2.踏み荒らし
シャッターを開き、機体とともに外へ飛び出す。土砂降りの雨がゴグマゴグを赤々と濡らす。
見上げれば、カツオブシがローター音を吹き上げながら、撤退していく。さすがに輸送機単体でこちらにちょっかいを出すつもりはないらしい。
「数、機種!」
「四、機種不明! こっちの探知じゃあ、無理だ」
「了解ッ! 自力で警戒するしかないですね」
社長と簡単なやり取りの後、慣れないコックピット周りに四苦八苦しながら動かす。過多に表示される情報を消しながら、神経反応同調を開始する。歩行車両と自分の境目が薄くなり、二つの視界が重なっていく。
それに下唇とともに顔を歪ませる。
「ぐげー、ぐわんぐわんする。同調設定、強すぎ!」
人型機械を体感的に動かすため、コックピットや操作系にはオモイカネ・インターフェイスと呼ばれるシステムが導入されている。これで同調すれば人体の延長で動かすことができる。素人集団であった民兵たちが、専門的な訓練もなく歩行車両を動かせるのは、この機能があるからだ。
しかし、イネはこのシステムは苦手だ。感覚の多さに酔う。それに人間の動きは意外と無駄が多い。そもそも人体にはブースターやホバー、固定火器など付いていないのに、同調させてすぐに使えるわけではない。
本来ならば、その感覚や癖に合わせて同調率を調整するのだが、その時間も今はない。使い慣れたノーマッドならいっそオモイカネ・インターフェイスをオフにすればいいのだが、未知の新型ではそういうわけにもいかない。
『同調設定を調整しますか? 同調設定を調整したあと一度、再起動してください』
「いや、もういいです。とりあえず、このままで」
『了解しました、ご武運を』
融通が利かない補助システムを黙らせると、武器をチェックしていく。握っているのは軽量の火薬式速射砲だ。腰には片手斧を吊るし、両手には外付けの機銃が巻いてある。
軽量火器を牽制程度に使い、社長とイネが近接戦に持ち込んで仕留める。大型火砲に回す予算のない、このチームではいつもの戦い方だが、その要である偵察機はスクラップである。
火砲は使えないし、なんとか代替するしかない。
視界をくるくると回していく。通常のレーダーはあてにならないから、脚部から地面に杭を撃ち込み、振動音を読み分けていく。雨に交じって表示がぶれるが、地球純正だけあって、探知は正確で、表示もすぐに修正してくれる。
「ここから、方向は西南西、すぐ来ます! 音が軽いんでたぶん、コッペリアが三機、後ろから重いのが来てますが機種不明! フロッガーに着かれるとまずいので、突っ込んで対応してください。こちらが後ろにつきます」
「了解、抜けたのは頼む」
「あいあい、では行きましょうか!」
ホバーを吹き上げて森へと前進していくノーマッドに続く。杭を抜き、ブースターで浮遊しながら大地を蹴った。脚部もブースターも出力が高すぎるので、どうにも歩調が合わせづらい。ブースターの出力を削れば、今度は足が沈み、泥濘や腐葉土にたたら踏んでしまう。
四苦八苦する間に社長機から情報が跳び込む。砲が森の奥から火を吹いた。そうそう当たるものではないと、社長の横を通り過ぎていく。器用に、自分の体のように木々を滑らかにすり抜けていく。
見えたのは三機のコッペリア、ほっそりとした女性的な印象を与える歩行車両で、腰部から広がるフライングスカートはドレスのようだ。しかし、握っているのはそれに似合わぬごついライフルだ。火薬式のそれを牽制に連射した後、さっと森に散る。
いや、散ろうとした。
ノーマッドが木々を蹴って横に吹き飛ぶように跳ねた。そしてすぐさま不幸なコッペリアの一台に肉薄し、斧を振り下ろしていた。丁度、バレリーナのような形をした歩行車両はほっそりとした腕を火砲ごと切り飛ばされて、衝撃のまま、横転する。そのまま社長はコックピットに蹴りをいれてから、さっと離れる。
軽量な機体であるコッペリアはごろごろと転がった。装甲がひしゃげ、それきり動かなくなる。
そうして離れた社長に向けて、二台のコッペリアが火砲を集中させる。ノーマッドの周囲をぐるぐると回りながら、バラバラと撃ち続けるが、射線が見えているようにギリギリを回避していく。被弾前提のイネとはまったく違う戦い方だ。
「変態だ、変態の社長だ」
「いいから援護しろ!」
「はいはい、とッ!」
慣れないブースターを吹き上げる。そして木々をなぎ倒しながら、不慣れな赤い機体を走らせた。