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余命1ヶ月の恋物語  作者: 渡辺 呼
10/10

初日 ③



教室の喧騒に何度耳鳴りがしたことか。


その中で確かに、ヒソヒソと僕の話をしているであろう人達もいる。


始業のベルはまだならない。HRまでの5分が嫌に長く感じた。


興味本位の無神経な視線を感じる。


あぁ、帰りたい。

何故こんなことに。なんで僕が。こんなことなら死んでしまった方がマシではないのか。そう思うが、やはり今朝の苦痛を思い出すとまだこちらの方がずっと楽だった。


無機質で陳腐なチャイムが鳴る。

それと同時に田中が教卓に立つ。


どこの高校にもある、至って普通のHRが終わる。すぐに一限目が始まるようだ。

そんなことを考えているうちに、そういえば僕は教材を購入していなかったことに気づく。今朝も制服やカバンを引っ張り出すのに夢中で、まともにノートやら筆記用具やらを持ってきていなかったのだ。


まぁ、『奴』の条件は「1ヶ月間学校へ行くこと」であり、授業態度やら成績やらで殺されることは無いだろう。

もうあの苦痛だけは二度と体験したくなかった。


取り敢えず隣の席の人からシャーペンと、できれば消しゴムを借りようと考えた。そちらへ目をやると、眼鏡をかけた前髪がやたら長いボブカットの少女が、何やら小説を読んでいるようだった。

勇気を出して、話しかけてみる。

「すまない。筆記用具を家に忘れてしまって。差し支えなければでいいのだが、今日1日書くものとできれば消しゴムを貸してくれないか?」

できるだけ丁寧に聞いてみた。相手は同級生だったが、恐らく初対面だろうし、何より自己責任であるのに他人に迷惑を掛けてしまっているという申し訳なさがあったからだ。


「別に構いませんが…。」

隣席の少女はそう言うと、渋々といった様子で無地のシャーペンを差し出す。


「消しゴムの予備は持ち合わせておりませんので、どなたか他の方からお借りしてください。」

僕に負けず劣らずの敬語っぷりだった。その言葉の距離は心の距離と等しいのだろう。


「ありがとう。」


それだけ言い残し、お互い教卓に顔を向ける。


程なくしてまたチャイムが鳴る。


一時間目の数学は、担当教諭の配布するプリントをひたすら解くだけだった。

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