3.試験場
地球軍少尉ユージン・マオは探索艇の艦橋に呼び出されていた。そのまま、見ていたまえと直立のまま、立たされる。
グリッター級は骨董品に近い旧式だが、単独での大気圏突破を可能とした探索艇だけあって、艦橋設備は過剰とも言えるほどだ。しかもその中身はほとんど最新機器に更新されている。道中や格納庫を見ても、それは同じだ。基礎設計はグリッター級だが、別物に近い。
「よし、あぶり出したね、ホロに写してくれ」
艦長の席に座っていた男が立ち上がり、楽しげにいい放つ。将官向けの軍服をだらんと着崩して来ていて、軍人の格好をした民間人にしか見えない。しかし、腰には大型の拳銃を差しており、その笑った口の端は虎を思わせた。
空中に映像が即座に投影された。周りの部下も似たような様相だか、仕事は速かった。グリッター級が少人数で運用されるのが前提とはいえ、この艦長含めて5人しかいない。
燃える映し出されたのはケラウノスの母体となり、同時進行で実践運用の予定だったアルゲスと呼ばれる砲撃機体だ。目立つように塗られた赤いテストカラーが、燃える大地をより強く写している。
接近戦で優位に立てるはずのケラウノスを駆っていたのに、敗北した。奪った反乱軍の部隊、亡霊は異様なほど強かった。敵の主力機ノーマッドに同僚は叩き潰され、新型機の強奪で上官も亡くしてしまった。
ぎぃっと歯噛みをしながら、その姿を目に焼き付けた。
「少尉くーん、あの赤いのがギルザーン社の新型だよね」
「そうであります、イルクス艦長」
「あっはっはっはっ、僕らは正規軍じゃあないんだから、もっとゆるくていいんだよ」
「はあ」
地上への更なる荷電粒子砲の射撃を行うため、砲塔の冷却時間を確認しながら艦長は笑った。彼らはギルザーン社の第九保安部に所属している。その実体は単なる会社の私兵だ。
彼らは、あの機体の破壊、あるいは確保を目標として、本社から送り出された。地球での企業の力は強い。ギルザーン社は単純な兵器メーカーではない。地球の月面に本拠地を置く、メガコーポと呼ばれる超巨大国際企業体の一つだ。
宇宙進出の間隙を縫う形で国家よりも大きな力を得ている。独自の警察組織や軍組織が認められ、従業員の社会生活の管理などを行っている。企業の形をしているが実体は国家に近い。
とはいえ、既存国家を塗り替えることはできず、各メガコーポの治外法権は本来月面に限るはずた。僻地の惑星とはいえ、こうして、軍を送り込んで来るというのは異常なことに思える。圧力をかけて現地の軍を動かすなり、いろいろできたはずだ。
ユージンの中で渦巻く、思考を耳心地の良い冷たい声が遮った。
「モジュール部隊、押されてます」
部隊内で唯一、軍人らしく見える女性が報告を上げた。それに、楽しそうに歯を剥いて艦長は笑う。
「そっかー、それはそれは」
「ダメですよ、艦長なんですよ、貴方は」
「そこは任せるよ。ね、少しだけだから」
そう言って、イルクス艦長と呼ばれた男は楽しげに、その役割を放棄した。宿題から逃げる子供のように立ち上がると、艦橋からさっさっと出ていく。
「少尉くーん、ついてきたまえ」
油のように目を輝かせて、笑いながらユージン・マオを引き寄せた。それに続いていくと、格納庫へ続くエレベーターへと進む。がくんっと落とされるように格納庫へと向かっていく。
ほとんどの機体が出払っているため、意外とがらんとしている。多くが自動化されており、小型の作業機械が待機スペースに自らを括り付けていた。
その中には回収されて、保管されているケラウノスの姿もあった。がっちりと保護剤によって拘束されている。いつか、あれにもう一度乗れるのだろうか。
「そっちじゃあ、ないよ」
後ろ髪を引かれるユージンはイルクスに誘導されるがまま、奥へと進んでいく。カンカンと硬い音が歩くたびに鳴った。
彼が案内する先には、いつくものケーブルに繋がれた大型のモジュールが直立していた。黒を基調としたもので、ケラウノスよりずんぐりとして見えた。
本体はケラウノスとほとんど変わらない大きさだ。各所に配置されたサブブースターと、背から翼のように伸びるメインブースター、それに加えて手足には増加装甲とそこから大きな爪が伸びていているためか、二回りは大きく見えた。
「うちの部署が貰った新型。名前はコラクス、貸しちゃうから、それで頑張ってね」
「私が、ですか」
「うん、そうだよー」
虎めいた笑いを浮かべて、ゆったりと起動するためのカードキーを渡してくる。不用心なのか、パスワードが付箋で張られている。受け取らないまま、艦長へ不審げに視線を流す。
「少尉、分かるよ。何故、わざわざって顔だね」
ユージンは少し迷った後、無言で頷いた。笑いを貼り付けながら、艦長は答えた。
「ま、プレゼンだよ」
「はあ……はあッ!?」
戸惑う声にイルクス艦長はケラケラと笑う。悪戯が成功した子供のように見えるが、あまりにも場違いだ。
「折角、ライバル部署の機体が敵になったんだから、丁度いいって上からね」
「そんなことで」
馬鹿馬鹿しいことをさせる。ユージン・マオが選ばれたのは、ケラウノスに乗っていて赤い試作機や敵の主力機に負けたためだろう。それを覆せば、この新型機コラクスに箔がつくということになる。
「他の戦線でやったら大問題だがね。地球にとってグリーンネストの扱いはその程度だよ」
辺境の農業惑星よりも、軍事要塞を中心としたコロニー、ホワイトウォールのクーデター軍や、同調して反乱を起こした工業衛星群ブラックリングの方が地球にとっては、確かに難物だろう。
だが、ぼんやりとした不満がユージン・マオの内に留まる。
「まあ、君は復讐できる。僕の上はデータと箔が付く。お互い、それでいいだろう?」
その言葉が甘く頭を揺らした。不満を押しつぶして、ユージン・マオはカードキーを受け取る
「やります。やらせてください」
「よろしく~」
へらへらと笑う艦長を背にして、カードキーを握る。そして、自身をなるべく落ち着かせながら、黒い巨人コラクスへと足を踏み出した。




