3.輝ける、ひび
「はい、次、親指からゆっくり開いてー」
手慣れたた指示が、イネがコックピットの中に響く。タナゴの聞きなれた、疲れたような声だが、それが余計に有無を言わせない。
機体から網膜に投影された映像には、タナゴが巨大な銃器の前で手を振っている。しっかりと整備兵用のつなぎ姿を来て、分厚い手袋を身に着けている。その近くの壁にはぐったりと疲れた整備士たちが、脚を伸ばしている。男女関係なく、よれよれとした様子でエアコンの下に亡者にように集っていた。
「こいつと接続できるかテストしてくれぃ」
「あいあいー」
握るのは歩行車両に作られた大砲だ。火薬式の大口径だが、それゆえに扱いづらく、倉庫の肥やしになっていたものだ。元々戦車砲の流用らしいが、規格はなんとか合うようだ。大型のゴグマゴグなら扱えるだろう。しかし、やたら長い。ゴグマゴグの身の丈ほどの長さはある。だが、悪くはない
「うん、いけそうですね」
「そいつはよかった」
基地の整備隊にしっかりと調べてもらった結果、この試作機、ゴグマゴグにとって電磁兵装は負荷が強すぎるらしい。曰く、家庭でもよくある電力を使いすぎたら家のブレーカーが落ちるようなもの、らしい。特にこの機体の目玉である電磁滑空砲が特にまずいそうだ。移送中に蓄電池がおかしくなったせいらしいが、それくらいで不調になられると現場としては扱いに困る。その上、この電磁滑空砲に使えるような蓄電池の代わりもない。そのための、この大砲だ。
「弾丸は徹甲弾使ってくれ。余っていたのでどんどん使っていいってさ」
「まあ、これ、重いですからねぇ、余りますよね」
イネのしみじみとした声にタナゴは苦笑いだけを返す。
歩行車両は機動力を優先することが多い。そのため、自然と軽量な武器が人気となる。そして、重い武器やかさばって重い徹甲弾ばかりがどうしても在庫として残ってしまう。実際、標準的な偵察、巡回部隊であるイネたちの葉山隊も軽装の火器と近接武器が中心だ。拠点防衛を主とするメエマ隊でもないと引っ張りださないようなものだ。
「そいつの名前は、“ドラゴンスレイヤー”。まあ、最初期に害獣対策に開発された奴だから、照準は連動してない。おまけに弾数も7発だ。弾倉の予備はあるが、戦闘中の装填はおススメしないね」
「7発。まあ、うちなら十分ですねぇ」
葉山隊の射撃は牽制程度であり、近接戦闘が主だ。それだけ詰め込めれば大丈夫だろう。どうせ撃ち切ったら、殴り合うことになるのだ。
「できるだけ回収はしてくれよ、結構高いから」
「お、おう。努力はしますよぉ」
苦笑いしながら、ゆっくりと機体を座らせる。まあ、銃器をぽいぽいと捨て去るのは悪いとは思う。とはいえ、普通に敗走したり、両手が吹き飛んだり、仲間の機体を担ぐために仕方なしに置いて行ったりということが確かに多かった。だから、葉山隊は安くて最低限の性能を持つ速射砲、手頃で頑丈な片手斧ばかり使っている。今回もゴグマゴグには愛用の斧を腰に吊るしている。
「例の自爆装置も外したよ、こいつが一番手間だった。整備部のみんなに手伝ってもらって、なんとかなったよ」
「ひゅーっ、さすがぁ」
正直、一番、嬉しい情報だ。文字通りの爆弾を背負うのはつらい。イネの戦い方は本来、被弾前提の戦い方だから、余計だ。奪っておいて、文句をつけるのもアレだが、自爆装置なぞつけるほど、大切な機体なら正規のリリースをするまでしまっておけばいいのに。どうにも、この機体、ちぐはぐな気がしてならない。
「ま、こんなものかな。軽く、動いて見てくれ」
「あいあい」
思考を断ち切り、リモコン操作で格納庫のシャッターを開いていく。夕日が差し込んでくる。調整だけで大分、時間がたってしまったようだ。
そのまま、廃材置き場になっている、要塞裏手をぐるぐると歩き回る。整備のおかげか、自爆装置を取り払ったためか、前よりは調子はいい。
舌で唇をひとつ舐めてから、軽くホバーを吹かしていく。そのまま、簡単な機動を行っていく。軽い準備運動代わりの、走り込みを行う。その後、姿勢制御装置用のジャイロスコープを切った。制御から外れた、くるくると踊りめいた動きだ。跳ぶ、回る、踏む、踏ん張り、そして急制動。肩と腕を振り、蹴り上げる。そうやって、どうにか一連の動きができる。
やはり、ノーマッドに比べてすべてが重い。馬力の強さで、純粋な動きの速さは同程度か、ノーマッド以上だが、どうにも直線的になってしまう。
姿勢制御装置が優秀すぎて、単調な機動になるのは困る。歩行車両は転ぶように、地面を滑って移動するのが理想だ。調整する。もう少し、動きを滑らかにするために、操縦桿を気持ちゆっくりと動かしていく。
「おお、いいかな」
準備体操は終わりだ。ぎゅっと脚部に力を込めて、滑るようにしてゴグマゴグを急停止、そして脚部に力を込めて、ホバーと共に急発進。また急停止。これを繰り返した。微細な調整をホバー吹かして行う歩行車両におげる回避機動の基礎の基礎だ。
やっぱりレールガンと蓄電池のせいで背中が重いが、慣れるしかない。そう言い聞かせながら、ゆったりと止まる。
「では、最後にアレの展開テストだけ、してみますよ」
「あいよー」
背中の重しこと、電磁滑空砲を展開していく。背中から長い砲塔が伸びて、右肩にがちりと接続された。衝撃はあったが、機体全体に広がって散った。肩に取り付けられた回転灯のような部分を、伸ばしていく。偵察用のサブカメラであり、遠距離までよく見える。有線式のローター・ドローンであり、短時間なら切り離しても使うことが出来るようだ。
このサブカメラで周囲を展望できた。拡大もできて、メインカメラ以上に優秀だ。夕日で赤く染まった森が広がってるのが見て取れる。ぐるぐると見て回ると、色合いが変わって楽しい。戦争でもなければ、のんびりと写真でも撮りたい光景だった。
自分たちが歩いてきた道へとそのカメラを回していくと、遠く、遠くで、赤が強く、明るくなっていた。
それを裂くのは強烈な閃光、そして火だ。
森が、シダで出来た密林に炎が広がっていた。
「はあッ!」
「どうした」
「火事、いや、放火」
炎の広がりは自然なものでもない。再びの閃光で、ごうごうと火が広がる。赤が舐める中をグリーンネストの原生生物たちがかけずり、逃げ回っている。恐竜のような、それらが闇と火の間で悲鳴をあげているのが見えた。
サブカメラの焦点を閃光に寄せた。炎に浮かび上がったのは、探索艇“グリッター”。ぎらぎらと装甲が熱と光を反射している。地上で150mの巨体は、もはや玩具めいていた。しかし、子供の遊びでは済まない炎が辺りを舐めていた。
渇いてしまった喉を潤すこともできない。それでも、震える手で司令への緊急回線を開いていった。
「緊急、“グリッター”の襲撃、確認。火災による無差別攻撃、です。被害地域は廃村方面、カルーゾ隊の、警邏地域」
絞り出すような声が出た。息をのむ司令、そして穏やかなはずのマッカランが吠えるような怒号を上げた。しかし、それすらも遠くで聞こえる。
ぐるぐるとマルツィオ・カルーゾの笑いと、リュドミラとドルヴァ、ちゃぶ台とご飯が思考に幻覚を見せたように回っていた。酸欠か、熱中症のように、足元が一気になくなったような感覚とともに思わず、ゴグマゴグと共にイネは尻餅をついた。