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梅の花と母さんと僕

まだ梅の花が咲くには早いのに、不意に梅の香りを感じて僕は神社の前で立ち止まった。

梅の香りが、母さんの言葉を蘇らせる。



『あの梅の老木には、梅花の神様が住んでいるのよ』



僕の母さんは梅の花が大好きだった。

だから、何時も春先には僕と父さんと母さんの三人で近所の神社にある梅林に出掛けていた。


お母さんは何時も大きなおにぎりを作ってくれた。

ちょっとしょっぱい大きな大きなおにぎり。


でも、今年は僕はあの梅林には行かない。


母さん・・・・僕、分かったから。

母さん、この世の中に神様なんていないんだよ。だから、梅花の神様もいないんだよ。


だってね、もし神様がいたらねきっと母さんを苦しめたりしなかったはずだよ。

母さんを病気になんてしなかったはずだよ。


母さんを死なせたりしなかったはずだよ。


あのね、僕ね・・あの神社でいっぱいいっぱい、祈ったんだよ。


「母さんを助けて。母さんの病気が治して」って。


何度も、何度も祈ったんだよ。


でも、神様はね。

何もしてくれなかった。


だからね、今年はあの梅林には行かないの。もう、あの梅の老木が好きだった母さんもいないしね。

行っても意味ないよね。

父さんはね、行こうって僕を誘うんだよ。梅が咲く時期には、二人で行こうって。

どうして、父さんが誘うのか僕には分からないよ。


意味ないのに。

母さんがいないのに。



母さん。



母さん。



・・・・・どうしてなのかな?

まだ、梅が咲くには早いのにどうしてこんなに梅の香りがするの?


早く咲いても喜ぶ人はもういないのに。

意味ないのに。


意味ないけど・・・・。



『あの梅の老木には、梅花の神様が住んでいるのよ』



母さん。



僕は、もうあの梅林には行かないって決めていたのに。

僕はいつの間にか、神社の中にふらふらと歩き出していた。


お正月も終わって、静かになった境内。その右の奥。梅林が広がっている。


人影はない。

当然だ。まだ、蕾は固くて一輪も咲いていない。


それなのに・・・・



「咲いてないのに・・・どうして?」


どうして、梅の花の香りがするのかな?どこから香ってくるのかな?

香りを辿って梅林の中心に向かう。



梅の老木。



『あの梅の老木には、梅花の神様が住んでいるのよ』




一本だけ。

一本の梅の木だけ満開だった。


ピンクの優しい色の梅の花が老木を覆いつくすように咲いていた。

青空の下、梅の花が咲きほこっている。



『あの梅の老木には、梅花の神様が住んでいるのよ』


母さん。


違うよ。神様なんていないよ。だって、母さんを苦しめて・・・・最後は家族の事も分からなくて。声を掛けても朦朧としていて返事もできなくて。いくら呼んでも、僕を見てくれなかった。


呼吸が苦しくて。

いつも目からは涙が滲んでいた母さん。


『あの梅の老木には、梅花の神様が住んでいるのよ』


誰も救えなかった。

生きたいと言った母さんを誰も救えなかった。僕も、父さんも、お医者さんも・・・・神様も。



「おか・・あさん・・・、お母さんっ・・・ひっく・・・っ」



神様はいない。

梅の老木が一本だけ満開なのも、きっと日当たりのせいだよ。



それでも。


母さんが死んだ時に涸れてしまったと思っていた涙が次々に溢れてくる。僕の涙は涸れていない。




神様なんていない。


いないと・・・・・思う。

でも、もし神様が存在するなら。



どうか、神様。


死んだその後には、母さんを苦しめないで。

病気で泣かせたりしないで。


母さんが笑って過ごせるようにして。





『あの梅の老木には、梅花の神様が住んでいるのよ』




梅花の神様。


お願い。お願いします。



母さんを守って。


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