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アポカリプスの庭で-9




 それから数時間バスで進むと、ジャニスの指示で僕は目をつむらされた。

 理由を聞いても、みんなは笑うだけ。でも、途中でジャニスが喜びの声を上げる。

 そして、バスが停まった。


「はぁ、いったい、何が始まるんだか・・・」

「ふふっ。さあ、行くわよ」

「どこに?」

「バスの屋根」

「このままっ!?」

「ジャニスのバンダナで目隠ししてあげる。ほら、立って。そう。こっちこっち」

「ああもう、歩きづらいなあ・・・」

「よっと。屋根に出たわ。楽しみねえ」

「きっと驚く」

「だなあ」

「せーのっ、どうぞっ!」


 目を開ける。


「わあ・・・」


 僕は、この日の事を生涯忘れないだろう。

 目の前に広がるのは、瓦礫でも岩肌でもない。

 初夏の陽射しを照り返す、見た事もないほど大きな水場だ。

 キラキラ、キラキラ。陽を照り返す柔らかい波。

 それは、まるで夢の様な景色だった。


「ふふっ。言葉もないみたいね」

「・・・アキ、これが海?」

「いいえ、これは湖。海はこの何百倍も、何千倍も広いのよ」

「そんな事が・・・」


 あるの?

 とまでは口に出来なかった。

 視界の端に入ったのは、緑色をした人型のクリーチャー。


「やっぱりいるのね、サハギン。お願い、カレン」

「ん」


 カレンが手に取ったのは背負っているスナイパーライフルではなく、僕達がいるバスの屋根の手摺りに立てかけていた、スコープというのが付いていない銃だ。


「その銃は?」

「これが前に言ったボルトアクションライフル。カレン愛用のスナイパーライフルより威力は落ちるけど、これも遠距離から敵を撃つのに適した銃なのよ。西海岸では手頃な値段で売ってるの。廃墟でも発見しやすいから、次に見つけたらジョンの分にしましょうね」

「こっち来る途中でめっけたのも、ガソリンと交換しねえで取っとけばよかったな」

「仕方ないでしょ。私もジャニスも使わないから、ジャマになるだけだし」


 タアンッ。


 そんな音がして、サハギンが砂利の上に倒れた。眉間に赤黒い穴があるのが、僕の目でもなんとか見える。

 さすが、カレンは銃の名手だ。


「あれは服を着てないから、ポケットすらないよね」

「そうね。でも、ボルトアクションライフルの弾は安いから。それに、あれは食べられるのよ。死体に定期的に水をかけてれば、驚くほど日保ちがするし」

「・・・なるほど。で、いつまで湖を見ててもいい?」

「湖はいつでも見れるわよ。それより西を見て、ジョン」


 言いながらアキが指差したので、その先に視線を移す。

 赤と白の、屋根しかない変な建物。それと、1階建ての廃墟が見える。


「廃墟だね」

「あそこを漁れば、この辺りに人間がいるかどうか推測ぐらいは出来るわ」

「人間がいたら?」

「言葉が通じれば、情報が欲しいわね」

「いなかったら?」

「クリーチャーの調査をしながら、クリーブランドを目指すわ。ザヴォックから逃げて、だいぶ北東に進んだからね」

「調査。水をどうこうって言ってたね・・・」

「ジャニスにエージェントの説明はされたでしょ。エージェントは旅をしながら、どこにどんなクリーチャーがいて、どこにどのくらいの人間がいるかを調べてるのよ。そして、各地の汚染具合もね。あの建物は、ガソリンスタンド」

「ガソリンスタンド。名前にガソリンって付くくらいだから、ガソリンがある?」

「正解。今回はこの地域にどんなクリーチャーがいるかわからないから、私とジャニスが探索に出るわ。カレンは、スナイパーライフルでここからサポートね」

「ジョンはこれ」


 渡されたのは、カレンのボルトアクションライフルだ。


「借りていいの?」

「うん。マガジンはそこにある」


 それからカレンは、ボルトアクションライフルの使い方を説明してくれた。

 カレンはスナイパーライフルで、ガソリンスタンドに併設されている店舗の廃墟にいると思われるクリーチャーを撃つらしい。

 だからまたサハギンが出たら、それを撃ち抜くのが僕の役目だ。


「出来るわよね、ジョン?」

「うん」

「カレンを頼んだぜ」

「アキとジャニスも、気をつけて」

「任せて。危ないようなら、すぐに逃げ帰るわ。逃げ足は速いのよ、私もジャニスも」

「そんじゃ、いってくらあ」

「いってらっしゃい」


 アキとジャニスは屋根の穴からバスの中に戻り、数分後にバスを降りた。

 手を振りながらガソリンスタンドに向かう2人に、僕も手を振り返す。

 アキはいつもの日本刀と拳銃。ジャニスは大きな軽機関銃に拳銃だ。キャリアーは普通の金網のがアキ、ポリタンクのをジャニスが背負っている。


「あの2人なら、心配ない」

「・・・うん。でも、誰かを見送るのは苦手かな」

「陽射しがキツイ。これを」

「なに、この黒いの?」

「サングラス。眩しくて狙いを外したり、接近に気づくのに遅れたりしないように。こう使う」


 どうやらサングラスは、暗視ゴーグルの日中用のような装備らしい。

 それで目を覆うと振り返ったジャニスが先を行くアキの肩を叩き、2人はまた僕達に手を振った。

 手を振りながら、サハギンがいないか注意深く辺りを見回す。

 アキ達もガソリンスタンドが近くなったからか、いつでも攻撃や逃走に移れるように姿勢を低くしていた。


「サハギンが出た」

「練習に撃つ。あれは足が遅いから、何発か外しても大丈夫」

「・・・わかった」


 カレンはスナイパーライフルを構えたまま、スコープから目も離さずに言う。

 やはり彼女達ほどのスカベンジャーでも、廃墟は危険なものなんだろう。カレンはアキとジャニスを守るために、自分の役割を真摯にこなそうとしている。

 廃墟に接近するアキとジャニスを守るのがカレンの役割なら、僕の役割はカレンを守る事だ。

 使い方の説明は聞いた。カレンが撃つ姿勢も見ていた。

 やれるはずだ。


「撃つね」

「うん」


 頬に銃床を当てる。

 照門の向こうに照星。そしてその向こうに、サハギンの魚顔を重ねた。

 女に触れるより優しくトリガーを引け。

 酒場で初対面のチンピラを乱暴に撃ち殺した時、父さんが苦笑しながら僕の頭を撫でてそう言っていたのを思い出す。


 タアンッ!


 トリガーを引いたという感覚もないまま、僕はサハギンの眉間を撃ち抜いていた。

 糸の切れた人形のように、サハギンが崩れ落ちる。

 排莢、次弾装填。

 これで、次が来てもすぐ撃てる。


「命中?」

「うん。あれって魚なの?」

「魚でも人間でもない、クリーチャー」

「・・・なるほど。マガジンを抜いてここに出してある弾を込めて、それを戻すのってあり?」

「あり」

「じゃ、1発もらうね」

「うん」


 屋根の上に転がっている弾を込め、立ち上がって周囲を見渡す。屋根には貯水タンクや荷物もあるけど、問題なく周囲を見張れる。

 道路と、少しばかりの緑。

 驚いた事に、西には植物がたくさん残っているのだそうだ。

 それは多すぎて、街を飲み込んでしまっていたりもするらしい。

 見ているだけで寂しいけど、それはとても静かな景色だとアキが言っていたので、そんな街を見る日がひそかな楽しみだったりする。


「ジョン、水分補給」

「あ、うん。カレンは?」

「まだいい。レベルが低いうちは、外ではコマメに水を飲む」

「わかった」


 水を口に含むと、遠くにサハギンが見えた。

 ちょうど木の陰から、こちらを覗いたところらしい。

 慌ててボルトアクションライフルを持ち上げるが、サハギンは木の向こうに隠れてしまう。


「・・・チッ」


 射撃姿勢で待つ。

 この構えも、父さんが教えてくれたんだっけ。ハンドガンでもライフルでも、キモは同じらしい。

 撃つ瞬間まで、トリガーに指はかけない。


「逃げたか・・・」


 隠れてしまった1匹にこだわって、他のサハギンの接近に気づくのが遅れる。ありそうな事なので、僕は素直にボルトアクションライフルを下ろした。


「ジョンは、いいスカベンジャーになる」

「どうして?」

「目先の獲物を気にし過ぎない。それは得難い才能」

「それを言うなら、見えた獲物をすぐ殺せるのが才能じゃないの?」

「それは最善。最善を手に掴むには運もいる。さっき水を飲んでたタイミングが、運不運」

「なるほど」

「最善を逃したら、次善を掴めばいい。この場合の次善は、ジョン?」


 これは文字を教えてくれるようなものじゃないけど、カレンの授業なのか。

 人に教えるという事には、もの凄いエネルギーが必要だ。

 それでもカレンは、僕にスカベンジャー・ハントを教えようとしてくれている。

 ありがたいな。素直に、そう思った。


「サハギンがあの木の向こうに隠れてしまったから、その周辺からまた出て来るかも。ああ、次は数が多くなる事もあるのかな。それと湖が近いからか、この辺りにはたくさんのサハギンがいる。あそこからさっきのサハギンが出て来るのと同じくらい、周りにも注意が必要」

「うん。だいたいOK」

「もしかして、他にも何かあるの?」

「サハギンは弱い。だから、それを捕食するクリーチャーがいても不思議じゃない」

「そっか。食物連鎖・・・」


 アキが言っていた。

 クリーチャーの中には、灼かれしモノまで食べてしまう悪食もいると。だからゾンビがいない地域では、そんなクリーチャーの存在を疑うべきだそうだ。

 たしかにあれと比べたら、サハギンなんてご馳走だろう。


「2人がガソリンスタンドの敷地に入る。サハギンはお願い」

「うん。自分の役割はキッチリこなしたい」

「・・・それでいい」


 ボルトアクションライフルを持ち上げ、じっと待つ。

 ガソリンスタンドとバスを襲えそうなサハギンが出たら、それを撃ち抜けばいいだけだ。

 やれる。


「来たっ!」


 サハギン。

 蛇のような肌のデコボコは、ウロコというのだとアキに教えてもらった。


 タアンッ!


 サハギンの眉間に、赤黒い穴が空く。


「ジョン」

「わかってる!」


 サハギンに知恵があるのかはわからない。

 でも1匹が木陰から出ると同時に、僕の視界の端にはまた違うサハギンがチラリと映った。

 ボルトハンドルを上げる。

 急いではいるが、焦ってはいない。

 上げたハンドルを引くと、薬莢が排出される。

 それがバスの屋根に落ちる前にハンドルを前に押し、さらに倒して射撃準備完了だ。

 ボルトアクションライフルから排出された薬莢が屋根で鳴ると同時に、トリガーを引いた。


 タアンッ!


「ラッシュ。でも焦らなくていい」

「銃を持って取り乱すくらいなら、走ってって鉄パイプで殴るよ」

「いい覚悟」


 やる事は、同じなのだ。

 銃の操作が短縮できる訳じゃない。短縮できるとすれば狙いを定めるという行為だが、自分の腕を過信するつもりはなかった。

 ガソリンスタンドにもバスにも、サハギンはまだ届かない。

 1匹ずつ、丁寧に狙って撃ち倒す。

 初夏の陽射しに晒される5つの死体は、ピクリとも動かない。


「リロード。その間は引き受ける」

「お願い」


 マガジンは6つ置いてある。

 その1つを空になったマガジンと交換しても、次のサハギンは現れなかった。


「お待たせ」

「軽いラッシュだった。ジョン」

「なに?」

「頼りにする。これからは」

「・・・僕でも役に立ちそうって事かな」

「ん。どんなパーティーに入っても、ジャニスとカレンお姉ちゃんは役立たずと罵られてた」

「とてもそうは思えないけどな」

「でも真実」


 スカベンジャーの、特に男性は粗暴な人が多いらしい。

 そんな人達だから、ジャニスとカレンの凄さに気がつかなかったのだろうか。


「そして、アキはイレギュラー」

「イレギュラー?」

「本当はいるはずのない存在」

「違う世界の人だから?」

「そう。だから、アキといると何が起こるかわからないと賢者は言った。それでも・・・」

「うん。僕は、みんなと行くよ」

「・・・ありがとう」



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