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アポカリプスの庭で-8




 夕食のお肉を焼いた焚き火はもう消えている。

 もう時刻は深夜。僕は運転席で、初めての見張りの最中だ。

 なぜか僕の膝の上に座っているカレンは、いつも夜になると目に付ける暗視ゴーグルという物で暗闇を見通しているらしい。

 時折、カレンの体がピクリと動く。

 その後で黙り込み、安心したように息を大きく吐くので、灼かれしモノでも見つけてはその行方を見てくれているのだろう。

 今もまた、カレンは僕の膝の上で身を震わせた。灼かれしモノはバスを襲わないと判断して、安心したんだと思う。


「もう行った、カレン?」

「う、ん。また、イッた・・・」

「ごめんね。役に立たなくて」

「役に、立ってる。これ以上ないくらい」


 カレンが空きビンに詰めてある水を飲む。

 僕にも渡されたので少しだけ口に含んでからフタを閉め、ダッシュボードという場所にビンを戻す。


「・・・静かだね」

「タバコ、運転席の下に潜って吸うといい。火が目立たないように」

「僕はあれば吸うけど、なくても買ったり探したりしないから。カレンは吸わないの?」

「うちではジャニスだけ」

「ふーん。ねえ」

「・・・しっ。クリーチャーが来てる」


 クリーチャー。

 その言い方にも、いい加減に慣れないと。

 思いながら闇に目を凝らすが、僕には何も見えやしない。

 この闇に敵が紛れていて、壊されたら後がないバスを狙われる。そう考えると、夜というものが途端に恐ろしく感じられた。

 どうにかして、夜でも目がよく見えるようにならないかな。


「アキとジャニス、起こす?」

「うん」


 運転席から這うようにして移動し、後ろで毛布をかぶって寝ているアキとジャニスを揺り起こす。


「・・・んうっ。ジョ、ジョン?」

「起きて。クリーチャーが来てるって」

「そう。ジャニス、ジャニス!」

「・・・起きてるっての」

「なら急いで支度しなさい。カレンが私達を起こすなんて、狙撃じゃ倒せないクリーチャーか、相当の数の群れが相手よ。逃げる事も考えておかないと」

「ふあーっ。こんな闇の中をバスで走ろうってのかよ。カレン、数は?」

「およそ100」

「なんっ!?」

「バスは発見されてるのよね、カレン?」


 当然。

 そうカレンが言うと同時に、アキとジャニスは飛び起きた。

 ジャニスは運転席に、アキは座席の後ろの荷物置き場に走る。


「ジョンはこっち!」


 荷物置き場のアキだ。

 近づくとバスのエンジンがかかり、僕はアキに6つほどのマガジンを渡された。


「撃てと言われたら窓を開けて撃つ。引っ込めと言われたら、1秒後には体を窓から引っ込める。出来るわね?」

「うん。どこから撃てばいい?」

「運転席のすぐ後ろ」

「わかった」


 座席に走り、シートに膝を付いて窓を開ける。


「振り落とされんなよ、ジョン!」


 返事をするより早く、バスは走り出した。

 思っていたよりも揺れるので、リボルバーの方を抜く余裕がない。

 左手で体を支えながら、右手でベレッタをいつでも撃てるようにするので精一杯だ。


「突っ切れそう、ジャニス!?」

「まだ完全に囲まれちゃいねえ。たぶん大丈夫だ。それより、真夜中のクーパース・ロックを全速走行なんてカンベンだぜ!」

「仕方ないわね。ルートを変更するなら、北に向かって。こっち側はまだ見渡す限りの荒野で更地みたいなものだから、北ならなんとでもなるでしょ。進路が西寄りになり過ぎると、森や廃墟に激突しちゃうわよ?」

「了解っ!」


 アキが床に身を伏せ、腕の軍事用デバイスを操作している。

 反対側、右の一番前の座席にいるカレンも、あまり大きくはない銃を手にして窓の外を睨んでいるようだ。

 まだ、撃てとは言われていない。


「ふうっ。どうやら包囲網を抜けたようだ。一安心だね」

「100以上の群れなら、ザヴォック?」

「ああ。何匹か轢き殺したから、間違いはないさ。どこからか流れて来て、クーパース・ロックを根城にしたらしい。前に通った時は雪解けを待っての山越えだったから、アタシ達が東に行ってから住み着いたんだろう」

「もう少し山から離れて泊まるべきだったわね。油断したわ」

「朝イチでジョンに、緑の山を見せてやりたかったんだ。誰のミスでもねえさ」


 どうやら、銃を撃つような事態にはならないで済んだらしい。

 弾は無限にある訳ではないので、パーティーにとっては良い事なのだろう。


「窓を閉める、ジョン」

「あ、ゴメン。ねえ、カレン。ザヴォックって?」

「んしょ。小人のようなクリーチャー。元は人間らしくて、多少の知恵がある」


 座席に僕を座らせ、その膝の上に座りながらカレンが教えてくれる。


「銃とか使うの?」

「それはない。武器は牙と爪」

「食べられる?」

「そもそも食べたいとは思わない」

「そっかー。じゃあ、弾のムダだねえ」

「んっ。だから逃げるが勝ち」

「ちょっと、なにやってんのカレン!?」

「死闘の後のお愉しみ?」

「1発だって撃ってないでしょうが。下りなさい!」

「や」

「嫌じゃないっ!」


 窓を閉める前に、後ろを見てみる。

 ザヴォックというクリーチャーの姿を確認しておきたかったが、僕にはやっぱり暗闇しか見えなかった。


「アキはケチ」

「なんとでも言いなさい。ジャニス、悪いけどしばらくは運転をしてもらうわよ?」

「もうすぐ朝だろ。珍しく早起きしたと思えばいいさ。にしても、クーパース・ロック越えはムリだなあ。日中に駆け抜ける算段でも、木の上からザヴォックが雨みてえに降ってくるはずだ。どうするよ?」

「それなんだけど、北上してピッツバーグを探索。さらに北上してクリーブランドで、エリー湖の水質検査。そして可能なら、シカゴを回って帰らない?」

「うえっ!?」

「またアキはムチャを言う・・・」


 ジャニスは驚いて変な声を出しているし、カレンはアキの言葉をムチャだと言った。


「何がムチャなの?」

「シカゴってのは、過去の大都市なんだよ」

「へえ」

「賢者のいるLAより大きかった都市は、ジョンの故郷の向こうっ側だ」

「うん。それで?」


 ジャニスが過去の都市の事を教えてくれそうなので、運転席の隣に立ってタバコに火を点けてから渡す。

 そのままドアに続く2段しかない階段に腰を下ろすと、新しいタバコの箱が飛んできた。


「やるんだろ、ジョンも。ライターはあるかい?」

「うん。父さんの形見がある。ありがと」

「ちょっと、体に悪いからタバコなんか渡さないで!」

「はっ。平和なジパングのお嬢さんに逆戻りかい、アキ?」

「・・・うるさいわね」

「アキがこの世界で生きていくって覚悟を決めた時、3人で約束したはず」

「わかってるわよ。あっちの常識は捨てたわ。・・・国だけじゃなく、世界まで違うんだし」


 僕にはよくわからないが、3人には3人の過去があるのだと思う。

 タバコに火を点ける。

 美味しいとは思わないけど、考え事をする時には悪くない。僕にとって、煙なんてその程度のものだ。


「どこまで話したっけか、ジョン?」

「賢者の街より大きな街は、僕のいた街の向こう側」

「・・・ああ、そうそう。だからこの国で一番大きな街は、もう跡形もない。ほんで、賢者のいるLAの次に大きかった都市が、シカゴだ。何人ものエージェントが様子を見に出かけたが、ただの1人だって帰っちゃ来ない」

「シカゴまでの道が危険なの? それとも、シカゴの街が?」

「さあな。それは行ってみなきゃわかんねえよ」

「なるほど」


 ジャニスとカレンは、シカゴ行きに賛成するのだろうか。

 3人の話し合いを耳に入れながら座席に戻ってうつらうつらしていると、いつの間にか夜が明けていた。

 今回は姿すら見れなかった、ザヴォックと戦う夢を観たような気がする。僕は大人で、体も大きくなっていて、アキ達と助け合って笑い話をしながら小さなクリーチャーの群れを蹴散らしていた。

 でも仲間がもう1人いて、僕はその人を凄く頼りにしてたんだけど、その姿すら思い出せない。


「なあ、アキ・・・」

「どうしたの、ジャニス」

「とりあえずピッツバーグを見て、シカゴに寄るか決めるって言ったよな」

「そうね」

「それから3時間は荒野を走ってるぜ?」

「つまり、ピッツバーグは更地になったと。右を見ても左を見ても、見渡す限りの荒野。進路を変えましょ。しばらく北に進んだら、エリー湖が見えて来るはず。たとえ水がなくても、段差でわかるわ」

「なんでそんなに落ち着いてんだよ! 核が落ちたのは、ニューヨークとワシントンDC。ピッツバーグに生き残りがいないにしても、街が残ってなきゃおかしいじゃねえかよ!」

「私に怒鳴らないでよ・・・」


 あるはずの街がない。

 それがジャニスには納得できないらしい。


「カレンはどう思うの?」

「知らない」


 カレンはアキがジャニスと話しているので、その目を盗んでまた僕に密着している。今はちょうど、僕の股間に顔をうずめているような格好だ。

 ズボン越しにかかる息が熱い。


「知らないって・・・」


 呆れながら手持ち無沙汰なのでタバコを咥えると、ビクッと動いたカレンが深く長く息を吐いた。

 顔を密着させたままだから、くすぐったいんだけどなあ。


「・・・ふう。ジャニスはバスをとても大事にしているの。だから想定外の事態に遭遇して、バスが壊れるのを心配しているのよ。そしてアキはジパングで育ったからか、クルマなんてどこにでもあるし、壊れたら修理すればいいという感覚が捨てきれていない。そんな感じね」

「え、えっと。カレンだよね?」

「当たり前じゃない」


 いつもは片言なのに、こんな話し方もするのか。

 カレンは優しげな表情で微笑みながら、僕のまばらなヒゲを爪で抜いた。


「痛っ」

「ヒゲなんか生やして、やらしー」

「意味がわからない」

「わからない事、ぜーんぶ教えたげよっか?」

「ねえ、話し方が変だよ。どうしたのカレン・・・」

「ふふっ。いいからお姉さんにすべて任せ、痛いっ!」

「カーレーンー? ちょっと目を離しただけで賢者モードになってるって、どういう事よっ!」

「ええっ、カレンが賢者だったの!?」

「違う違う」

「こんなエロ賢者がいてたまるか」

「羨ましい、ジャニス?」

「当然だ」


 なんの事かはわからないが、アキは怒っているらしい。

 腕を引かれたので素直に立って、ドアの前の階段に移動する。ジャニスと話すには、ここが一番いい。


「ねえ、なんでアキは怒ってるの?」

「自分がしたくても出来ない事を、カレンが簡単にやっちまうからだ。アタシ達は3人が3人共、得手不得手がはっきりしててなあ。お互いが羨ましいから言葉がキツくなって、よくケンカになっちまうんだよ」

「ふうん」

「それで、カレンはどっち? ここで南に進路を変えるか、シカゴを目指して行けるトコまで行くかの2択よ」

「折衷案。クリーブランドまで消えてたら、すぐ南に」

「街がまだあったら?」

「クリーブランドのクリーチャーが、4人のどんな組み合わせでもツーマンセルで対応可能ならシカゴへ。でも途中で、ツーマンセルじゃ倒せないのが出たら引き返す」

「・・・ふむ。悪くないわね」

「だな。じゃあ、それで行くか」

「でもジャニス」


 ツーマンセルとは何かを聞くタイミングを逃した僕は、火を点けていなかったタバコにライターの火を寄せた。

 賢者モードの意味はわからないけど、カレンは優しい瞳でジャニスを見ている。

 こんな瞳になるなら、カレンにはいつも賢者モードになっていて欲しい。


「んだよ?」

「モーガンタウンまでの道のり、各地の水質検査用サンプルはもう採取済み。これに未知の領域であるエリー湖とミシガン湖の、湖水のサンプル。シカゴの写真、それにアキの軍事用デバイスが自動マッピングしたデータを持ち帰れば、ジャニスが欲しがってた新車が買えるくらいのお金がLA管理局から出る。だからアキは、シカゴ行きにこだわった。それはわかってあげないとダメ」

「・・・わあってるよ」



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