勇者パーティに召喚されたけど追い出されたので現地の魔王を殺して自分が魔王になることにしました
「ふざけてるのかお前?!」
勇者アカツキがヴィトンに向けて言い放った。
その顔は怒りで満たされており、その言葉がヴィトンを糾弾しようとするものであることは明らかだ。
二人の周囲には数えるのも嫌になるほどの死体が転がっている。
スケルトン、ガーゴイル、ミノタウロスといった魔物達だ。
焼かれたり斬られたりしている死体もあるが、殆どの死体は無傷。
いや、ヴィトンによって心臓やそれに相当するコアだけをピンポイントで破壊されていた。
「あぁん? 何言ってやがる?」
赤髪の少年の姿をしたヴィトンは容姿に似合わぬ性根の悪そうな顔で答えた。
「どうしてちゃんと戦わないんだ!!」
伝説の装備で身を固めた勇者アカツキはその返事が気に食わなかったらしく、さらにヒートアップした。
そんな二人の険悪な様子を三人の美女達が見つめていた。
『獄炎』ヴィトンを異世界から召喚した賢者トルテ、若くしてアマラ流剣術の免許皆伝まで辿り着いた戦士キリア、王国では若手随一の天才と呼ばれる魔道士カルアナである。
彼女達の視線はアカツキに賛同するというよりは、彼がマズいことをするのではないかとハラハラしていると言ったほうが近い。
「ちゃんと戦ってんじゃねぇか」
ヴィトンは彼自身が作った山のような屍を指しながら、チラリと賢者トルテの方を見た。
『獄炎』の異名を持つ悪魔ヴィトン本来の戦い方は圧倒的な熱量で敵の全てを焼き尽くすというものだが、彼女の影響でその殆どを使えないでいた。
なぜなら彼女からの魔力の供給がまるで足りないからだ。
召喚した相手を服従させるという名目で、現在のヴィトンの魔力は全てが賢者トルテから供給されている。
だがこの世界の人間では飛び抜けている彼女の魔力も、ヴィトンが本来の力を使うにはまったく足りず、そのため彼は力の殆どを使わずに戦っていた。
つまりヴィトンが全力で戦えないのは賢者トルテの力不足が原因だ。
契約を解消してくれれば問題は解決するのだが、ヴィトン本来の力を恐れたトルテは頑なにその選択肢を拒んでいた。
もちろんその選択は正しい。
ヴィトンだってこんな弱い連中と一緒になんていたくないのだから。
「どこがだ! お前、本当はもっと戦えるはずだろ! わかってるんだぞ、いつもいつも手を抜いてみんなを危険な目に合わせやがって!」
それを理解できない勇者アカツキが吠える。
彼とて、この世界においては強者に分類される。
相手が魔王となると難しいが、普通の人間国家なら単騎で壊滅まで追い込める程度には強い。
しかしそれは勇者の力による部分がほとんどで、他の三人のように地道な修練で強くなってきたわけではない。
早い話、このパーティにおいて彼だけがまだヴィトンの強さに気がついていないのである。
「みんなを危険な目にだぁ? ちゃんとお前らが有利になるようにやってるだろ」
「嘘をつくな! 今回だってこんな数の敵に正面から挑みやがって! 下手したらトルテ達が死ぬかもしれなかったんだぞ?!」
最初に死ぬとしたらお前だとヴィトンは言いたくなったが我慢した。
「見つかった時点で敵の正面だったんだ。そこから仕掛けるなら正面からしかないだろ」
「撤退するべきだったんだ! 勝率の低い戦いをするのは勇気とは言わないからな!」
勇者アカツキがさらにヒートアップする。
彼は自分のことを戦う以外にも冷静に状況を読める人物だと思っているようだ。
(戦えてねぇし状況も読めてねぇけどな)
彼らが今いるのは魔王領のど真ん中だ。
仮にここで撤退した場合、自分達が魔王領に入り込んでいることが相手に知られてしまう。
目的が少数精鋭による魔王の暗殺である以上、それは避けなければならない。
ローラー作戦でもされて持久戦に持ち込まれれば勝ち目はないからだ。
そうなった場合に生き残れるのはヴィトンだけだろう。
「まったく。トルテが召喚したから今まで多めに見てきたが、もうお前とは一緒にやってられないな」
(おっ?)
ヴィトンは勇者アカツキから期待していた言葉が出たことに内心で喜んだ。
トルテに邪魔されると困るので顔には出さないように注意する。
「はっ! それなら俺はここまでだな。適当に観光でもして帰らせて貰おうか」
「えっ?! ちょ、ちょっと待って下さい! 抜けるなんてそんな……」
賢者トルテが縋るような目でヴィトンを見た。
彼女はヴィトンの真の実力に気がついているし、彼が文句を言いながらもここまでちゃんと役割を果たしてきたことを知っている。
口は悪いが結構いい悪魔。
それが彼女のヴィトンに対する印象だ。
「そうだぞアカツキ。今まで一緒に戦ってきた仲間じゃないか」
「そ、そうですよ」
戦士キリアと魔道士アルカナもアカツキに異を唱えた。
彼女達はアカツキのように勇者を加護など受けてはいないので、ここでヴィトンが抜けた場合にどうなるのかしっかりと理解できていた。
しかし彼の方が立場が上だからか、その抗議は控えめだ。
魔王討伐の主役はあくまでもアカツキ。
彼女達はそのサポート要因として国から派遣された身だ。
帰国後はそれ相応の地位を約束されている彼に対して強く出れないのも別に不思議はない。
「キリア、アルカナ。敵地で味方が減って不安なのはよく分かる。でも俺達に失敗は許されないんだ。残酷な言い方かもしれないが、足手まといには早めに抜けてもらった方がいい。大丈夫、戦力なら俺達だけでも十分だ。むしろ今までよりも連携が取れる分だけ強い」
アカツキがまるで見当違いの方向に力説するのを、ヴィトンは冷めた目で見ていた。
「でも、ヴィトンさんは私が召喚して……」
「トルテ……。君の気持ちはよくわかる。でも今は学術的な成功よりも大事なことがあるんだ、わかってくれ」
(わかってねぇのはお前だけどな)
もはやヴィトンは呆れて溜息をつくしか無かった。
無能な味方というのは有能な敵以上に厄介だということだ。
「もういいか? 行かせてもらうぜ?」
ヴィトンは彼らの返事を待つことなくその場を立ち去った。
★
「よっこいせっと……。まずはこの契約の強制破棄からだな」
ヴィトンは太い木の切り株に腰掛けると、自分の胸に右手を当てた。
契約者であるトルテとの距離が開いたので、今の彼に残されている魔力だけでも強引に契約を破棄できるはずだ。
キィィィィィィ……ィンッ!
「……ふう。よっし、成功」
甲高い音と一瞬の光の後、ヴィトンは本来の力を取り戻した。
彼の心臓が生成した魔力が急速に体内に充填されていく。
「さーて。観光でもして帰るって言ったけど……、このままじゃ気に食わねぇな」
もちろん勇者アカツキのことである。
あいにくとこのまま大人しく引き下がってやるほど善人ではない。
彼を出し抜くいい方法はないかと思案する。
「……そうだ。あいつらより先に魔王ぶっ殺しちまおう」
ここは既に魔王領だ。
魔王城の位置も地図を見せてもらって確認済み。
ヴィトンに先を越されたとなればアカツキ達の面子は丸潰れに違いない。
彼にはそれがとてもいいアイディアに思えた。
そしてそんな彼にさらなる天啓が訪れる。
「待てよ……。俺がそのまま新しい魔王になったら……、あいつらもっと困るんじゃね?」
異世界からきた悪魔はニヤリと笑った。