1.雨天決行
叩きつける雨、川のように、いや川になった道路の上をフロッガーで滑っていく。ごうごうとホバークラフト特有の轟音ですら消えそうだ。
資材が足りず、屋台の真っ赤な屋根を無理矢理に取り付けた運転席にはびしゃびしゃと水が吹きかかる。「たこ焼き」と書かれた飾り部分があらぶっている。
「うえーい」
水が吹きかかる運転席でうんざりしながら、さすがに一度ホバーを停止させる。いくら機械には異常がないとはいえ、さすがに人間には無理、。顔面がいたい。イネは顔をしかめて、体を震わせる。
そこにぬっと二つ目の巨人が覗き込んできた。
「どうした?」
「どうしたもこうしたも、これは無理!」
通信を繋いできた社長の顔が網膜に投影された。それに不満を存分にぶつけるべく、ぷくりと頬を膨らませる。それに社長は器用に機体の首を叩いた。
「了解、まあ、この雨だ。止んだら連絡入れる」
「すみませーん、たのみまーす」
よろよろとその場を後にして居住区画へと向かう。ハンカチで顔をぬぐって息をついた。体に張り付く制服にうへえ、と舌を出す。それでもびしょびしょのまま進むしかない。
本体の積載量を犠牲にした生活スペースであり、中々に広い。
奥から響く声に、通り道ついでに整備スペースに顔を出す。
拘束された捕虜の人と、タナゴがわちゃわちゃと話し込んでいる。その横には大破したノーマッドと敵の新型の残骸がごろりと寝転がっていた。そして彼らを見下ろすように、どぎつい赤い歩行車両、ゴグマゴグが立っていた。横転対策に固定具でがっちりと止められており、囚人めいて見えた。
赤い歩行車両に目を向けながら、イネは唇に親指を当てた。
この囚人達を護送する。それが急に割り込んできた仕事だった。敵の新型機とその残骸をまるっと手に入れてしまった。これは、さすがに現場判断とはいかず、都市国家同盟の主要都市のひとつ、マクラガに向かっている。そこには廃鉱を利用したマクラガ要塞があり、東部戦線の要だ。
まあ、それがなくとも主力が二台大破となると戦力は半分以下だ。市場も解散したので長居する理由もない。撤退がてら、わざわざ曇天の中、応急手当だけしたフロッガーでひいひい言いながら移動している。
この惑星のネットワーク通信はウィルスだらけで、とても使えたものではない。コンピューターのデータ破損は致命的だ。これはお互いが蒔いたウィルスがコンピューター上で変異してしまったらしく、通信は無茶苦茶だ。もう新しいネットワークでも作り直すしかないがそんな勢力などない。
中世の地球であったように、わざわざ伝令を回すしかない。トレヴァーは整備機のノーマッドを借りて、この豪雨の中を先行して向かってもらった。
たいした休息もなく行かせてしまった。状況が状況とはいえ、悪いことをしたなあ、と述懐する。
「……ーい、おーい、おーい」
「お゛?」
抜けた声で返すと、タナゴが手を振っていた。濡れた靴底をべちゃべちゃと鳴らしながら近づいていく。
「なになに、どうしたの」
「いや、そっちこそなんかあったの? ぼうっとしてさ」
タナゴが染めた金髪をわしゃりとかいて、心配そうに声を上げた。その後ろには捕虜の男がこちらをねめつけてくる。
「やーやー、雨がひどくてねぇ。交代して、ちょっと休憩ってだけですよぉー」
にへらと笑いを浮かびあげて、手をパタパタと振る。スコールとも呼ばれる午後の大雨だ。身を隠すには丁度いいのだが、あまりにも強すぎると進めない。それでも風防が残っていればよかったのだが、派手に壊してしまった。操縦系はともかく、風防は直す時間も素材もなく、廃品だった屋台を雨除け代わりに取り付けたのだが、やはり具合がよくない。そもそも風を受けて、ぐらぐらするのでかなり不安だ。
「まあ、ちょいと雑だったからねぇ、仕方ないか」
「ですです。それで、そっちは、“お話”すすんでますぅ?」
歯を剥いて、刃のようにぎしりと笑う。そのわずかな威嚇に、男は一歩を引いた。相手が地球人と分かったせいか、どうにも強く当たりすぎてしまう。
「じょ、条約に基づいた捕虜の扱いをしたまえ」
「都市空爆はいいんですかねぇ」
アヅマの惨状を思い出しながら、じりぃっと目を投げかけた。彼を非難しても仕方ない。
「まあ捕虜交換があれば返しますよ」
「そ、そうか」
「“都市国家同盟”を正統政府がこちらを認めればですけど」
希望を打ち消すように、大仰に肩をすくめて笑いかける。意地の悪い返しだが、事実でもあるので仕方ない。
イネ達民兵は“都市国家同盟”にとっては公に認められた義勇兵である。だが、あくまでも正統政府側にとっては独立派は武装したテロリスト集団に過ぎない。実際その評価は的外れでもない。所詮は軍としての訓練も教育もまともに受けていない。ただの武装市民にすぎない。
「テロリスト扱いされると、こちらもそれ相応の処理でお返ししなければなりませんからねぇ」
イネはねっとりと笑いかける。弱いものをいたぶるための表情を作りあげていく。肩にかけたグレネードランチャーの紐を少しずらしてやる。それに、ひっと短い声をあげて地球人は一歩、下がった。
「はいはい、捕虜で遊ぶな」
その前にずいっと出るのはタナゴだ。こうして悪役の前に善玉が出るのは打ち合わせ通りだ。捕虜の扱いでは、大概、後方役のタナゴが善玉の受け持ちとなる。めんどくさいなあ、という顔を隠さず頭をわしゃわしゃとかき乱す。
「やや、すみませんねぇ。それで、なんで止まったか分かりました?」
「肩のレールカノンってのが良くない。輸送と湿度でイカれたのか、重力下で火器管制ソフトの方が悪さしているのか……」
タナゴが答えながらぐりぐりと首を回す。唇に親指を添えて、イネはむぅーっと唸る。頑強な歩行車両の胴体を抉るレールカノンは魅力的だが、撃ったら動けないでは話にはならない。
「わ、わが社の製品には問題はないはずだ。重力下のテスト、熱帯雨林での使用テストも行っている」
地球人が恐る恐る口を開く。軍人ではなく、開発側の営業か何かなのだろう。イネはなるべく、わざとらしく表情を作り、首の付け根をぺちぺち叩く。
「なら、磁場干渉かな。あ゛ー、でも計測方法とかまったくわかりませんね。あ゛ー、私たちグリーンネスト人は、学がないからなー、あ゛ーッ!」
「ひっ」
「はいはい、だからいじめなさんな」
イネの圧迫するような声に、またタナゴが割り込んだ。
グリーンネスト独立の気運は教育も問題の根になっている。各都市大学の設置が地球政府からの干渉で頓挫、前大統領が起こしたコロンブス・スキャンダルという地球高官との汚職、実質的な人身売買も絡んでおり、惑星内外からの不満は爆発した。
独自の大統領を選挙で決めて、交渉にのぞむも都市大学の設営は拒否された。さらに高等教育は地球で学ぶことを義務化、高等以上の教育はグリーンネスト内では認めないと宣言したようなものだ。
徐々に上がる関税、そして鉱物資源や食料を不当な価格で奪われ続ける。それを打破する識者を育てることも許されない。識者、エリートと成れば、地球寄りの考えを強要させられる。迎合できなかった学生は資金難と差別に悶えることになったそうだ。社長こと砂金天十郎はその辛酸を舐めたものだった。
「出られるか! まだ遠いが、お客だ!」
「はーい? はいはいはい!」
突然割り込む、男の声。噂をすれば影、といったところか。社長からの緊急通信だ。ヘッドホンをしっかりと被りなおす。
「雨に紛れてるが、カツオブシが一機、真っ直ぐ来ている」
カツオブシ、そんな形をした小型輸送機だ。歩行車両の小隊か、ドローンの大群を詰め込んでくる。この雨だから後者はないだろうが、きついことは変わりない。
「ゴグマゴグで出ます」
「出られるか?」
「いくしかないでしょ、四対一なんてさせられません」
そういってイネはずんっと走る。さっとタナゴの影に隠れる地球人、さすがに地球の温室育ちでは鉄火場慣れはしていないのだろう。しかし、こちらを見る眼はまだ傲慢さを失っていない。意外と根性があるのかもしれない。
彼を後目にゴグマゴグの胸を開いて乗り込んでいく。
「電池だけは交換してある! 武器はいつもの奴!」
「ありがと!」
タナゴに礼を言うと、装甲を閉じる。冷たく小さなスペースにゆっくりと熱と光が灯っていった。