバー、脛当て、ブーツ。

 最後に巨大な刀身にスリットがあり、その中に丸い錘が設けられた片刃の大剣【撃鉄】を負背う。

 装備を身に着け終わった俺は、クローゼットの扉を閉め家の出口に用意されていた数日分の食料の入った背嚢を拾って外へ出た。

 

 まだ早朝のため空気が冷たく、村は静かだ。

 とはいえ日の出と共に起き、暗くなると眠るこの村の人達はチラホラと外に出てきている。

 出会う人たちは皆女性な上、起き抜けで胸元が緩い人達が多くて目のやり場に困る。

 日が昇る時間に装備を整えた俺がどこに向かうのかは周知の事実であり、俺に気付いた女性たちが手を振ってくれる。

 

 村の門にたどり着いた。


 そこにはアンジが一人立っている。

 試練に向かう男に見送りはない。

 

 その代わり終われば村を挙げての祭りになるとのことだ。

 少し恥ずかしいがそれが文化なので受け入れるしかない。

 

「お待たせしました」

「今なら引き返せるぞ」

「決めたので」

「そうか」

 

 俺とアンジの間の言葉は少なかった。

 既にアンジとは俺がこの試練をどうするか?

 これからどうするのか?

 とうの昔に話している。

 だからアンジは確認だけをした。

 

 アンジが門を押し開く。


 開かれた門は東側、これから向かう森の葉の隙間から太陽の光が漏れ出ていた。

 

 

 

『本当に行くのか?』

『なぜそこまでして……』

『お前が試練を受ける意味など何もないだろう』


 それらすべてのアンジからの問いに俺は是と答えた。

 だから俺は今歩いている。

 

 俺は黙ってアンジの大きな背中について歩く。

 

 この方角は俺が地球からこの世界に迷い込んだ方向だ。

 何度も狩りでこの辺りを訪れたが、地球に関する手掛かりは見つかっていない。


 サク……サク……。

 虫の声に紛れて土を踏む音と、【撃鉄】の錘の金属音が心地いい。

 

「俺達はこの森に生かされている」


 俺の背丈ほどの太さのある倒れた大木に手をかけてよじ登る。

 背中に背負った金属塊がズシリと肩にのしかかるが、重みを無視してそのまま力を籠める。

 

「森は日々の糧を恵み、血肉となる獣を育ててくれる」

 

 アンジは木々の間を歩いていく。


「そして同時に俺達を否定してくる」

 

 この世界の木はどれも聳え立つような大木で、木漏れ日の出所は遥か頭上だ。

 

「俺達男は……戦士は決して死ぬことを許されない」


 木々に阻まれ風を肌で感じることはないが、定期的に頭上で葉の擦れる音と、変化する木漏れ日が空気の流れを教えてくれる。

 

「獣を殺し、子孫を残す」

 

 栄養を食い合わないためなのか、木と木の間は広く、背中に背負ったバカでかい大剣、【撃鉄】が邪魔になる事はない。


「そのための戦士を神は我々に授けてくれない」

 

 アンジが川を飛び越えた。

 その川は幅が10m程の小さな川だが、地球基準で考えると重たい鉄の塊を背負って飛び越えられるような距離ではない。

 俺はやや腰を落とし、石を蹴って走り出した。

 川の周りは大き目の石がゴロゴロしており、ただ走るというよりは石から石へと飛び移るような感覚だ。

 十分な助走を経て川の縁ギリギリで地を蹴った。


 【撃鉄】を背負うためのベルトが肩を抑え付け、俺を地面に残そうとしてくるが、俺はその呪縛を引き千切る。

 

 しばしの間の浮遊感の後、着地。すると【撃鉄】が今度は逆にもっと前に進めと俺の背中を押してくる。

 【撃鉄】に逆らうように俺は目についた大きな石を踏みつけて減速する。


 10mも飛んだ男と鉄の塊の重さに、踏みつけられた石が堪え切れずに弾き飛ばされ、俺の足が石を蹴散らしながらその下にあった土を削りながら進む。

 俺の足はその大きな負荷に耐えきり、やがて速度はゼロとなった。

 着地に成功した俺は前へ向き直ると、アンジは既に歩みを進めており、少しだけ小走りになってアンジの背中を追いかけた。

 

「セツは本当に村を出ていかないといけないんですか?」


 それはアンジと何度もした問答だった。


 通常、他人の血液は猛毒であるため、血を飲ませる事は村の掟で固く禁じられた行為である。

 貴重な男である俺と女であるセツ。

 追放されるのは優先順位の低いセツの方だった。

 だけど俺が勝手にやったことだし、むしろあの時から俺の体は恐ろしいまでに調子がよくなった。


 どう考えてもセツは悪くないし、追放される理由なんてどこにもない。

 役所なんてこの世界にあるのは知らないが、そんなお役所仕事な考えが正しいとは思えない。


「そうだ」

「そうだって意味がないじゃないですか。俺は現にこうして試練を受けられるくらいピンピンしてる」

「そうだろうがなんだろうがそれが掟だ」

「俺が村を出ていけばいい話でしょ!」


 俺は叫んだ。

 わからず屋にもほどがある。

 俺のせいでセツが村を出ていかなければいけないのであれば、俺がいなくなればいいんだ。

 だがアンジの答えは変わらない。

 

「俺も……考えた。こんな掟に意味があるのか? 現にミナトは生きている。何も問題はないと。なぜこんな掟があるんだ。村の長を継いだ俺なら掟を変えられるんじゃないかと」

「なら……」

「掟には意味がある」

「だからそれは……」

「言っていない意味もな」

「……意味?」

「混じった血は災いを引き寄せる……と言われている」


 俺とアンジが何度もした堂々巡りの問答。

 ここに来て初めてアンジは俺に違う答えを口にした。


「お前が出会った赤い猩々のように、獣達の中には他者の血の力を利用するものがいる。その力を自分も得ようと禁忌を犯し、人の血を飲んだ人間は何人もいた」

 

 赤い猩々。

 奴の体毛は血を吸って赤く変色し、生半可な力では断つことのできない強靭さを手に入れていた。

 この世界では血に力があるのだろう。

 

「殆どの人間が二度と戦えない体となったが、お前のようにごく稀に強い大地の加護を宿し生き残った者もいた」

「俺の他にもいたんですね」

 

「ああ……そして他人の血を飲み、強い大地の加護を得た者がいる場所には人の血を啜る獣が現れると言われている」

「血を飲んだ人を狙う獣?」


「全身の毛が硬く纏まり針の山のようになった四つ足の獣だ。当然女の力ではその体毛を切ることは出来ず、他の獣ではありえない数の群れを為す」

「名は(おこり)そいつらは10年前、サンの村を襲いジークの正妻であるキョウコの命を奪った獣だ」


「ジークさんの……という事はサンの村に血を飲んだ人がいた?」

「さあな分からん」

「分からない?」

「奴らを退けた後、血を飲んだ奴を探したが見つからなかった。名乗りでなければ血を飲んだかどうかなんてわからないしな。ただ、あんな獣は少なくとも俺は見た事がないし、誰も知らなかった。そんな中言い伝えの獣と特徴が合致した。だから奴らを俺は(おこり)だと思った訳だ」


 つまり状況証拠しかないということだった。

 アンジがしたのは血を飲んだ人がいるかは分からないけど、言い伝えどおりの見た目をした獣が現れたから多分血を飲んだ人がいたんだろうという予測だ。

 そもそも(おこり)が現れたのは偶然かもしれないし、本当に血を飲んだ人がいるのかもしれない。

 証拠はなく、手掛かりは言い伝えだけ。

 

 俺はそんな曖昧な事でセツを追放するのかと言いたくなった。

 だけど俺は言いかけ、口を噤んだ。

 そんな事はアンジも分かってるんだろう。

 アンジは村の長として、二度と村を危険な獣に襲わせる訳にはいかない、その可能性を産む訳にはいかないと判断したんだろう。

 

 俺はアンジの判断を飲み込み、代わりに生じた疑問を口にした。


「ならなんでセツの追放はまだされていないんですか? それに俺がいたら意味ないんじゃ? 血を飲んだのは俺ですし」

「それも掟だ。季節が一巡するまでに血を分け合った人を離れさせろとな」


 果たしてこの掟に意味があるんだろうか?

 本当に瘧は血を飲んだ者の元に現れると仮定して、普通に考えれば血を飲んだ俺の所にあらわれるんじゃないんだろうか。

 といっても結局これも予想にすぎないのか。

 

 魔法という不思議な力がある世界だ。

 俺とセツの間に何かしらの繋がりが出来ていて、それを狙って現れるのかもしれない。


 掟とはその場所で実際に起きた経験則から生まれる物である。

 何が起こるかわからない時は掟に従う。

 それは盲目的にも見えるが、生きるためには殆どの出来事に置いて最適解となるのだろう。


 本当に何とかならないんだろうか……

 そんな事を考えていると、俺の中でふとまた疑問が湧いた。

 

「一年立つ前に追放しろってことはその前にセツを村から追放してもよかったんですよね?」


 俺にはセツを直ぐに村から追放しなかったのはアンジにしては合理的とは言い難い判断のように思えた。


「……何が言いたい?」

「よくわからない獣が襲ってくるかもしれなくて実際にセツを追放しようとしている。それなら念のためにももっと早く追放したほうがよかったんじゃ?」

「……」


 実際、アンジは何も答えなかった。

 憮然としたその表情は、思いつかなかったというより、何も言いたくないというように見える。

 

「……アンジって意外と子煩悩なんですね」

 

 わかりにくいが、アンジはセツの事を娘としてちゃんと大事に思っている。

 そう確信した俺は溜飲を下げ、思わずニヤリと笑ってしまった。

 そんな俺を見てなのか、アンジは大きく息を吸い、一泊置いてため息をつきながら口を開いた。


「……お前はまだ戦士じゃない。あいつの事を考えるのは一人前になってからにしろ。」

「……そうですね」


 アンジの言葉で俺は思考を切り替える。

 そうだ。

 俺は一人前の戦士として認められるためにここに来たんだ。

 掟に文句言うのは戦士になってからにすればいい。

 

「話は終わりだ。着いたぞ」


 足を止めたアンジの隣に立つと木々による薄明りがあけた。

 俺達が立っている場所より先は断崖絶壁、はるか下方には森が広がっている。

 いわゆる断層盆地と呼ばれる地形だ。

 

「運がいいな今日はよく見える」

 

 断崖絶壁を視線で辿ると俺の足元からぐるりと森を囲んでおり、俺から見て右側に大きな滝が見える。


 広さはどれくらいだろうか。

 

 よく使われる東京ドーム何個分という目測はそもそも東京ドームの大きさを知らないためできないが、明らかに何百個という単位で入る。この場合、どこかの町と同じ大きさという例えの方があってるだろう。

 少なくとも対岸に生えている木の一本一本を俺の肉眼では見分けることはできない。

 

 滝から落ちる水量はすさまじく、森を分断するように大きな川が流れており、盆地の中心の大きな湖につながっている。

 不思議と湖の反対側には川は流れておらず、この次々と流れていく水の行き先は不明だ。

 もしかしたら地下にでも流れ込んでいるのかもしれない。


「ここが……霧の地……」

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