8/31 ⑤
「あなたの余命は、残り1ヶ月です。」
僕が受話器を取ると同時にそう言い放たれた。
クスクスと、癇に障る笑い声がした。
ほらな。腹立たしさを通り越して、僕はただただ呆れ返っていた。
なんて幼稚なイタズラなのだろう。通行人を怖がらせるにしたって、もっと他にやり方があるだろうに。
「やはり信じてくれないみたいですねぇ。でも、本当なんですよ?」
馬鹿馬鹿しい。当初の予定では、イタズラ電話の主に説教の一つでもしてやろうと意気込んでいたが、そんな気はとうに失せていた。
さて、何から指摘してやろうか。このイタズラには穴が多すぎて、どう言い返してやろうか寧ろ検討がつかないのだ。
そもそもこのイタズラは、イタズラとして成立していない。
1つ、不特定多数が取りえるであろう公衆電話で、相手が誰だかもわからないのに「あなた」という人物を特定する二人称を用いていること。
2つ、たとえそれがたまたま僕あてのメッセージで、たまたま僕がこの電話を取ったとして(或いはどこか近くで僕の行動を盗み見ていて)、人の寿命なんて知り得ることの出来ないものだということ。
3つ、仮に僕の寿命を何らかの方法で知り得たとして、大抵の人物は見ず知らずのそんな文言を信じないということ。
3つ目に関しては、中には信じてしまう人間もいるかもしれないが(相手が医者だと偽り、さらに自身が最近検診をしたという限定条件の元でだが)、それにしてもこんな真夜中に、まして公衆電話なんかにかけている、という時点でどれも非現実的で理解不能過ぎる。
ただ通行人を驚かせてやるのなら、先程みたいに相手が受話器を取り上げた瞬間に無言で切るのが無難だろう。声を出した時点で、「こいつ」のイタズラはとうに破綻している。
さて。どう懲らしめてやろうか。僕が考えている間に、向こうがまたしても口を開いた。
「先程も申し上げましたが、あなたの余命は残り1ヶ月となっております。あ、これ本当は教えちゃまずいやつなんですけれどね。とにかく、この余命はほとんど覆らない決定事項となっております。返して欲しかったら、私の言うことを信じて聞くしかないんですよぉ?」
あまりにも稚拙な脅し文句に、つい僕の口は開いてしまう。
「君がどこの誰だかは知らないが、このイタズラはイタズラとして成立していない。それにこういった嫌がらせ行為は、警察の世話になることもある。そうなる前にこんなくだらないこと、とっととやめておくんだな。」
そう言い放ち、電話を切ろうとしたその時、
「このまま切れば、あなたは後悔することになる。」
心臓の奥底が凍てつくような声だった。
僕は受話器を下ろすことができず、そのまま握っていた。
クスクスと、嫌な笑い声が耳に残る。
「さぁ、私と賭けをしましょうか。」