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短編集 冬花火

常識の夜空

作者: 春風 月葉

 彼女は少し変わっていた。

 そんな彼女と私の昔話をしようと思う。


 出会ったのはいつだったか…、物心ついた頃にはもう彼女と私は一緒だったということは覚えている。

 彼女はこことは違う遠い土地から来たらしい。

 だから私達とは少しだけ感覚がずれていて、それに私はよく困らされていた。

 蛇口をひねれば水が出るのは当たり前だし、肉や野菜が店に並ぶのは普通、足元がレンガなのも普通、金と物の価値が等しいのも、人が自分を着飾るのも、全部が疑問を持つようなことではないただの日常なのに、彼女はよくそんな私達の日常に違和感をぶつけてくる。

 ある時、私は彼女に名前を尋ねたことがあった。

 そういえばあの時の彼女の不思議そうな顔は面白かったな。

 彼女はそんな表情のままで尋ね返してきた。

「人は人でしょう?そんなものに何か意味があるの?」と、笑えるだろう。

 人が名前を持つのは当然なのに、そんなこともわからないなんて本当におかしな奴だと思ったよ。

 ある夜、彼女は窓辺から空を眺めていた。

 夜の空は暗いだけで、月しか見えないのに、彼女はその月には目もくれずに別の何かを探していた。

 私は気になって、何を探しているのかと彼女に尋ねてみた。

 すると彼女は「星…」と、そう答えた。

 私は彼女に言った。

 星が空にあるわけがないじゃあないかと、すると彼女はまた不思議そうな顔をする。

 私は彼女に星を見に行こうと提案してみた。

 彼女はこくりと頷いた。

 私達は上着を羽織って外へ出た。

 大人からの言いつけを破ったのはこれが初めてのことだったかもしれない。

 夜に外に出てはいけないと言っていたのに、夜の街にはたくさんの大人がいた。

 私は彼女を連れて街の西にある背の高い塔を登った。

 塔を登り終える頃、私の息は上がっていたのに彼女はふーと一息吐くだけで、何故か少し悔しかったのを覚えている。

 ほら、と眼下の街を指指し、あれが星だよと私は彼女に言った。

 すると彼女は不思議なことを言った。

「すごいね、この街は。星空が下にあるなんて、初めてだよ。」

 この時の私は彼女の言葉の意味がわからなかった。

 きっと、いつもの彼女のように不思議そうな面白い顔をしていたのだろう。

 その翌日、彼女は消えるように私の前からいなくなり、もうそれから会うことはなかった。


 その数年後に私は街を出て旅をすることになり現在に至る。


 今、私には彼女の言葉の意味がよくわかる。

 今日もなんて綺麗な星空なんだろうなと一人呟き、寝そべりながら天上の街明かりを眺めていた。

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