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赤の断章ゴグマゴグ  作者: 五部 臨
1.廃都の彷徨い人
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1.大破のイネ




 灰の吹き込むガレージによろめく巨躯が入り込んだ。人型のそれは膝をかくんっと倒し崩れ落ちるように倒れ込んだ。咄嗟に手をついて、四つん這いになる。

 それを操っていた少女は長い息を吐く。壊れた脱出装置にうんざりしながら、胴体の装甲板を爆破によって強制排除する。ようやく目の前が開いた。そのまま滑り落ちるように床に降りた。

 力なくこちらも機体から離れた。汗でべったりとする軍靴でべたりべたりと歩く。ようやくガレージの壁まで離れるとぐったりと寄りかかって座り込んだ。白いタンクトップに汗がべったりと張り付き、肌だの下着だのが透けているがそんなもの気にしている余裕もない。


「こいつはぁ、ひどくやられたもんだ」


 その声に力なく、顔を上げる。繋ぎ姿の少女がストロー付きの水筒を差し出してきた。見慣れた顔ににへらっと笑って、受け取る。いつもは飲む気もしない温くて薄いスポーツドリンクが今はとても美味しい。


「びゃー、うまいー。ありがとー、タナゴ」

「ういうい、存分に称えな。あんたもよく帰ってきたねぇ」


 タナゴ、と呼ばれた少女はにかっと笑う。派手に染めた人工的な金髪に、地毛だろう黒髪が混じっている。その下に隠れた小さなピアスがちらりと赤くきらめいた。


「まあおかげさまで。あ゛ー、あ゛ーづい。みず、かぶりたいよう」

「よせよせ。イネ、ここは任せてシャワーでも行きな」

「あ゛ーい」


 葉山イネは答えながら、ゆっくりとストローをすすった。落ち着いてくるとガレージに広がる甘い異臭がようやく感じられた。


 焼けた冷却液のせいだ。愛機の方に視線を向ければ、よくまあ、これで操縦できたものだ。敵はゾンビでも襲ってきたように見えたに違いない。がんばった私、花丸ですぞ、とイネはひとりごちた。


 異臭の元になっている愛機は緑色の冷却液をボタボタと吐き出して、ところどころから煙を噴き上げている。実弾によって抉れた肩口と、熱によって膨張してしまい、内側から、ずたずたに裂けた右脚から油が漏れだして、赤黒く床を濡らす。胴体の装甲がぼろぼろと剥がれ落ちて、からからと床を叩く。

 武器はほとんど失ってしまった。左腕はほとんど骨、すなわち白っぽいフレームがむき出しになっている。フレームさえなんとか無事ならば動くのがこの機体ノーマッドの最大の長所だが、それでも見るに堪えない。

 左腕に取り付けた牽制用の機関砲もねじ曲がり、弾薬の束がだらりと伸びている。ただひとつだけ握りこんでいた、歯の欠けた片手斧だけがまともな武器と言えるだろう。

 一つ目型のメインカメラが設置された頭は殴打されて歪んでいる。その一つ目を動かすための横に伸びたカメラのレールが潰されてしまった。


「いやあ、ごめんねぇ。こんなボロボロにして」

「なに、帰ってくるのがいいパイロットさ。あとは任せて休んでな」


 そういって軽く手を上げると彼女は離れていく。

 同型機でありノーマッドと呼ばれる歩行車両、その予備機をタナゴが近づいた。人の倍ほどはある巨体だ。胴体は開かれており、舌のようにコックピット・ブロックが伸びている。そこに手慣れたようにコックピットに座る。掌にグローブのような操作ユニットを取り付けると、両手をギュッと握る。伸びていたコックピットが胴に飲み込まれて、装甲が覆いかぶさった。

 低い唸りの後、電力が全身に回ると頭部がチカチカと光る。愛機と違い、正規パーツで構成された頭部はすでに貴重品だ。

 タナゴの機体の頭部は六角のカメラがいくつも合わさったもので、色合いのせいで蜜の詰まった蜂の巣のように見えた。それを覆い隠すように格子状のフェイスガードが降ろした。 握りこんだ拳をゆっくり開き、腕の動作を確認したあと、備え付けのスピーカーから割れた声を上げた。


「悪いけど、そろそろ離れてくれぃー」

「ういー」


 ゆるく、不細工な面構えのまま答えてよろよろ立ち上がる。ガレージといっても廃棄された自動車の修理工場をを使っているだけだ。灰の積もった中庭へとよろよろと抜けた。

 振り返れば、愛機を整備台へのせようと馬力の低いノーマッドで必死に引き上げているのが見えた。専用のクレーンでもあれば楽なのだが、そんな予算も手数もない。幸い、ノーマッドのパーツはちょくちょく補給が来るのでなんとか回せている。


 いつまで続くのかなあ、とうんざりした気持ちを抑えて、休憩室代わりに使っている事務所へと向かう。

 修理工場が高台にあるためか、下に広がる北側の街並みがよく見えた。

 太陽の光がわずかに残り、街は黄昏に染まっている。照らされた建物はボロボロと崩れている。高い建物は高さを失い、低い建物はその下敷きになっている。真ん中には大穴がぽっかりと穴が開き、硝子になった地面を見せている。人は誰もいない。砕け散り大破した敵味方の歩行車両が残骸になって転がっている。


 かつてこの都市アヅマはこうではなかった。かつては軌道まで続く郊外に宇宙空港を備えた、この星でも十指に入る大都市である。周囲の都市や近隣惑星、果ては地球から仕事を求めて人々が集まり、雑多な賑わいを見せていた。

 だがそれも半年前までだ。地球からの支援を受けた正統政府との戦争が始まった次の月、高高度からの爆撃に晒された。争いに対する備えは瞬く間に消えて、燃え尽きた。

 イネは南の郊外から、その時赤々と染まった夜を遠くから見ただけだった。だが、故郷に押し寄せる難民とこの灰だけが残った街が現実を鈍く押し付けてきた。


 燃え尽きた都市から、温い風が吹く。

 誰もが後悔を抱く光景が目を刺した。だが、地球からの独立を宣言し、銃を握ったのはこの惑星グリーンネストの市民たちだ。他の植民惑星で始まった独立戦争に便乗する形であっても、それは変わりなかった。


 十五になった葉山イネの初めて選挙、その投票は独立に入れた。それが選択の始まりだった。





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