2.マクラガ
天十郎とイネが代わる代わるフロッガーの運転を行って、森を越え、夜を越えた。入り組んだ山野をすり抜けていく。
丁度三度目の交代の時だろうか。登りづらい坂道を進む。つづら折りを神経の使う運転をして進む。ホバートラックであるフロッガーはどうしても坂道に弱い。時折機体を下ろして歩かせたりする。いくつか設置された監視塔に挨拶しながら、ようやくマクラガ要塞門前、山の中腹へとたどり着いた。朝日が目に差し込んで来て、痛みのような感覚が広がった。
天十郎に運転を任せると、ぷぱーっと長い息を吐きだした。門番に簡単な挨拶とともに親指に検査針をさして血液による本人認証を行う。
「あったー、これIDとかでいいじゃないですかぁ」
「ごめんなー。予算はないんよー、そも奪われるかもしれんし。我慢ね」
「もう顔パスでも、いいでしょう」
「ごめんなー、規則なんよー」
門番というよりは、売店にいそうな青年がへにゃりと謝る。そして検査針を機器へと突っ込む。
今の時代、指紋も網膜も偽造できるともなっている。顔も体格も、地球の技術を持ってすれば、なんとかなってしまう。苦肉の策としての血液検査だ。より正確に言うならば、体内のナノマシン検査だが。グリーンネストではナノマシンを寄生虫に対する予防接種の一環として体内に注射される。ナノマシンは接種者に適応して、変化するため、このナノマシンの状態で判断する。
現状リスクの低い確実な方法とも言えるし、納得する。だが痛いものは痛い。アルコールを含ませた綿を親指でぎゅっと握って血を止める。
「はーい、お待たせー、通っていいよー。裏、使って―」
「ええ、ええー? わかりました」
ゆるく眠そうな声を怪訝に返しながら、天十郎に向けて大きなマルを作って知らせる。こくりと頷いた天十郎がフロッガーのノズルを蒸かして、ゆるやかに開いた門を超える。採掘用の建築機械、簡易的に敷かれた鉄道を進み、さらに奥にあるそ廃材と掘り出した残土の間を抜けた。ようやく、裏手の格納庫へと向かう。ゆっくりと進むフロッガーの前を走って先行した。
ここに来るとようやく、山の下にある都市マクラガが見えた。損傷はほとんどない貴重な都市だ。鉱山要塞から伸びた線路の先には、人々が歩き、生活しているのが分かった。
裏手の格納庫は常駐組含めてよく使う場所だ。かち合うことが多く、そうなるとやたら狭い。普段はフロッガーなぞ入るスペースなぞない。なので、イネ達のような遠征組はたいがい、倉庫を使う。だが、今回はわざわざ裏手へと通された。
「これは、やぁーな感じですね……」
格納庫のシャッターを開きながら、中学で教師に呼び出された時を連想した。地球従属派で、感想文ひとつとっても長々と指摘されたものだ。不安をかき消すように、大きく手を振ってフロッガーを誘導してやる。次回は蛍光の手旗か、工事現場用の誘導灯でも調達しないと、と頭の隅にメモをする。
ホバーに舞う粉塵が意外と強く、顔を叩いてくる。走破性はともかく、これはいただけない。
「はーい、はーい、そのまま、そのまま、ストップ! おえ」
顔に張り付く砂にマスクとゴーグルもいるなぁ、イネはうんざりする。はあー、と背をすぼめるとブラのストラップがずり落ちた。さっと戻すがもう、くたびれて伸び切っている。肩を回すとすぐにこうなる。補給があるといいけれど、これを戻すのに慣れたくはない。
「あ゛ー」
力を抜いて、声を震わせる。目を回して、その視線の先にある無骨な扉から、ぬっと大柄な白い塊があらわれた。ぼさぼさとしたした白い髪、薄汚れた白衣の巨漢だ。長く伸びた馬面に丸眼鏡をちょんとのせている。白人、確かアイルランド系であるはずなのにカタカタと下駄を鳴らして歩いている。
「おかえり、葉山クン」
「どもども司令、いい加減、護衛ぐらいつけてくださいよ」
「そんな、軟じゃあないさ」
へらりとする指摘するイネに、にっと歯を剥いて笑い返す。その姿は初老の域に到ったとは思えないほど、快活としたものだ。この怪人がこの基地の司令である。
「さて、珍しいものを拾ってきたね」
「ま、いつもの土産とは違うがな」
フロッガーの中から猫でもつまみあげるように、天十郎が捕虜を引っ張ってくる。二人はおう、と短い挨拶している。その間に神経質そうな捕虜が所在なさげに挟まれている。そして視線を司令へと向けると顔をさらにゆがめた。
「ローナン・マッカラン、教授……」
「教授呼びはひさびさだなあ、照れる照れる、あははは」
かんらと笑う巨漢。マッカラン司令は学者であり、開拓惑星の生物を調査しに来た地球の生物学者だ。滞在期間が許可された年月を過ぎ、帰化をしてまで研究を続けた。
同時に高等学校、および大学校の設置のために動きつづけた。地球の高等教育弾圧に対して、反旗を記す『七教授』に連名する。同胞たる地球人に三行半を突き付けたマッカランをはじめとした七人の一人だ。彼らは地球人や地球派閥から狂人として、グリーンネスト人の独立派からはロックな英雄として知られている。
「じゃあ、この人は預かるよ」
「私は大尉だ、それ相応の……」
「天十郎クン、皿沢さん、適当に。終わったら休んでいいよ」
「おう」
目線をこちらに一度送ってから、にたりと頷く天十郎。摘ままれるまま引っ張られる捕虜。それに苦笑いしながら、タナゴが続いた。
それをゆったりとした体勢のまま、二人は見送る。
「で、司令、私に急な御用で」
「悪いけどねー、そうなるねー」
「主力出払いってことはそうですよねぇ」
この基地の格納庫には入れ替わり立ち替わり、各地のゲリラ部隊が補給に来る。だが、今はそんな遠征部隊もいない。そして、常に残っているはずの部隊がいない。鷹峰小隊、メエマ小隊、藪塚小隊、その三部隊、すべてが出払うとなるとよっぽどだ。普通はローテーションで、後詰めの部隊を待機や休憩させているはずなのに、格納庫には誰もいない。
「で、何があったんです?」
「参っちゃってね、妙なのが近場にきてるらしくてさー」
そういうと端末を渡してくる。黒い四角い塊で、ボタンとスイッチが並び、液晶をオミットした網膜投影して像を映す。旧いタイプの端末だが、骨董趣味のあるイネは慣れた様子で古びたスイッチをかちりと押す。
部分的に映し出されるのは森林の中に保護色で塗られた横に細長い建造物のようなものだ。よくよく見れば、それは滑るように速度で進んでいる。空気を吹き上げているわけでもない。だが、重力を無視しているその様子は、高価な反重力装置を取り付けているに違いない。
「開拓期の探索艇、ですかね」
「そ、名前は“グリッター”だったかな。骨董品だけど、品物としては一級品だよ」
なんかそんな化粧品なかったけ。知り合いが使ってたような気がすると、イネは頭をひねるが、思い出せない。思考の隅に追いやると、もう一度その船を見る。
探索艇は高重力下の惑星へ調査に向かうための宇宙船から出される小型船で、母艦から射出される。ガス雲に包まれた木星に入り込んだ“クリッティカー”号については初等教育の宇宙科目で習ったものだ。そして映像をかちりと止めた。
「ペイロードに余裕があるし、何を詰んでいるですかねぇ」
「探索艇だからね。改造してなければ、モジュールが三十機は詰めるね。あとはビーム砲が数門だねぇ。まあ、ビームはこのグリーンネストじゃあ、まともに使えたものじゃあないけど」
「付け替えしてるでしょうねぇ」
ビーム兵器は森林地帯の多い地帯では敵味方関係のない大火事を引き起こす他、そもそも磁場が強いグリーンネストでは弾道が不安定化する。宇宙艦隊で使うような大口径砲門なら出力だけで無理やり真っ直ぐ撃つことができるだろうが、そんな大物を運び込むのは手間だ。あるいは土地ごとに弾道計算して放出することもできるだろうが、情報を収集する余裕はお互いにない。
「小型艇といっても地上じゃ大型、たぶん150m級だろうから」
「うげえ、動く要塞じゃあないですか」
鉱山を利用した、このマクラガ要塞よりも装備そのものは上等だろう。そんなものが近くに現われたとなれば、気が気でない。反重力装置つきとなると、あれだけ抜けづらい山野も意味がない。そもそも随伴機体の数が多いのも厄介だ。腕で追い払うにしろ限度もあるし、予備機や常駐の監視部隊を招集しても厳しい数だ。
「うん、それでまあ、なんとか動きだけでも捕えようとね。小規模な駐留地だと、この戦力相手はひとたまりもない」
「でも、それだけじゃあ、ほぼ全戦力を割く必要、ないですよね」
「そうね、基地の守りにはメエマ小隊しか残してないからねぇ」
「また、無茶ぶりして……」
額を抑えて、苦笑いするしかない。メエマ隊は人がいないからと、どうにも使いまわされてしまう。そして、次は自分たちの番なのだろう。
「それでその宇宙艇。いるのに、あんまり動きがない。どうにも大規模作戦の先触れだか、尖兵だかってメエマ君は睨んでたよ」
「そういうこと、ですかあ……」
偵察だけではない。周囲の情報と戦力を集めるために文字通り走り回っているのだろう。遠距離通信が難しいと、こういう古風な伝令がでないとどうにもならない。
「で、さすがにこの宇宙艇、盤上に残したくはないから、ね」
「分かりましたよ、補給と整備が終わりしだい、お手伝いしますよ……」
理解できるが、顔がぐしゃりと歪む。苦虫を噛みつぶした、とはよく言ったものだと妙な納得を覚えた。
「あとくだんの新型、整備のみんなに見てもらうから解説もお願いねー」
「うぇーい。あいあい、司令官」
やることばかりだ。なんとも休まらない、と体から空気を噴き出す。天を仰いでも、見えるのは分厚いコンクリートの天井だけだった。