3.傲慢の縁
輸送車の狭苦しいキャビン、そこで男の兵士5人が詰まっている。外には延々とシダの森が広がり、詰まらない光景ばかりが続く。朝からずっとこれだ。神経質な男は耐えらず、腰に差してある銃を取り出しては、安全装置を確認してしまう。
「ここらの森はな、亡霊の狩り場って呼ばれてんだぜ」
それを押し留めようとしたのだろう。先任の現地人が口を開く。
年を食ったくたびれた曹長だった。退役したものを無理に呼び戻したらしい。正統政府などと名乗っているがこの軍隊の戦力も質もはたかが知れている。所詮は地球の傀儡、どちらもうまく踊ってくれればいい。
彼は息を吐きながら傲慢な思考を巡らせる。
「曹長、私は君より階級は上なんだ、敬語でしゃべりたまえ」
「はあ、すみませんね、部長さん、いえ大尉殿」
挑発を交えた言葉で答える先任に舌打ちだけを返す。所詮は荷物を送り届けるだけの付き合いだ。野卑な態度は飲み込んでやるのが文明人の寛容さだ。大尉は、鈍く笑いかけてやる。気にしていないと言外に示してやるためだ。
「ハンマーバレー曹長! 亡霊の狩り場というのはいったいなんでありますか」
生真面目な地球出身の少尉が問いかける。中国系だ。この人種はおしゃべりで困る。偏見のまま大尉は彼をにらんだ。
「ああ、マオの坊や。この辺りはな、出るんだよ。ゲリラの強盗部隊がな」
「反乱軍だと、駆除できたのではないのか」
現地人の曹長は片目を潰すように顔をしかめて、答える。
「ああ、先遣隊がね、削ってありますからね。連中だって襲うにゃ余裕がありゃあせん」
「なぜ、叩き潰さない? 我々を安全に送り届けることだろう」
「削るんで手一杯でさぁ、あのアヅマの亡霊を抑え込むのににこっちの歩行車両、いや、そっちじゃモジュールっていうんですかい? そいつを8機ぶちこんで、ようやく敗走させたっていう話ですから。
それでも、やっこさん、なんど叩いても叩いても死ななくてなぁ。手足がもげようが、コックピットを120mmぶちこまようが、次の週には返ってきやがる」
曹長はうんざりした顔を隠すことなく外に放り出す。
「それゆえに亡霊で、ありますか」
「そうさ、坊や。仲間たちはそう呼んでる」
「くだらん」
いちいち敬語を使う少尉と親しげな現地人にうんざりとしながら、パッシヴレーダーに目を向ける。阻害されているため、まともに写る様子はないが、光点が一瞬現れて消えた。
「止めろ」
「はぁ?」
「止めろと言っていている!」
きっとブレーキをかける。レーダーを落ち着かせて、振動感知のアクティブソナーを地中に差し込む。大尉と呼ばれた男は光点と光点の位置が重なる場所を指さした。
偵察ドローンを飛ばし、空から見れば、みすぼらしい人型兵器が見えた。頭部はキノコのように膨らんでいる、不細工な機体だ。地球製モジュールの鋭いラインはまるでなく、丸くずんぐりとしている。
「敵の人型兵器だ、諸君、排除したまえ」
「積み荷で戦うんですかい?」
「敵は一機。わがギルサーン社のモジュールならば損害は出ない」
地べたを這うために作られた現地の人型兵器では相手になるまい。宇宙開発最大手たるギルサーン社の技術結晶であり、人型船外活動機たるモジュールの完成形だ。到着前のデモンストレーションにもなる。数の優位もある、問題はない。
「ですが、ね、あれは亡霊の……」
「全機、出撃! 指揮は私が取ろう。曹長、君はこの場で私と待機したまえ。さあ、モジュール“ケラウノス”を出したまえ」
現地人の意見を押し込み、立ち上がり先導する。戸惑う新任少尉たちを押し込んでいく。
手柄。
左遷、いや流刑の地から出ていくためには、それしかないのだから。緑の牢獄から、あの懐かしい灰色の大地へと戻る。
述懐は輸送車両から発進する最新鋭機の姿で打ち消された。
青々と輝く二つの眼はその奥にそれぞれ4つのカメラがあり、ぐるぐると瞳の中を動き回る。白く汚れもない色、人を模しながら鋭角なデザインは荘厳だ。
全身が刃になっており、障害物である木々や敵機ごと切り裂くことができる。右手には大口径のリニアレールカノンを構え、左腕にはプラズマブレードの展開口が設置されている。
ゼウス神の裁きたる名を冠したモジュール“ケラウノス”は両肩と腰のブースターが青白く輝かせ、機体を一気に跳ね上げる。細い脚部を補助として使いながら、真っ青な粒子を残して、三機のモジュールが忌まわしい緑を切り裂いていく。
慌てふためいて、キノコ頭が草葉を吹き上げて、下がっていく。武装は口径こそ大きいが単発式ライフルと対人用の機銃程度だ。
「いい的じゃないか」
「大尉ッ!」
「黙っていたまえ、曹長。私が、指示をする。諸君、確実に仕留めたまえ」
「「「了解」」」
若者たちは聞き分けよく、踏み込んでいく。送られてくるデータから“ケラウノス”特殊機能、補助AIもうまく機能している。なんら問題ない。
「さあ、存分に踊りたまえ」