4.亡霊達の狩り
「おうおう、わりと死にそう」
「がんばって! 社長が!」
ゆるい声の通信とともに、戦慄すべき映像が送られてくる。敵が蒼く輝きながら、襲ってくる機体はあきらかに新型の歩行車両だ。
自転車とリュックを森の前で捨てると、そのまま足で走り出す。
映像と通信がくっきりとしてくるのは、近づいているためだけではない。トレヴァーのノーマッドは偵察や通信、隠密性に特化した仕様だからだ。通常の車両ではこうもいかない。だが、その分、直接戦闘力はどうしても劣る。
木々の隙間を抜けるようにノーマッドが下がりながら、火薬式の速射砲で牽制していくが、まったく効果はない。携帯性を重視した割に威力はあるが、連射性は低く、制圧射撃などはできない。
いつもの敵ならそれでもなんとかなるが、今回は見たこともない新型機だ。一見、ほっそりとした体形だが、ノーマッドよりひと回り大きい。装甲からは分厚くトゲのような刃が全身から伸びている。そのトゲで木々をあっさりと断ち切りながら進んでくる。頑健さといい宇宙仕様だ。
これではトレヴァーが技巧でもって稼いだ距離もまったく意味がない。電磁砲による三方からの射撃、発射音の方が遅くたどり着く前に、軽い音ともに穴が開いた。弾丸がノーマッドの腰を掠め、左腕をぶち抜き、右脚が吹き飛ぶ。
転びそうになりながらも、片足でピョンピョンと跳んで再び距離を取る。ホバーの出力を調整し、なんとかトレヴァーは一発、お返しする。
反撃は決まった。だが、損害はトゲを一本打ち壊しただけだった。ニ、三と撃ち込みを続けるが、装甲で弾かれては大地や木々に突き刺さるだけだ。
「うえーい、これは手詰まり感」
敵は正規の訓練を受けているのだろう。動きは硬いが、その分、堅実だ。その横っ面に無骨な斧がねじ込まれるまでは。
木々の隙間から投げつけられた巨大な手斧がめしりと装甲に食い込んだ。柔らかいものがつぶれる水っぽい音が響いた。そのまま、勢いよくシダの木にぶち当たり、敵機が横転した。敵の機体には胴体、コックピットのあるべき部分に刃が食い込んでいる。機体の質量と速度をすべて載せた投擲には、新型機の重装甲も耐え切れなかったようだ。
木々の隙間には空気を吹き上げる橙色の瞳が二つ輝いている。新型機より小さい機体であるが、圧迫感は彼らの比ではない。
斧を胴に生やしたまま、びくびくと痙攣する僚機に、敵は思わず散開、フォーメーションを崩した。
「よくやったな、下がれッ!」
「さすしゃちょッ!」
社長のノーマッドは、まだ手足を震わせている敵機に斧をぐっと押し込んで慈悲を示してから引き抜く。ぱたりと動かなくなったそれから引き抜かれた。刃からは赤黒い液体が滴っている。
同時に、敵の機体は全身から発火、周囲の木々と大地を焼きながらどうっと倒れる。情報秘匿のための措置だろうか。腰のブースターが竹のようにパンと割れた。ささやかな誘爆だった。
その音に激昂でもしたのだろうか、新型機がひとつ突出してきた。群青に輝く光の刃を左腕のマウントから伸ばし振るう。それに社長が返すのは軽いステップだけだ。木々が燃え上がるだけで、社長のノーマッドには当てられない。
もう一機は攻めあぐねて、散漫な射撃を繰り返すが時折、片手片足の歩行車両が割り込んで速射砲を打ち込んでくる。
よし、抑え込める。
「社長、頼みます。こっちは適当に援護しますから」
「はっ、まあいつも通りだな」
網膜投影の映像を切り、森を駆ける。音は大分近くなっている。木々に身を隠しながら、愛用のカメラを構える。ズーム機能を使えば一キロ先のハエもくっきり写せる。その機能を使って双眼鏡がわりにした。
戦闘領域からわずかに離れている場所に輸送車両フロッガーが見えた。カメラをしまい、中折れ式のグレネードランチャーへと一発、弾を込める。
そして鼻息をひとつ吐いてから、背を屈め、ゆっくり積もった葉と低木の間を抜けるように短く駆けては、すぐに身を隠す。
射程まで、いかなくては。
「んー、落ち着いてきたよ。この子、社長、そっちいくかも」
「任せろ、まとめて相手してやる」
ヘッドホンを外し、仲間たちの通信音も切り捨てて駆ける、隠れる、駆けるを繰り返す。振動音はあるだろうが、派手に動き回る歩行車両に紛れて探知は不可能だろう。
十分な接近は出来た。
心臓の鼓動を三つ数えてから、イネは飛び出した。対人の機銃がこちらを向くがわずかに遅い。引き金はもう引いていた。閃光、爆音。榴弾が運転席を吹き飛ばす。グレネードランチャーを置き捨てて、そのまま駆け出す。もう身は隠さない。
近寄れば轟音と炎、破片で傷ついた二人の男が見えた。
細い方はぐったりとしているが、年かさの兵士は眼をつぶったまま、武器を探すように腰に手を当てた。それより早く拳銃を抜き脳天に弾丸を押し込んだ。銃声は軽い。薄目をようやく開いた男が、亡霊、と言った気がした。
「ごめんなさい。成仏してくださいね」
南無南無と手をこすり合わせてから彼らの懐を漁る。苦戦しているのを援護しなければ。予備機があることを祈って細い方の懐を漁る。運転手席にいなかったパイロットだろう。財布だの拳銃だのを外へと放り捨て、タバコ箱のような金属塊を一つ、拾い上げる。たぶんこれがキーだろう。榴弾を受けて、曲がっていない。
しかし、どう使ったものかと、ヴーと唸る。そして唸り声が重なった。細い方はどうも生きていたようだ。
ゆっくりと目を開く彼には気の毒だが、仕方ない。イネは拳銃を突き付けた。
意識の覚醒と同時に、ひいっと短い悲鳴を上げる彼。後ろには兵士の死体があるのだからそれも当然だろう。
それに、満面の笑みでいい放つ。
「どうもー、ひとつお話よろしいですか?」